金谷 幸雄 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
高校卒業後、5年間室蘭の製鉄会社で会社勤めをしていました。1960年の第一次安保闘争に刺激を受け、東京に行きたいとの思いから、会社を辞め大学に入学しました。その際、法学部を選んだのはそのような中で法律の重要性を認識したからです。勉学に努め東京オリンピックの1964年大学4年時に司法試験に合格することができました。
15年間、検事をやりましたが、その間8箇所の任地に配属され何回も引越ししました。子供の成長とともにそのような転勤生活に厳しさを感じて、落ち着いた生活をするため44歳の時に弁護士になりました。
今までの経験と現在の仕事内容
検事時代の半分は財政事件を多く扱いました。脱税事件などです。その経験は弁護士になってからも活きて、今度は依頼者を守るという立場からこのような分野の事案を他の方よりは多く扱ってきたと思います。
そのほかに一般的な交通事件なども処理しています。
財政事件について
所得税でも法人税でもそうなのですが、損益計算書など大きな数字を扱うことが多いです。そうした数字を前に手こずっていてはダメで、このあたりは製鉄会社で統計をやっていた経験が大きく影響しています。数字アレルギーのようなものはありません。
検事の不祥事について
大阪の事件でも今回の東京の事件でもそうなのですが、組織の中でもう少し毅然とした態度がとれなかったのかな、という思いはあります。
一つ主張しておきたいのは、検事であろうと弁護士であろうと法曹にあるものとして、事実をきちんと探求する、そして真実を追求していくという2点は絶対に忘れてはならないということです。その点に立場の相違などはありません。そして真実を探求していけばその中で法の適用は自ずと見えてくるものなのです。
弁護士としての信条・ポリシー
依頼者の利益の為に全力投球するということ、これは在野法曹としての弁護士の使命です。その為には教養も積まなければならないし、判例などの勉強を続けて知識の補給に努めなければなりません。
「その判例は知らなかった」では済まされません。ですからいくら弁護士経験が長くても、法律雑誌などで勉強をすることは大切です。
関心のある分野
医療過誤問題は興味があり、もう少し多くの事案をやりかったと思います。この種の事件の特徴は特に労力を要するいうことです。例えば証拠保全についても証拠の中にはカルテなど、英語やドイツ語で書かれたものもあり、分量も多くそれを丁寧に時間をかけて読み込んで、裁判に臨むということは大変でした。
医療過誤裁判について
最近は特に最高裁に顕著に見られるのですが、一般の人にとっても分かりやすい判決を出すようになってきたという変化を感じます。
下級裁判所は、ややもすれば医師側の主張にまどわされ、患者側に立つ私たち弁護士としては満足できない結論がでることも多いのですが、最高裁に関しては結果はともかく患者側に親切な判決を出すようになってきたと思います。