信あれば徳あり
困っている人を、直接守れる距離にいたいと思った
弁護士という職業を初めて意識したのは、小学校高学年の時でした。
弁護士が日常のトラブルについて解説するテレビ番組を見て、純粋に「法律って面白い」と思ったんです。テレビで紹介されるトラブルの事例について「こういう問題ってどう解決するんだろう」と子供ながらに真剣に考えていたのを思い出します。
その後も、法律や弁護士への興味は、どんどん膨らんでいき、小学校を卒業する時には、正義を体現する弁護士の仕事に就くこと以外考えられなくなっていました。
大学は迷わず法学部に進学し、司法試験を受験しました。
司法試験に合格し、法曹資格を得るために司法研修所や実務修習地などで法律実務を勉強していた時、最終的に判決を下すことができる裁判官の仕事にも魅力を感じましたが、困っている人に一番近い距離で、直接その人を守ることができるのはやはり弁護士しかないと思い、最終的には弁護士の道を選びました。
夢だった弁護士になることができましたが、この仕事の「責任」は、想像していたものよりも、はるかに重いものでした。
表情を読み取り、声色で感じる
弁護士としてどんな案件を担当するときでも、一つだけ心に決めていることがあります。
それは、依頼者の顔を見て、最後まで話を聴くこと。
私は弁護士になるために、毎日机に向かってたくさんの法律を勉強してきました。 しかし、実際に仕事をするようになって、弁護士の仕事は法律の知識だけで解決できるものではないと思い知らされています。
この仕事に重要なのは、「聴く力」だと感じています。
これは、ただ単純に話を聴いてメモをとるということではなく、依頼者がどういう気持ちでその発言をしているのか、依頼者は自分にどうして欲しいと思っているのかを、齟齬なく理解できることを意味します。
そのためには、調書やパソコンを脇見しながら「なんとなく」会話するのではなく、依頼者の顔を見て、表情を読み取りながら面談をすることが必要ですし、どんなに長くなったとしても話を遮らず、最後まで気持ちよくお話ししてもらう環境を整えることが大切です。
一点に集中して話を聴くと、依頼者の声色の変化にも気づくことができ、依頼者の感情を直に感じることができます。 人の話を聴くということは、簡単なように思えて、実はとても難しく奥が深いことだと感じています。

母への手紙
少し前に、ある刑事事件で国選弁護人を引き受けました。 私よりも若い、成人して間もない被疑者は、同種の罪で二度目の逮捕・勾留(身体拘束)をされている状態でした。
被害者の方とは示談の方向で話が進んでいましたが、二度目の逮捕ということが私の中でかなり引っかかりました。被疑者本人が心から反省して改心しなければ、きっとまた同じことが起こってしまうからです。
これからは、犯罪を犯さないような人生を歩んでいってほしい。
その一心で、毎日のように接見に通い詰めました。
事件の話から雑談に至るまで、時間の許す限り、本当にいろんな話をしました。彼自身のことを詳しく知れば知るほど、 彼の気持ちに共感できることもあり、彼のこれまでの苦悩も理解することができました。「被疑者と弁護士」としてだけでなく、「人と人」として向き合えたと思っています。
私は彼に、家族に手紙を書いて身元引受人をお願いしたらどうかと提案をしました。 弁護士である私が直接ご家族に連絡を取り、身元引受人をお願いすることもできるんですが、彼の心から出てくる言葉で家族に伝えるべきことがあると思ったからです。
彼は母親に手紙を書き、それを読んだ母親が彼の元に面会に来てくれました。
母親との面会後、接見のために彼の元を訪ねると、彼は「家族に迷惑をかけた」と私の前で大粒の涙を流しました。彼が自分の人生を、もう一度真剣に考え始めた瞬間でした。
刑事事件では被害者や被疑者(被告人)だけでなく、双方の家族の人生まで大きな影響を与えてしまうことも多いので、家族のお気持ちにも配慮した弁護活動が求められます。「示談すること」が目的ではなく、「被疑者(被告人)やその家族が再スタートできること」が真の目的です。
また、国選弁護人制度を利用する場合、被疑者は弁護士を選ぶことができません。
担当する弁護士によってあまりにも大きな差が生じてしまっては、国の制度として十分であるとは言えません。
一度引き受けると決めたら、自分の目と耳、そして足を使って、全力を尽くす責務があると考えています。
「妥協」と無縁になる
私の趣味はサッカー観戦です。 休みの日には、サッカー観戦のために地元に帰ることも少なくありません。
ただ単に応援しているクラブが好きだということもありますが、サッカー観戦を通して、生きるパワーや仕事に対するモチベーションをもらっているという表現が一番しっくりくる気がします。
サッカーの試合は、弁護士の仕事と似ています。
順風満帆に点を取れることばかりではなく、時には厳しい戦いを強いられることもあります。 でも選手たちはどんなに辛い状況でもホイッスルが鳴るその瞬間までピッチを走り続け、最後まで諦めることはありません。 諦めなければ、ホイッスルが鳴る数秒前にゴールが決まることだってあるのです。
一生懸命戦う選手を見ると、「自分も弁護士としてもっともっと頑張ろう」と力が湧いてきますし、弁護士としての生き方を考えさせられます。
本当に証拠はこれだけなのか。 他により良い解決策はないのか。 依頼者は心から納得しているか。
若いパワーを生かし、情熱を持って、常に妥協のない丁寧な仕事を心がけていきたいです。
未来を信じて、一歩を踏み出してほしい
お恥ずかしい話ですが、私は小学校の頃、いたずらっ子だった時期もあったんです。
学校内でいたずらをしては、職員室に呼び出されて、よく担任の先生から注意受けていました。
でもなぜか「怒られた」という印象はないんです。 その先生は、私を注意する時、一方的に叱るということを絶対にしませんでした。
「ふざけるな、反省しろ」と言うのではなく、いつも「どうしてやったの?なにか理由があるの?」と聞いてくれる。 私を信じた上で、対等に会話をしてくれていたんですね。
本当にありがたいことです。 弁護士という仕事をするようになった今になって当時のことを思い返してみると、私はその先生の「信じる力」によって救われていたんだなと感じます。
そして、この先生の“教え”は、私の弁護士としての仕事のヒントにもなっています。 トラブルを抱えていると、疑心暗鬼になったり、不安が募ったりするものですが、「きっと好転する」と信じることができれば、心も少し軽くなるのではないかと思います。
私と出会う依頼者には、未来を信じていただけるように、誠意を持って粘り強く仕事をするとお約束いたします。
おひとりで殻に閉じこもらず、いつでもお気軽にご相談ください。
