大石 忠生 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私は法律家としては最初に裁判官になり、40年経ち裁判官を定年退官してから弁護士になりましたので、この問いかけには「法律家になろうと思ったきっかけ」のほうがあたると思います。
職業法律家という仕事が非常に古くからあり、何が正しいかということ、正義を実現するということについて日々努力をする仕事であるというところに魅力を感じました。その魅力が自分の仕事を考える糸口であったと思います。
また、法律家という職業は正義を考える仕事ということと関係して社会的にも認められている職業であるということで、自分の職業として法律家を選ぶということは魅力的だと思い、大学も法学部を選んでその後も職業法律家になるための勉強を致しました。
印象に残っている案件(事件)
裁判官になってから十数年後(昭和48年)に東京高等裁判所で関与した事件(一審宇都宮地裁)なのですが、日光太郎杉事件という事件です。
日光東照宮のあるところに太郎杉という非常に古い木があり、その太郎杉を栃木県の道路拡幅計画で伐採するという計画が出されました。それに対して地元の人たちが太郎杉を失うということは自然を破壊することだ、ということで太郎杉の保存を訴える行政訴訟を起こしました。
その訴訟は県が立てている伐採計画、道路拡幅計画を取り消してくれという訴訟でした。住民の申立てを認めた、一審の判決に対する栃木県の不服申し立てに対して高等裁判所の裁判官として関与しました。
その時に私は一度自然を破壊するということは取り返しのつかないことになる。道路拡張はそれを極力尊重した形で行われるべきだ。太郎杉を避けて行なうという検討がまだ不十分で、他に方法があるように見受けられる。計画はやり直すべきだ。という判決を裁判官として致しました。
一度失われた自然は二度と戻らないと判決に書きまして、そのことがその後マスコミ等でも強く報じられました。結果として県の計画が変更になり、太郎杉は保存されることになりました。
弁護士としては平成10年の記念樹事件という事件が印象に残っています。ある著名な作曲家が作曲した曲と別の作曲家の曲が似ていて、別の作曲家が著名な作曲家の曲を編曲したという作曲家同士の争いがありました。その事件は音楽著作権協会のJASRACも関与することとなり、その事件に私も原作曲家の訴訟代理人として関与して、原作曲家の権利を守りました。
仕事の中で嬉しかったこと
弁護士の仕事というよりは裁判官の仕事の話になります。裁判官の道に進むには大学を出て司法試験に合格し、司法修習生を経てそれが全て終わった時に裁判官になるか弁護士になるか検事になるかを選びます。
裁判官というのはどちらかの当事者に偏るということはなく、問題となっている事件についての双方の意見を聞いて、何が正しいのか、どちらが本当のことを言っているのかということを見極める仕事で、法律家としては一番やりがいのある仕事であると感じて裁判官になりました。
日本の裁判官というのは世界でも一番クリーンであると言われるほど他からの働きかけに対して、制度的にも独立性が保たれている仕事です。三権分立の中で司法権というのは他の行政権や立法権からの働きかけがあっても一切それが及ばないように憲法上も強く保証されています。
実際裁判官の仕事を40年間やりまして、司法権の独立は日本の裁判官の中で保証されていて、世界でも誇ることができる制度ではないかと思っています。嬉しかったということではないですが、一番やりがいのある仕事であると思います。悪いものは悪い、正しいものは正しいときちんと判断できるというやりがいがあり、自分の意見を常に正々堂々と述べることができる仕事であるということが嬉しかったです。
弁護士になって大変だと感じること
何が正しいか、真実であるかを見極めるということです。何が正しいかという人間の判断というものは非常に曖昧です。しかし何が正しいかが曖昧であるために、何が正しいかということは結局決められないかというと、そうではないのではないかと思います。やはりその中でも何が正しいかということがあり得ると思い、それを考え続けた40年間でありますし、少しでもそこに近づこうと思って努力してきました。
中国の古典で『疑心暗鬼を生ず』という古い話があります。
「ある男が斧を無くした。隣の息子が怪しいと思った。その息子の歩き方を見ると、どうも盗んだようだ。顔つきも盗んだようだ。言葉つきも盗んだようだ。やることなすことみな斧を盗んだように見えてくる。ところが、その後谷間を掘っていると、思いがけずその斧が見つかった。それからというもの、隣の息子のすることなすこと、盗んだようには見えなかった」
という話です。誠に人の認識や判断が如何に脆く、安定性に欠けているものかということが表れています。私も民事や刑事事件で裁判の中でいくつかそういったことに出会っているが、それを防ぐためにどういう配慮をしていくかということを勉強していくことが法律の勉強です。どうしたら真実に近づくことができるか、間違った判断をすることをどうしたら避けることができるのかということのために人類の歴史は色々な方法を考えてきました。
今は刑事訴訟や民事訴訟の立法や運用の中で人の嘘が入らないように、何が正しいかについて十分な意見が出るようにということが考えられています。そういったことが法律家として一番難しいことですが、それだけにやりがいのある仕事です。
休日の過ごし方
昔からスポーツが好きで野球やテニスなど色々なスポーツをしていました。今は週に1回のゴルフを楽しみにしています。
依頼者に対して気をつけていること
事件の依頼者のために法律的に見て何が一番依頼者のためになるか。自分が弁護する被告人についてはこの人のために法律的に何をしてあげられるか。そしてそれが正義や自由という基本的な憲法的理念にどのように近いところに持っていけるか。裁判官の判断を正しい判断が行われるように、被告人や依頼者の立場に立ってどれだけ努力してやれるかということを常に考えています。
ページを見ている方へのメッセージ
法律家の仕事は非常に魅力があります。裁判官にせよ弁護士にせよ検察官にせよ非常にやりがいのある仕事なので、是非若い人たちが目指してほしいと思います。
やりがいがあるというのは法律を通して社会に正義を行わせるということに携わることができるからやりがいがあるということです。法律家というのは自由と正義を目指す仕事だということをよく理解していただきたいと思います。
また、裁判所を騙すとか、弁護士を使って自分の欲求だけを通すというようなことはそんなに簡単にいくことだとは思いません。そういった意味では裁判所を中心とする日本の司法のシステムというものは、世界的にもしっかりした極めて高水準のシステムなので、法律の世界を信用していただいていいのではないかと思います。
そういった意味で、法律家にならない人は、法律家をいい人生の友達として利用していただきたいと思います。