中村 和雄 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
高校時代に弁護士か教師か新聞記者なりたいと思い、大学は法学部に入りました。私は東北大の出身なのですが、三菱樹脂事件の高野さんは大学の先輩にあたります。私が大学に入った時にちょうど最高裁の判決が出て、東京高裁に差し戻しになりました。事件は学生が内定をもらって仕事をしていたのに、大学時代の経歴を申告しなかったことを理由に内定取り消しにされたという事件でした。
大学生から見るとそんなことで解雇されるのは許せないということで、色々な大学の学生が運動をしました。東北大の中でもそうしたサークルができ、そこに新入生として加わり、判例の勉強をしたり東京高裁で傍聴したり事件の関係者のみなさんにお会いしたり、高野さんの家に連れて行ってもらったりしました。そうした中で、弁護士という職業を目指そうと考えるようになりました。
また、三菱樹脂事件に関しては『石流れ木の葉沈む日々に』というルポルタージュの本があり、その中に出てくる弁護士がかっこよくて、こんな風になりたいなと思い、弁護士を目指しました。
今までの経験と現在の仕事内容
主に労働事件、行政事件を中心に活動してきました。
現在は、とくに非正規労働者の救済事件を多数手がけています。
大学時代に私が所属していたゼミが労働関係のゼミでした。当時は不安定雇用と呼ばれていた(今は非正規雇用と呼ばれている)本来あるべき働き方ではない人たちの労働環境は非常に厳しく、そうしたものをちゃんとしていくことに弁護士として活動してみたいという思いがありました。そうした関心から弁護士になってからも労働事件に携わり、段々事件としても数が多くなってきています。
事件の特徴としては、簡単にクビを切られる、同じ仕事なのに賃金や労働条件などの格差が大きい、将来的にも昇進をしていかないといった問題があります。
裁判所も正規と非正規について区別して考える傾向があります。非正規は正規の調整の役割を持っているという考え・意識が強くあります。つまり、まず正規があって、それを補完するものとして非正規があるのだから、リーマンショックなど景気が悪くなった時には非正規が辞めても仕方ないという発想です。
しかし、今の実態を見ていくと非正規の人が自ら望んでパートやアルバイトに就いているわけではなく、正規の仕事がないからそうした形態に追いやられているという実態があります。同じ労働者として同じように対等な権利を保障するような制度に変えていかなくてはならないのですが、まだまだそこまで実現できていません。法制上も、裁判上もそこまで至っていない、それを少しでもあるべき姿に近づけていきたいという思いがあります。
印象に残っている案件(事件)
水俣病京都訴訟、NTT管理職役職定年制事件、京ガス事件、壬生寺保育園事件などが印象に残っています。
弁護士になって一番最初に出会った大きな事件は水俣病京都訴訟という水俣病の被害者の救済に関する事件でした。水俣病にかかって手足が不自由になり、漁師の仕事を続けられなくなり、大阪や京都に転居してきた人たちがいました。被害者の方々は関西にきて、自分の出身地を周りに隠していました。水俣から来たことがわかってしまえば除け者にされ、口をきいてもらえなくなるような時代でしたので、手足も不自由なのにひっそりと暮らしていました。
私たちが訪問した時も門前で「何故私たちが水俣から来たことがわかったのか」と窓を閉められたりしました。中には生活保護状態でいる方も多く、あれだけの被害を受けていながらそれをちゃんと請求できない立場にいました。それをなんとかしようということで動き、裁判の決着が着くまでに10年くらいかかったのですが、その間の被害者の方との交流や、国の対応など、その後の弁護士活動をするにあたって、色々なことを勉強させてもらいました。
当時の環境庁が被害者救済運動を潰すために悪辣なことをしていたことがわかったり、そうしたものを動かしていくために議員さんたちがどのような活動をしているのか、政府や国会の動かし方も少し勉強できました。
「市民ウォッチャー京都」の活動
京都府、京都市などの無駄遣いの監視活動や裁判が中心です。議員海外研修旅行返還請求事件、同和奨学金返還住民訴訟、官官接待費情報公開などを行っています。
基本的には情報公開を求めることと、そこから出てきた情報を元にしてに監査請求をします。また、その監査請求が認められなければ裁判を起こす活動をします。その中でいくつか裁判をやりましたし、私たちの調査で今まで明らかにされていなかったことを明らかにしました。市民の税金が今まで無駄に使われていた。それを適正に使われるようにしようという活動ということですね。
情報が今までは市民にオープンにされていなかった状況で、行政はやりたい放題でした。それを行政を監視して適正なものに変えていく。そうした活動のためにまずは情報公開を求めることが出発点となっています。
ダンス規制について
現在の風営法は、ダンスをさせる営業自体を規制の対象にしています。たしかに歴史的に見たときにダンスが問題になった時期があったかもしれませんが、少なくとも今現在はダンスは中学校でも必修となり、健全なスポーツとして公認されています。ですので、ダンス自体に規制をしていることはおかしいと思います。
実際になぜこうした法律が残っているかといえば、そのことを口実にして、警察がクラブに自由に出入りでき、自由に摘発をするために残ってしまっています。法律家から見ると警察が勝手に動けるような条項が残っていること自体が憲法違反であり、健全なダンス自体を法律から外してもらいたいという思いがあります。
また、私自身驚いたのですが、そもそも若い弁護士の中にはダンスクラブに出入りしている人が多いのです。Let’s DANCE法律家の会にはすぐに100名の弁護士が集まったのですが、多くの弁護士が出入りしています。そうした意味でLet’s DANCE法律家の会にはダンス規正法改正を自分の問題として捉えた若手の弁護士が集まっています。
今はレッツダンス署名運動やっています。これは法律家の会としてではなく、レッツダンス署名推進委員会がやってきたのですが、もうすぐ10万名の署名になります。また、Let’s DANCE法律家の会で風営法の改正案の骨子を発表しています。国会議員の中でしっかりと議論してもらい、法律からダンスという言葉を外してもらうために超党派の国会議員の方と交渉しています。
弁護士としての信条・ポリシー
社会的に弱い立場の人の側にたって支援する。親しみやすく接して貰えるように努力する。当事者の立場に立って考える。あきらめない。といったことを意識しています。
昔と比べると改善されていますが、依頼者の方と話していてまだまだ弁護士の敷居が高いという印象が強くあります。そのために困っていても相談にいけなかったりします。そういうことがあるので、気軽に相談にきてもらいたいという思いが一番強いです。自分の思いを率直に出してもらえるようなことが重要なので、そうした対応をなるべく心がけています。