「誰もが胸を張って生きていけるように」弱者救済が信条、未来に一歩踏み出す喜びを届けたい
旅行会社の営業マンから弁護士に
ーー弁護士を目指したきっかけや理由を教えてください。
大学は文学部で、在学中は弁護士になるなんて考えもしませんでした。当時はバブルの真っ只中。あまり勉強せず、海外を飛び回っていました。卒業後は旅行会社に就職して、福岡で支店長を任されていました。ところが、27歳のときに会社が倒産してしまったんです。会社の破産手続きをする際に初めて弁護士と接して、仕事の内容に興味を持ったことが、弁護士を目指した1つのきっかけです。
そもそも旅行会社に就職したのは、旅行が趣味だったこともありますが、それ以上に、仕事を通して人に喜ばれたかったからです。お客様に、楽しくて幸せな旅の時間をプレゼントして喜んでもらいたい。そう思って就職したのですが、だんだん物足りなさを感じるようになりました。
旅行会社の仕事は、幸せな時間をプロデュースすることです。楽しい思い出作りのお手伝いはできても、なかなか、お客様の人生に迫るような強いインパクトを残す仕事はできません。努力したことへのリターンに、いまいち手応えを感じられない…。そんなふうに考えていたとき、会社が倒産しました。
弁護士と一緒に、破産の手続きや、旅行に行けなくなってしまったお客様への対応をしていく中で、トラブルに遭った人を法に基づいて救う弁護士の仕事に興味を持ちました。人に喜ばれたい、という自分の思いを叶えられる仕事ではないかと思ったからです。
喜んで弁護士事務所に来る人はほとんどいません。生活が困窮して一家心中を考えるまで追い詰められていた人や、うつ病になって仕事を失いそうになっていた人…。弁護士になれば、そういった事情を抱えた人たちを救済できるかもしれない。努力したことに対して、報われた、と深い喜びを感じられる仕事ができると思いました。
その後、親族の紹介で今所属している事務所に入所させてもらうことになり、事務員として働きながら、ロースクールに通うことを決めました。
ーー弁護士という仕事の、特にどのようなところに魅力を感じたのですか?
カッコつけているようですが、ストレートに言うと、やはり弱者救済なんですよね。
私はもともと物怖じしないし自己主張もできるタイプですが、世の中には、一生懸命努力しているのに、言いたいことを言えなかったり、努力を不当に歪められたりしている人たちが沢山います。
彼らの代わりに、正義を実現したい。社会的には弱い立場にある人も、元気に胸を張って生きていけるようにお手伝いをしたい。こうした思いを実現できることが弁護士の魅力だと感じました。
ーーロースクールはいかがでしたか。
通い始めたときはすでに30歳だったのですが、法律の勉強は、新鮮で面白かったです。ここまで勉強漬けになるのはほぼ初めての経験でした。
大学を出たばかりの、年が離れた同級生たちと一緒にゼミを組んだりしたおかげで、物の見方や考え方が広がりました。
学生時代はとにかく好きなことしかしていなくて、就職してからは会社の方針に従ってバリバリ営業する日々を送っていました。でも、弁護士の仕事は、様々な事情を抱えた依頼者がいて、それぞれの意見や価値観を尊重することがトラブル解決の第一歩です。ゼミや議論を通じて、依頼者一人一人と向き合うという考え方を学べたことは、ロースクールでの大きな収穫でした。
また明日から人生を歩めるよう背中を押す
ーー格差社会や環境問題、貧困問題にご興味があると伺いました。実際に、そのような案件を扱っているのですか?
私の場合は案件の約8割が法テラスの民事扶助利用者なので、収入が少ない方や、生活保護を受けている方、精神疾患や身体的な障害を抱えている方など、経済的・社会的な弱者の代理人となることが多いです。
弁護士会を通じて、行政とともに生活保護を受けている方の相談会をおこなったり、公害や環境問題で苦しんでいる方の救済活動をおこなったりしています。こうした活動には今後も力を入れていきたいです。
また、「地域の方のかかりつけ医」として、家事事件や交通事故の相談も扱っています。
ーー依頼者とコミュニケーション取る上で、心がけていることはありますか?
