井上 幸夫 弁護士 インタビュー
弁護士になろうと思ったきっかけ
父親がサラリーマンで苦労していた印象が強かったので、大学に入学したときは何となく自由業というイメージで、弁護士になれたらいいなあとは思っていましたが、具体的なイメージは全くありませんでした。
裁判のことを勉強できるかなと思って大学時代に裁判問題研究会というサークルに入ったところ、その時テーマにしていたのが「労働災害・職業病」で、職場での死亡事故や鉛中毒・頚腕障害などの職業病の実態と問題点を調査・研究することになりました。
このサークルでは、当事者の話を直接聞きに行ったり交渉について行ったりと、人権問題について現実に接して具体的に考えさせられました。
とくに、仕事から頚腕障害になった当時のコンピュータのキーパンチャーや保育園の保母さんたちに会って継続的に話を聞き、当時は困難であった労災認定に取り組む弁護士や労働組合の人ともかかわる中で、これまで全く知らなかった社会の一面を知りました。
こういう弁護士もいるということもわかり、今後のことをいろいろ考えさせられ、働いている人たちの人権の問題に関わる弁護士になりたいと思うようになりました。
学生時代
講義には真面目に出ませんでした。ゼミも必須ではなかったので、先ほども言ったように、サークル活動をしたというのがいちばん強い印象です。サークルでの先輩・同級生・後輩との真剣な議論や相互批判、社会人の様々な人たちとの交流は、ものの見方、人とのかかわり、社会性の点で、それまで引っ込み思案であった自分自身を大きく成長させることになったと思います。
司法修習時代の思い出
私が司法修習生の時は牧歌的でした。前期修習の時には授業前の早朝に自動車教習所に毎日通って運転免許も取れました。研修所ではいろんな人と交流でいて楽しく過ごせました、もともと弁護士志望でしたが、裁判修習や検察修習などで今後は経験することが無い社会の一端に触れたことが非常に参考になりました。
裁判官になるのもいいかなと少し思った時もありましたが、裁判官は検事・弁護士が裁判所に出すもので判断するので生の事実にそのまま触れることがない印象でしたので、最初の考えどおりに弁護士を志望しました。
特に印象に残っている案件(事件)
弁護士になって間もなく担当した今でいう「過労自殺」の労災認定事件です。この事件では、事実調査、うつ病についての勉強、精神科医への意見依頼などに取組み、数年がかりで、1984年に日本で初めて「うつ病による自殺」の労災認定を得ることができました。
また、もう1つ、弁護士になって初めて担当した労働事件も忘れられない事件です。外資企業で私と同世代の若者数十人が労働組合を結成したとたんに10名が解雇された事件でしたが、労働委員会の救済命令を経て5年後に解雇撤回・復職で解決しました。彼らはその後もその企業で働き続けて、地域や上部団体の組合活動を支え、今でも仕事の上でも親しく交流があります。
弁護士として事件を担当し解決できたことが、それで終わりというだけでなく、その後の依頼者の活躍にもつながり社会的にも貢献できたと思えるのが、弁護士としてのやりがいの1つだと思います。
大変だと感じること
弁護士の仕事は忙しいと書面の締め切りに追われることや、一生懸命やっているつもりでも依頼者から上手く信頼を得られなかったり、トラブルにあった依頼者のことを考えてうまく解決できなかったらどうなるだろうと悩んだりするなど、ストレスの多い仕事だと思います。
そのストレスに対処する自衛策としては、オンとオフを切り替えること、遊ぶ時間をとって遊ぶこと、あくまで弁護士の仕事として関わっているのであって依頼者に感情移入をしすぎないようにしようと考えること、をしてきたつもりです。
休日の過ごし方
今は主にゴルフをしています。妻もゴルフを始めたので、一緒にやることも多いですね。
弁護士としての信条・ポリシー
基本的人権とは何かを常に考えることにしています。また、事件を通じて社会をよくすることも念頭に置いています。事件や依頼者から自分自身も学んでいます。「心は熱く、頭はクール」に仕事をするのが理想です。
弁護士に最も求められると思う力
コミュニケーション力だと思います。コミュニケーション力というのは、人の思いや状況を理解する力と人にインプットする力のことをいうのだと思います。
関心のある分野
人が働くという社会活動の中での権利問題である労働事件の分野のほか、相続や不動産に関する分野には関心があり、勉強もしています。
今後のビジョン
引き続き多方面の事件に取組み、勉強を続けていくことです。また、若手弁護士や法曹を目指す人に経験を伝えていくことができればと思います。