鳥山 半六 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
子どもの頃から「法」というものに対する漠然とした憧れはあったように思いますが、これといった明確な理想や目標、動機があったわけではありません。そのせいか、今でも、依頼者の方と話をしながら、ふと、「あれ、なぜ自分はこんなところで、こんな偉そうなことを言っているんだろう?」と思うことがあります(笑)。
印象に残っている案件(事件)
失敗に学ぶことが多いのですが、証人尋問で尋問時間を遵守せず失敗した事件は忘れられません。当時は今のように計画的な審理が一般化しておらず、尋問期日も適宜、続行されることが多かったのですが、その事件では尋問時間が厳格に制限されました。
あとから思えば、事前にそういった話もあったのですが、裁判官の発するサインを軽く見た自分の傲慢さに失敗の原因があったと思います。
他方、成功例として印象に残っているものとして、証拠上どうみても負け筋の事件(被告事件)の反対尋問で、原告側の決め手となる書証の弾劾に成功し、反訴請求も認められたことがありました。尋問前には、もうこれ以上できないというくらい徹底的に準備して臨みましたが、こういった経験を通じて、事前準備の大切さと楽しさを知りました。
仕事のなかで嬉しかったこと
依頼者の方から「先生のファンです」と言ってもらえたときです。
弁護士の仕事は、依頼者と会うのが楽しみだと思えれば、こんな楽しい仕事はありませんが、嫌だな、億劫だなと思っていると、毎日がしんどいですね。これは結局、事前準備と自分の心次第。同じやるなら、楽しくやりたい。だから、小さなこともおざなりにせず、しっかりと準備したうえで依頼者に向き合うよう、努めています。
弁護士になって大変だと感じること
あのとき、○○しておけばよかった、と後悔するときはしんどいですね。
でも、いくら後悔しても問題は解決しません。今、起きている事実に真摯に向き合うこと、今、できることに精一杯取り組むこと、それしかないと思います。
あと、強いて言えばお金の問題でしょうか。弁護士は、お金のことを考えずにすめばこんな楽しい仕事はありませんが、お金のためだけに仕事をしなければならなくなると、これほどしんどく、また危険な仕事はないと思います。
しかし、これも結局、心の持ちよう。
お金というのは提供するサービスの対価。それを健全に意識することで弁護士としての能力が磨かれる側面があると思います。
プロとしていかに期待された成果を出すか、依頼者に喜んでもらうか、安心と納得を提供できるかを真剣に考えていくと、品質やスピードはもちろん、説明や報告のマメさ、丁寧さ、わかりやすさ等、いわば痒いところに手のとどくサービスを意識するようになるからです。その意味では、目標スコアにこだわることで上達するゴルフと似たところがあるかもしれませんね(笑)。
休日の過ごし方
土曜日は、日常のリズムから離れ、起きた出来事をすこしゆっくりと振り返るようにしています。日曜日は、単身赴任中なので東京と奈良を移動するか、ぼーっとして心と体を休めています。単身赴任もだいぶ長くなりましたが、そろそろ趣味のゴルフを再開したいですね。
弁護士としての信条・ポリシー
信条とかポリシーというような大層なものではありませんが、品質とスピードにおいて、期待されるよりちょっと上のレベルを目指しています。
もっとも、実際にそうか?といわれると甚だ心許なく、品質不足をスピードで補うことも多いのですが(笑)、目標としてはそうありたいと努めています。
依頼者に対して気をつけていること
相手(依頼者)の立場にたって考える、ということでしょうか。
一度、入院し患者の立場を経験した際、なにか自分がモノとして扱われているように感じ、そうなってはいけないと思いました。悩みや不安を抱えた人からすると、法律事務所に行くだけでもなんとなく気の重いものだと思いますが、そういった依頼者の方の心情とか、企業人の場合は社内の立場とか、そういう面も含めて相手の立場を理解するということです。
上から目線ではなく、かといって媚びたり迎合するのでもなく、要は、対等な立場で、お互いに個人として尊重しあえるフランクな関係を築くことが大切だと思います。
関心のある分野
今、取り組んでいる案件に関わるすべての法分野ですが、比較的多いのは、知財、労働、会社法の分野です。
また、社外役員として経営の生の現場に立ち会う機会も多く、事業に関わる経営判断や意思決定のあり方、経営の現場におけるガバナンスやコンプライアンスのあり方に関心をもっています。
そのほか、弁護士業務ではありませんが、(予防倫理だけでなく)志向倫理としての「弁護士倫理」や、弁護士の応援団である「会員サポート窓口」には、一種のライフワークとして取り組んでいます。
今後の弁護士業界の動向
益々、多様化・相対化が進んでいくのではないでしょうか。
一口に弁護士といっても多種多様な、それこそいろんな弁護士が現れると思います。組織に所属し事務所を持たない弁護士、特定案件のみに特化した弁護士、法廷活動を一切せずコンサルを中心とする弁護士、依頼者を持たず執筆や解説、セミナーに特化した弁護士、専ら海外で活動する弁護士、等々。
それに伴い弁護士像も相対化するでしょう。従来の訴訟中心の時代は、「それは弁護士のやることではない」「弁護士としてそれはできない」といった暗黙の了解があったように思いますが、そのような一線も次第に揺らいでいくのでしょう。弁護士としてのアイデンティティとは何か、あるいは、弁護士業務のコモディティ化、感情労働化が進み、そんな意識すらなくなっていくのか、少々気になるところです。
今後のビジョン
これは私の敬愛する森際康友教授の言葉なのですが、弁護士が元気でないと社会はよくなりません。
「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という「使命」が法律に明記された職業(弁護士法1条)って、凄いと思いませんか?
もっと多くの人に弁護士を目指してほしいと思いますし、また、そんな魅力ある職業であり続けてほしいと願っています。
私個人でいうと、弁護士というのは、職業というより、「人のお役にたちたい」という、生き方。もともと明確な目標をもって弁護士になったわけではありませんが、困っている人のお役にたてることほどやりがいのある仕事はありません。還暦を過ぎても、「あの件、こうすればどうか!」と閃くと、ワクワクしますからね(笑)。
人生百年時代。「朝は希望をもって目覚め、昼は勤勉に働き、夜は感謝をもって眠る」をモットーに、いただいた「お題」に一生懸命取り組み、また、それによって、日々、少しでも自分を成長させていければ、そしてまた、それが、弁護士人生を「善く生きる」ということではないか、と思うようになりました。