笑顔でお迎えして、安心してもらうことをまず意識しています。弁護士事務所に行くというだけで、一般の方にとっては、すごくハードルが高いですよね。相談に来ていただいた方には、弁護士も普通の人間で、あなたと同じように色々な感情を持っていて、悩んでいることも苦しい気持ちもよくわかります、とお伝えして、共感して寄り添うことを心がけています。
ーー弁護士として活動してきた中で、特に印象的だったエピソードをお聞かせください。
一件一件が全て重要な仕事で思い出深いですが、自分の中で「成功したな」と思えるのは、望みどおりの結果が出た案件ではなく、むしろ、結果がよくなくても依頼者が納得してくれた案件なんです。
例えば、交通事故で怪我をして、相手に対して怒りがおさまらない。事故に遭わなければ、今ごろこんな生活をして夢を実現できたのだから、それを加味して賠償金を支払ってほしい…。本人はそう思っていても、あくまで仮定の未来でしかないので、裁判で主張しても認められるとは限りません。
ただ、そのようなケースでも、本人が言いたいことを弁護士が代わりに主張したり、主張が裁判所に一定程度わかってもらえたりすることによって、本人が一旦ケリをつけられる場合があります。「思っていたのとは違う道になったけれど、頑張っていきます」と言われた案件は、記憶に残っていますね。
また、離婚事件で、依頼者は離婚をしたくないけれど、相手方に離婚を求められている案件がありました。話し合いを重ねて、結果的に離婚をすることになったのですが、事件が終わって1年くらい経ってから年賀状が届いたんです。写真入りのハガキで、「今は別々に暮らしていますが、離婚1周年ということで子どもと3人で旅行に行きました」と書かれていました。
このハガキを見て、喧嘩別れではなく、お互いの気持ちをわかり合った上でのいい離婚ができたのだな、と思いました。お子さんも安定して両親に会えるという結果になり、努力してよかったと思える案件でした。
相談者の中には、弁護士に頼んで大金をかければ、白が黒になる、黒が白になると思っている方もいますが、そんなことはあり得ません。
相手方に実現されるべき権利があれば実現されなければならないし、自分が果たすべき義務があれば果たさなければなりません。そのことを本人に理解してもらい、また明日から人生を歩めるよう背中を押すことが、弁護士の仕事だと思っています。
解決の方法は必ず見つかる
ーー趣味はなんですか。
最近は忙しくてなかなかできませんが、ルアーフィッシングが好きです。本物のエサではなく擬似餌を使った釣りです。
エサを使えば簡単に釣れますが、ルアーではなかなか釣れません。でも、釣れなくても楽しいです。ルアーを投げて、「こうすると魚が食いつくかな。あ、ダメだったー」「じゃあ今度は青じゃなく赤のルアーを使ってみよう」とあれこれ妄想する時間が幸せです。
そうやって実験と失敗を繰り返したからこそ、ようやく一匹釣れた瞬間が格別に嬉しくて。逆に、1時間で持って帰れないくらい釣れちゃうと、あんまりおもしろくないんですよ。また同じ場所に釣りに来ようとは思わない。一日じゅう粘ったけど釣れなかったときの方が、「悔しいから来週も来ようかな」と思えます。
ベランダ園芸も始めました。花を見ると心がホッとします。子どもの頃や若い時は花を見ても何とも思わなかったので、歳をとったのかなあという気もしています(笑)。
ーー先生の今後の展望についてお聞かせください。
先ほど公害問題に取り組んでいると話しましたが、その中でも一番力を入れているのが、諫早(いさはや)干拓事業をめぐる裁判です。
諫早湾は、長崎、佐賀、福岡、熊本の4県にまたがる九州最大の湾です。1997年に、国が干拓事業のために堤防で諫早湾を閉め切ってから、魚がとれなくなってしまい、漁業者が困窮する事態が生じました。2002年に、漁業者約2500人が工事の中止を求めて佐賀地裁に提訴してから、今に至るまで、法廷での長い戦いが続いています。様々な関係者の利害が絡む、難しい事件です。私は漁業者側の弁護団として活動しています。
近年の地球の温暖化の問題や、福島の原発の事件を見るにつけ、自然環境と人間の生活を調和させて、循環型社会を作っていくことは必須だと感じます。諫早干拓の裁判のように、私たちの生活と自然とを調和させるにはどうすればよいか、というテーマにも挑んでいきたいです。
ーー法律トラブルを抱えて、悩んでいる方へのメッセージをお願いします。
解決方法は必ずあるので、1人で悩まずに、プロに相談してみてください。
あなたが思っている以上に、解決方法はたくさんあります。「当たり前だ」「きっと変わらない」と思い込んでいることは、実はそうではないかもしれません。
たとえば、職場で理不尽なことがあったときに、「うちの会社ではみんな我慢しているから、私も従わなければならないのかな」と思う方もいるでしょう。しかし、あなたが置かれた状況は、法律や、きちんとしたルールが敷かれた社会においても当たり前とは限りません。弁護士に意見を聞くことで、当たり前だと思っていたことがそうではないとわかり、解決への道が開けることもあります。
もちろん、絶対に望みどおりの結果になるとはいえません。しかし、相談していただければ、必ず解決策を提示します。ぜひ一度、相談に来ていただければと思います。