伊藤 博史 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私が大学に入学したのは1968年、学生運動が盛んなころでした。学問の自由、大学の自治を守れとか、アメリカはベトナム・沖縄から出て行けなど、様々な問題に若者が声を上げており、授業棟が封鎖され、授業が出来ない状態になることもあったほどです。
そんな中、私は人文学部法学専攻で、法学研究会というサークルに所属していました。その頃は大学紛争に加えて、在留米軍が違憲にあたるという議論をもたらした砂川事件や、早稲田大学の学生が、学生時代の思想を理由に内定を取り消しになった三菱樹脂事件などの最高裁判所の判決もあり、サークルではいつも憲法や社会問題について友人と議論していました。
さらに、3年生のときには労働法のゼミに所属しました。労働法はプロレイバー(労働者側)とプロキャピタル(経営者側)のふたつの観点から考えることができますが、私の先生はプロレイバー(労働者側)の立場であってので、私も自然と「弱い立場の人に寄り添いたい」と思うようになりました。
学生運動や、サークル、ゼミなど、学生生活のいたるとことで社会問題に触れ、法律について日常的に考えていたことが、いつしか弁護士を目指すきっかけにつながったのだと思います。中でも、学生運動の影響は大きく、司法試験合格後に受けた司法修習で出会った同期の仲間も、学生運動がきっかけで法曹に進んだと言う人がとても多かったことを覚えています。
今までの経験と現在の仕事内容
弁護士になって30年以上が経ちますが、振り返ってみると、私の仕事は10年ごとに大きく分けられると思います。
弁護士になった1952年の4月からの10年間は、主に当時社会問題となっていた薬害スモンの問題を扱っていました。当時は共同事務所に所属していたので、他の先生方と共に薬害スモンの問題にあたりながら、弁護士としての経験を積ませて頂ました。
それからの10年は、様々な事件を取り扱った時期です。混沌としていた時期、とも言えるかもしれません。オウム真理教富士山総本部近隣住民運動や、豊田商事などの消費者事件、クレジット・サラ金の事件、ネスレ日本の労働組合の事件、民事介入暴力事件など、本当にあらゆる事件を取り扱いました。
消費者クレジットの問題は形を少しずつ変えながらその後も関わり続けましたし、ネスレ日本の事件も中央労働委員会、最高裁までいきました。ひとつひとつの事件の中身も濃かったと思います。
そして、最近の10年は、司法制度改革関係の仕事に一所懸命に取り組みました。静岡弁護士会でも役員や副会長をつとめ、司法改革の推進に努力しました。特に、静岡大学に法科大学院をつくる活動には全力で取り組みました。現在も通常の弁護士業務をしながら、静岡大学法科大学院で民事法の専任教員を務めています。
法科大学院教員として
弁護士の仕事は、事件を解決することです。これは、事件を経験する中で、実務を覚えていくことになります。これに対して、法科大学院の教員の仕事は、学生に司法試験に合格するだけの学力を身に付けさせることです。つまり、教員自身が教育力を身に付けることが必要です。
司法試験の理論的レベルは相当高いものです。しかも、私は過去の知識を忘れていますし、私が司法試験に合格した昭和49年と現在までの最高裁判所の判例は3分の2位が変わっています。改めて法律の理論的な学習を強いられることになりました。
いつしか、教員として法律の勉強に割く時間がどんどん増えていき、弁護士としての仕事が3割程度に減ってしまった時期もありました。学生と関わることはとても楽しく、有意義だったのですが、一方で、弁護士として事件を解決するという本来の業務から離れつつあることには、いつもジレンマを感じていました。
弁護士としての信条・ポリシー
私は今年で65歳になります。この歳になって、自分の性格がずいぶん穏やかになったといいますか、相談者の話にきちんと耳を傾けることができるようになったと感じています。
もちろん、「相談者の話をていねいに親身になって聞く」というのは弁護士業務の原点ですが、弁護士として活躍し、かっこいい仕事をしている若いときは、基本的なことを忘れてしまいがちです。
そういった時期を経て、様々な仕事や人生を体験した今だからこそ、心から相手の気持ちに寄り添うことができるようになりました。「相談者の方はお客様」という意識や、感謝の気持ちも、より強くなったように思います。
再び本来の弁護士業務に専念しようとしている今、改めて、依頼者の方への感謝を忘れず、しっかりとお話に耳を傾けていきたいと思っています。
関心のある分野
なかなか上手く言えないのですが、特定の分野に関心があるというよりも、これからは様々な分野の勉強に力を入れていきたいと思っています。
法科大学院の教員として民事法の講義をしたり、法律の研究をしたりする中で、この数年間はたくさんの判例を学んできました。その中には新しい発見も多く、自分が今までとても不勉強だったことを反省しました。弁護士は、裁判官の後見的役割に守られながら仕事をしているのだということも、改めて感じました。
一方、法科大学院に関わったこの10年で、逆に私自身の勉強が遅れてしまった分野も多くあります。特に、新しい消費者問題、裁判員裁判に関する制度の勉強などの新しい分野は、今から勉強し、遅れを取り戻さなければいけないと思っています。
また、平成元年に設立された静岡県高齢者相談センターでは、当初から高齢者相談委員を務めてきました。高齢者の問題には引き続き積極的に関わっていきたいと思っています。