内野 経一郎 弁護士 インタビュー
弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
県で4位。国体補欠。成績は今いちながら柔道部の監督の先生が日本中どこでも行きたい大学に推薦すると言って下さった。
それなのに一般入試にして中央大学法学部しか合格できなかった。しかし、大学1年生の「法学」の教科書が殆ど理解できなかった。字は知っているのに意味がとれない。絶望的気分でホームシックにかかり、充実感のない毎日で2年生に進級する時、3科目が落第で、取得単位のほとんどが可だった。
当時「学内選考」に合格しないと中堅企業でさえ受験資格が得られなかった。学内選考は学校の成績で決まる。だから、就職は絶望だ。「学内選考のない就職試験」を考えるしかなかった。
それで司法試験を思いついた。「デモ、シカ教師」ならぬ「デモ、シカ中大」「デモ、シカ弁護士」です。
印象に残っている案件(事件)
注目をあびた事件と言われれば、藤井治芳(元日本道路公団総裁)氏の解職の聴聞手続きの代理人をやった程度だ。
また、記憶に残っている事件と言われれば、契約書の下に委任状用紙を置き、カーボン紙を敷いて全く同じ筆跡を得て、偽の登記をされ、都市部の広大な土地を騙し取られそうになった事件があった。
事務所の若先生が、契約書の原本と委任状の原本を法廷で光にあて、同一のものであることを見破ってくれた。大きな土地問題であったから土地の一部当時で7千万円程度を報酬として頂いた。30年程前のことだ。この報酬額は、町弁にとっては破格の金額であり、なんだか弁護士の格が上がったような気がした。量の違いが質の違いを招くとマルクスが言ったとか。
その後そんな報酬をいただいていないので、「ビギナーズラック」だったのだろう。
仕事の中で嬉しかったこと
勝つことは遣り甲斐の一つだし、依頼者に信頼されることは嬉しい。
詐欺罪で起訴された事件でどう考えても通常取引にみえ、激しく無罪を争ったが負けて、私の依頼者が実刑になってしまった。
法廷で手錠をかけられる被告人に「力及ばずすまん。弁護士を代えて控訴してくれ」と言ったら、「僕行ってきます。先生があれだけやってくれて駄目なものは誰がやっても駄目です。」と云ってくれた。
私は自分の未熟さを反省すると共に、依頼者にそれだけ信頼してもらえたことが大変嬉しかった。
その表情とキッパリとした語調が忘れられない。
大変だと感じること
敗訴判決を受けて、何故負けたか、負けた理由が分からない時です。
休日の過ごし方
私は休日というものは作っていない。郷土の三州倶楽部、民族派の日本会議、中央大学OB会の白門会、宮崎の特攻記念館の建設の活動、道場の稽古に行くこと、などなど小さな「やりたいこと」はあるがままならない。貧乏暇なし金もなしか。
弁護士としての信条・ポリシー
「クールな知性・熱い情熱・強固な意思」。
これを頭・胸・肚に言い換えて若い弁護士に説いている。
第一に、事件そのものを証拠と経験則に従って冷静に読み解き、法文、判例、文献を調べ、成果をどのような方法で導くべきか知性的、冷静に考える。それが弁護士にとって一番大事なこと。
第二に、この困難な状況に至っている依頼者の心痛や悲しみ苦しみへの共感や熱い思い入れがいる。
そして最後に権力をも怖れず「先生、殺すよ」と言ってくる反社会的勢力に対しても、強固な意志を持ち、肚を据えて依頼者を護ることだ。
こんな理由で弁護士に大切なことは頭、胸、肚かな。
依頼者に対して気をつけていること
その方の価値観に合わせて、その方の最大限の幸福へのお手伝いをすること。
弁護士は仕立屋である。私の事務所では既製服は売ってない。なぜなら、依頼者によって袖や丈の長さは違うし、着心地も違うからだ。だから、一点一点真心を込めてテーラーメイドの注文服を売るように、依頼者の方の人生のポリシーや価値を大切にし、それを現在の法的状況からどう実現できるか、一緒に考えて経済的損得は勿論としてそれ以上の何を以って「幸福」として居られるのか、その方にとって大切なものは家族なのか故郷か母校か、信仰かなどの部分にも目を向けたい。
そんな町弁でありたい。
関心のある分野
ハーグ陸戦条約に関心がある。
その条約附属書「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」の第43条に、「国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、「絶対的の支障」なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得べき一切の手段を尽すべし。」と、占領軍が占領地域の法律を尊重することを定めている。
しかし、そうした国際条約があるにも関わらず、大日本帝国憲法が米国占領下で「絶対的の支障」もないのに改正され、日本国憲法が制定され、今尚実効性を得ている。法の実効性とは何なのか。
猛烈な実効性がある法も有名無実の法もある。時々刻々と法の概念が変わり,法意識が希薄化しているように思う。我々弁護士が依って立つ法律とは何か。
分かりにくい法状況のなかで自分の信ずる法運用を心掛けたい。
今後の弁護士業界の動向
弁護士意識の動向次第だと思う。
中国では、Lawyerを「律士」と呼ぶ。日本では「弁護士」と呼ぶ。
「弁護士」とは、「弁」を以って命をかけて法を護る「士」=弁護士だとの思いで明治の先達はLawyerを弁護士と訳したのだとすれば、日本古来から続く国を護る武士の精神で刀を言語に代えて国家、社会を、法を、護るのが弁護士である。
そんな意識をもつ弁護士が増えるかどうかで、弁護士業界の動向が定まってくる筈だ。
今後のビジョン
私は今までどおり生真面目に仕事をやっていこうと思っている。
「内野先生が言うことには事実に嘘はない、提案される解決案は的を射ている」と言ってもらえるように、依頼者とテーラーメイドの信頼構築を目指し、事務所が掲げてきた「揉め事萬承り所、賢い生き方指南所」という二枚看板を磨いていきたい。
ページを見ている方へのメッセージ
弁護士は国家から法の運用を委ねられている。国家あっての弁護士だ。独裁国家と民主主義国家の違いはあっても中国と米国何れも自国の「国益第一」の筈だ。この二大国家の間にある我国の状況は、両口の国益の思惑次第で日本という国家の存立そのものが危ぶまれる。弁護士一人一人が自覚を持って、我々弁護士に法の運用を委ねてくれた、いはば弁護士の依頼者である、日本国を思い、国家存立の為に知恵をしぼり行動し、日本国を護り、世界に誇る国家にしたい。
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「面白きことなき世を面白く 住みなすものは心なりけり」 高杉晋作辞世に野村望東尼が下の句を付けたとのこと。肩の力を抜いて腹の立つこと苦しいことも身から出たサビと笑いのめして気を楽に生きませんか。 葉隠にさえ、「人の一生は僅かなことなり、好いたことして暮らすべき也 夢の間を 束の間を 好かぬ事して苦を以って暮すは 愚なる事なり」 とあるとか。