永島 友悟 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私の父が弁護士なので、子供のころから父の背中を見て、自然に弁護士になるのだろうなと思っていました。父は仕事を家に持ち帰るタイプの人間で、よく仕事のことを聞かせてもらいましたし、クライアントの方に会う機会が多かったんですよ。父のことを「先生」と呼ぶクライアントの方を見て、弁護士という仕事は人に尊敬される仕事なのだと思いました。
また、ゲーム会社の顧問弁護士をやっていたりもしたので、「ゲーム会社を助けられるのか」と、子どもから見るとちょっとしたヒーローのように見えたのです。それで、自分も将来は弁護士になるのだと、自然に思っていましたね。
私は小学校の高学年の頃から大学まで、アメリカで過ごしていたので、大学卒業までは日本の弁護士ではなく、アメリカのロイヤーになるのだろうなぁと思っていたんです。
日本で弁護士になった理由
敢えてというか、司法制度改革に騙されたというか・・・(苦笑)。私が大学4年生になったころに、ちょうど日本で司法改革が始まり、ロースクール制度が始まるという話を聞いたんです。
これまでの科挙試験のような方式を変えて、門戸を広く開き、多様性のある弁護士、日本国内に留まるだけでなく、世界と勝負できるような弁護士を出していこうという理念を全面的に宣伝してたんです。少なくとも当初は(笑)。
その宣伝効果もあって、自分も日本から世界に通用する弁護士になってやるんだと思い日本のロースクールに入学しようと来日しました。
結果として、慶應義塾大学法務研究科の未修者コースに入学することになりました。慶應は面白いとところで、私のような海外大学出身者等ユニークな経歴の学生を積極的に受け入れてくれたんです。そういった意味で慶應は、司法改革に理念である「多様性」を実践している学校だと思います。
ロースクールのよい点と課題
ロースクールの良い点は、まず尊敬できる仲間ができることですね。同じ志を持った優秀な同級生がたくさんできます。そして、素晴らしい先生方もたくさんいらっしゃいます。今でもお付き合いのある先生方もいます。
また、慶應の授業はとてもバラエティに富んでいて、面白いものはたくさんありました。私は英語を生かした渉外法務をやりたかったので、英語で学ぶ英米法、英語で学ぶ日本の渉外実務といった講義を積極的に受けました。
実務家の先生が教えてくれる授業もあるのですが、これらの授業は特にためになりました。実務家の先生の法の解釈というのが実に鮮明で、正に目から鱗。素人でもよく分かるように説明してくれるのです。法律についての理解を自然に深めることができましたね。
一方、憲法、民法、刑法のような基本法に関していえば、予備校とあまり変わらない講義だったと思います。ロースクールの授業でよく言われているソクラテスメソッドというのは、学生に考えさせ発言させ、たとえ間違った答えであっても、それを元に議論し、理解を深めていくというものというものだと思います。
たしかに、そのような教え方は選択科目では確かに見られたのですが、基本法の講義となると、条文、判例、学説をただ列挙していくというものでした。特に、未修者コースの授業は予備校と変わらない詰め込み教育でした。1年間で既習者レベルの法律知識を学ぶ必要があったため、そのような方法を採らざるを得なかったのかも知れませんが、そこは残念なところでしたね。
だから私はロースクールに対しては、素晴らしいところもあるし、まだまだ努力すべきところもあるという、非常に矛盾した、アンビバレントな気持ちを持っています。ただ、旧司法試験の制度よりはいいというのは間違いないと思っています。
日本の学生とアメリカの学生との違い
これは人にもよりますが、日本の学生はレールが敷かれているような気がしますね。
アメリカの学生は、早い時期から自分の将来についてかなり具体的に考えています。弁護士になりたいのか、外交官になりたいのか、ビジネスマンになりたいのか。ビジネスマンになるにしても、どの業界で働きたいのか、業務としてはアカウンティングをやりたいのかファイナンスをやりたいのか、ということをかなり具体的に考えています。
日本の学生の場合は、気がついたら就活の時期がきて、とりあえず色々な企業に応募して、内定が決まった企業の中から選ぶという場合が多いですよね。自分の未来を考える機会が就活時の一瞬しかない。そのような違いがとても感じられて、カルチャーショックを感じましたね。
また、ロースクールに関して言えば、日本の法曹を目指す学生に関しては国際性があまり感じられなかった。もちろんものすごく優秀で英語もできる人もいたのですが、大半がこれまで法律という日本語しか学んでこなかったせいか、英語ができない、関心がないといった状態でした。
どんな仕事をしているのか
私は日本とアメリカのハーフという特徴を生かして、2つの世界をつなぐ仕事をしています。日本の訴訟でアメリカの法律や実務が問題になるときは、日本の裁判官にアメリカの法制度、企業文化を指摘しますし、米国の訴訟で日本の法律が問題になるときはアメリカの裁判官に日本の法律や実務を、書面を通して伝えるということをするわけです。
また、それぞれの国の文章の翻訳もしますし、日本又は米国のクライアントと代理人間の通訳もします。このようなことをしないと両者は会話が成り立たないのです。私はこのような国際案件が自分の生きがいだと思っています。また、大学生のころはコンピューターサイエンスを勉強していたので、個人的には、特許、著作権の分野に関わる業務に積極的に取り組むようにしています。
仕事の中で嬉しいと感じるとき
「事件が解決して依頼人に喜ばれた時」などが一般的な答えかと思いますが、うちのような事務所だとあまりそのように思うことはありません。
というのも、うちの場合はあまり感謝されるということがないのです。できて当たり前なんですね。1つ区切りがついても、1日だけ祝杯を挙げるだけで、その後また続きの訴訟があったり、係属中の別件があったりといったことが途切れることなく続いていきます。「解決して喜ばれてそこで終わる」ということがないわけです。
ですので、プロセスの途中途中でやりがいを感じていくということになると思います。訴訟の中で尋問がうまくいったり、自分の書いた書面の出来が良かったといった時などですね。ほとんど自己満足の世界なのですが、この世界では、そういうものだと私は思っています。