田中 健太郎 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
小学生の頃に憲法を初めて勉強し、中高生の頃から憲法が好きでした。
高校生の頃には、行事がある度に侵略の旗印の日の丸を揚げるのはどうしてだろうか?という疑問がありました。高校時代、学習指導要領に「君が代」を「斉唱するものとする」とする規定が盛り込まれたのですが、生徒はたくさんいて、歌いたい者も歌いたくない者もいるのに、その各々の思いを汲み取らないで1つの見解だけで塗りつぶしてしまってよいのか?と毎年全校で討議し、生徒会として卒業式への日の丸君が代の持ち込みに反対していました。
また、社会科の授業で先生にさまざまなお話を伺ったり、自分で資料集を読み込んだりして、より憲法を好きになっていったように思います。
将来の仕事は、何にせよ、自由業がいいと思っていました。憲法の指し示している世の中にするのに役立てる仕事として、法律家を志しました。法曹三者あるうち、憲法裁判で違憲判決が出せるかもしれないとして裁判官を考えたこともありましたが、目の前に提供されたものを裁くのではなく、現場に乗り込んで自分で解決の糸口を見つけ、より主体的に世の中に関わっていける仕事として、弁護士を選択しました。
今までの経験と現在の仕事内容
中国残留孤児国家賠償請求訴訟や、イラク自衛官派遣差止訴訟のような行政事件に携わったほか、一般民事事件、労働事件、刑事・少年事件などを扱ってきました。裁判員裁判は2件経験しています。
現在は、交通事故や医療事件、建物明渡請求、離婚、相続、債務整理のほか、教育関係の行政事件を扱っています。
集団訴訟は、日本が歴史上進路を誤った時代のできごとを引きずっていたり、憲法や人間をないがしろにした行政の失敗等、社会的背景を持ったものが多いです。また、原告が多く、全国共通のテーマで共通する相手に働きかけることもあり、全国的な連携があるのが特徴だと思います。
裁判員裁判は、事実と証拠を削りすぎて実態が伝わらないまま判決が出されているイメージがあります。例えば、危険運転致死事件の背景として明らかに運送労働者である被告人の過労があると思われたのに、争点整理手続でその事実や証拠は本件と関連がないと言われてしまったり、制度設計に問題があるのか、絞り込むといって大事なところまでも落としてしまっている気がします。
また、事件以外に、会務にも相当の時間と労力を割いています。
弁護士としての信条・ポリシー
責任を強く意識しています。事件処理のスピードにバラつきが出ないようにしたり、依頼者に適時に推移を報告したり、意思確認を欠かさないようにと思っています。
弁護士として職務基本規定通りにやっていかなければ思っていますが、これは大事かつ大変なことです。個々の事件を処理し、会務やさまざまな運動に関わりながら、憲法の実現につながってゆけばよいと思っています。
関心のある分野
交通事故事件は世の中に頻発していますが、大変奥深く、常によりよい処理があり得ると思っており、日々関心を抱いて研究しています。
交通事故の場合、現場に足を運び、刑事記録が正確か検証します。被害者は自己の身体の状態に合致した等級を認めてもらう必要があります。そのために、例えば、お医者さんに話を聞きに言くこともあります。基礎資料として、さまざまな書類を手際よく集めなければいけません。また保険について基本的な理解も当然必要です。奥深くやりがいがある分野だと感じています。
また、北海道での仕事を決めたのは、先輩の弁護士の方からお声掛けがあって「ここにしよう」と思えたからです。