大磯 義一郎 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
もともとは医師を志し、1999年に卒業して、消化器内科医として仕事をしていました。その頃、横浜市立大学病院患者取り違え事件や都立広尾病院事件等医療界に大きな影響を与えた事案が相次いで起こったこと、メディアによる峻烈な医療批判が繰り返し行われたこと等が影響して、医師-患者関係が崩れてしまうといった状況がありました。
そのような状況に疑問を感じていたところ、2004年にロースクールができるということを知りました。当時27歳であった私は、医療事故を、医師としての医学的な面と法曹としての法的な面とを合わせて、適正に紛争を解決したいという思いを抱き、ロースクールに行くことを決めました。
その後2007年に司法試験に合格し、司法修習修了後は、当時の国立がんセンター院長である土屋了介先生に出会ったことがきっかけとなり、行政に関わることのできる国立がんセンターで知的財産管理官として仕事をしていました。その後、弁護士として訴訟実務を勉強したいという思いもあり、退官し、弁護士としての活動も始めました。
現在の仕事や活動内容
弁護士としては、専門性を生かし、以前から取り組みたいと考えていた医療関係の案件を扱っています。医師として診療も継続して行っております。また、自分が学んだことを体系化し後進に伝えたいと考え、2011年の4月から、帝京大学医学部で、2012年4月からは浜松医科大学教授として「医療法学」の講義もさせていただいてます。
弁護士業界の問題
1,医療に関する専門家が殆どいないこと。
弁護士は、みなさん大変優秀です。ただ、当たり前ですが、医師として診療に従事した経験はありませんので、正確に医療現場をイメージし、把握することは困難です。そのため、医師から見れば、おかしな事実認定や評価がなされているケースがしばしば見受けられます。
2,弁護士として患者側、あるいは病院側といった、どちらか片方に寄りかかること。
職業規範上、弁護士としては、どちらかの側に寄りかからざるを得ないとも思いますが、その結果、適切な事案解決、真実の探求が疎かになるようでは本末転倒です。しっかりとカルテ、記録を読んで、適正な解決を心がけるべきだと思います。
弁護士になって大変だと感じること
依頼に来られた患者さん、ご家族又は医療従事者の心のケアです。例えば、患者さん、ご家族において、依頼に来てくださる方それぞれが抱えている問題は様々ですが、多くのケースに共通している傾向があります。
1つは、患者さん、ご家族の方にとって、予期していなかった結果が起きて、その事実をうまく受け入れきれていないということです。もう1つは、医師から不適切な扱いを受けた、ちゃんと質問に答えてもらえなかったなどといった、診療中に生じた信頼関係に対する心理的・感情的コンフリクトです。
この2つにより、患者さん、ご家族はとても傷ついています。そして、実は、医療者も同様に傷ついています。弁護士として、医療行為が適正であったのかどうか、過失があるかどうかといった点に加えて、そういった患者さんたち又は医療者の心のケアをすることは、とても大切だと思っています。
弁護士としての信条・ポリシー
医療と司法の相互理解の促進に努めること。患者さん、家族又は医療者への心のケアを行うことです。その上で、医療の専門家、法の専門家として、適正な紛争解決をしていくことです。
依頼者に対して気をつけていること
患者さん、ご家族又は医療者の方たちのどうすれば良いか分からないなどといった不安を聞き、その不安を取り除くということは、必要不可欠だと思っているので、そういった点に留意して、常に接するようにしています。
ページを見ている方へのメッセージ
殆どの医師が、真摯に、患者さんを助けたい、治したいと思って働いています。ですから、予期せぬ結果が生じたときであっても、医師としっかりと話し合いをしてほしいと思います。
そして、誠実にちゃんと話しあった上で、それでもどうにもならないときには、いつでもご相談にいらしてください。
東日本大震災における取り組み
2011年3月11日に起こった、東日本大震災に対する、大磯先生の他、全15人の医師の先生方による、地震医療ネットの立ち上げと、被災地での活動の一部を紹介します。
津波の被害が大きかった地域では、患者さんが持っていた薬や、医療機関に保存されていた薬が流されてしまい、病院も使用できなくなりました。そのような現場において、人工透析患者の方などの、患者搬送と、毎日薬を必要とする糖尿病や高血圧、喘息や統合失調症の患者の方などへの、薬剤搬送が至急、必要でした。
・患者搬送 3月15日、地震から4日目、南相馬市では30Km圏内が屋内退避となったため、その区域で人工透析を受けていた患者さんが、透析可能な病院に殺到。受け入れ能力は限界に達する。→患者さんを守るために、域外の安全な医療機関へ患者搬送が必要。→しかし、入院患者の受け入れ先も避難手段もない。
・薬剤搬送 3月16日、地震から5日目、医薬品卸が撤退する。ある総合病院から、医薬品に加えて、米や食品があと2日分しかないとの相談を受ける。→不足分を県に要請。→「具体的に何をいくつ必要か示せ」と言われる。→具体的な数字を数えるための時間や人手はない。→一刻も早く医薬品などの薬剤搬送が必要。
こういった事態を受けて、先生方は、基幹病院経由の薬剤搬送、不足分の情報収集、薬事法による規制の緩和を求め厚労省と折衝、他の病院への患者受け入れの手配など、速やかな人命救助を行った。