
労働事件に注力 依頼者の気持ち、正義感、尊厳を重んじた解決を目指します
働く人の尊厳を守りたい
ーー弁護士を目指した理由やきっかけを教えてください。
子どもの頃から、ケンカの仲裁や議論をすることが好きでした。「正義感が強い」というと聞こえがいいですが、純粋に「それは間違ってる」「こっちが正しいでしょ!」とつい言いたくなるタイプだったんです。性格的に、弁護士に向いていたのかもしれません。
現在注力している労働問題に興味を持ったきっかけは、大学受験の小論文の題材で『日本の論点』という本を読んだことです。この本に書かれていた長時間労働や非正規雇用などの問題がとても深刻であることを知りました。
楽しい生活を送るために働いているのに、劣悪な環境で働くことで生活が楽しくなくなってしまったら、悲しいですよね。家族みんなが楽しい生活を送るためには、働く人の環境を改善することが必要だと考えた時に、労働者側の弁護士になって、様々な問題を解決するという選択肢が浮かびました。
ーー仕事で心がけていることを教えてください。
依頼者のお話しをよく聞き、依頼者の気持ち、正義感、尊厳を重んじた解決をすることです。
依頼者のお話しをよく聞く目的は、自分の中で3つあります。
一つは、依頼者の心のケアをするためです。私が労働紛争に巻き込まれた労働者だったなら、法律に関係することしないことを含めて、誰かにいろいろと話しを聞いてもらいたいと思だろうと思います。そして、それができれば、心が少し軽くなるではないかと思います。まずは、心を軽くしてもらいたいと思うんです。
二つ目は、裁判などで勝つためです。私は、労働事件を専ら取り扱っている弁護士ですが、ご相談に来られる労働者の方々の労働環境については全くの素人です。相談をお聞きすると、私の想像をはるかに超える劣悪な労働環境であることも少なくありません。私の常識に基づいて手続きを進めようとすると事件の本質を見誤ります。依頼者がお話しになった些細なこととも思えることが事件の勝敗を分かつことは少なくありません。「勝つ」ために「聞きたい」のです。
三つ目は、(少し変かもしれませんが)私自身のためです。依頼者のお気持ちをしっかり聞いて、依頼者の立場になって、依頼者に共感することができれば、私の弁護士としての力もパワーアップします。そうなれば、よい解決に進みやすいです。労働者の方の悩みを解決することは私にとっては自己実現の過程です。より良い解決ができれば私もうれしいです 。
ーー労働問題では、尊厳を傷つけられた依頼者が少なくないように思います。
そうですね。尊厳について、先日印象的なことがありました。北九州で労働弁護士をされている石井将先生のお話しです。
JRがまだ「国鉄」と呼ばれていた時代、国鉄労働組合、通称「国労」という労働組合がありました。国鉄は1987年に民営化されJRとなりましたが、国労に入っていた多くの人が、JRに就職できないなど差別的な扱いを受けたんです。石井先生は、国労の組合員をサポートする活動に携わっていらっしゃいました。
国労組合員差別の紛争は、争いが始まってから最終的に最高裁で和解が成立するまで、23年かかったそうです。なぜ、そんなに長い間「国労」の組合員は闘い続けることができたのかという質問に対して、石井弁護士は、言葉に詰まらせて、涙を流しながら「・・・やっぱり、人間の名誉とか尊厳とかかな。」「自分は悪いことしていないのになんで解雇されなきゃいかんのかという素朴な感情かな」とお話されました。
涙という、言葉だけでは表現できない感情の現れが胸に刺さりました。そして、裁判などの勝ち負けでは語りつくすことのできない人間の名誉や尊厳を守ることが、弁護士の重要な役割の一つではないかと改めて気づかされました。
退職代行に対する問題意識
――最近の労働トラブルの中で問題だと感じていることはありますか。
退職代行に問題を感じています。
弁護士法では、弁護士でない者が報酬を得る目的で法理事務を仕事にしてはいけないと定められています。ただし、退職代行業務を労働組合が行うことは例外的に許されています。法的素養がしっかりある方によって退職代行が行われるのであれば問題は少ないかもしれませんが、そのような素養がないまま、会社に対してただ「辞めます」と通知を送るだけのところもあります。賃金未払いやハラスメント被害など、労働者の権利侵害があったとしても、権利回復のための交渉など法的なサポートをしてもらえるとは限りません。
先日、労働組合による退職代行を利用して退職した人の相談を受けました。手続きをして数日後に退職を撤回しようとしたらできなかったということで相談に来られました。その方はハラスメントを受けていて、遠方への配置転換を命じられたことをきっかけに、退職を余儀なくされたそうです。
その話を聞いて、弁護士に相談してくれたらよかったのに…と思いました。そうすれば、なぜ辞めたいのか時間をかけてヒアリングし、その中でハラスメントの話も聞き出せたと思います。退職に踏み切る前に、そもそも配転命令が違法なのではないか争い、命令が無効という結論を得られていたら、未来はまったく違っていたかもしれません。
ーー西野先生も、退職代行の相談を手がけているのですか。
以前は、退職代行という単に退職を通知するだけのことは弁護士がする仕事ではないと思って扱っていませんでしたが、最近は扱うようになりました。退職代行を依頼する人の背景には、ハラスメントなどの問題が必ずあります。とにかく早く辞めたい人には、手っ取り早く辞められる退職代行はいい手段に思えるのかもしれません。しかし、権利救済の観点で疑問がありますし、退職は重要な局面ですから、一度、誰かに話を聞いてもらってから冷静に判断した方がいいと思います。
辞めたいと思う理由部分を解決しないまま、退職代行をしていたのでは、社会が良くなるとは思えません。退職したいと思う根本的理由部分にもメスを入れるためにも、法的な部分もしっかりサポートできる私が退職代行を手がけるべきだと考えるようになりました。
休日の過ごし方
――休日はどのように過ごされていますか?
3歳の子どもと遊ぶことが多いです。子どもの興味ってすぐに変わるんですよね。ついこの間までは電車が好きで、「ドクターイエロー」という新幹線が博多駅に来るタイミングを調べて見に行っていました。
最近は虫に興味が移ったみたいで、一緒に虫取りをしています。私が住んでいる福岡市は、車で30分くらいの場所に渓谷があり、子どもと泳いだり、虫取りをしたり、魚をつかまえたりできます。家の隣も公園で、身近に自然があふれる恵まれた環境だなと思います。
情報を流通できる労働組合を作りたい
――今後の展望を教えてください。
スマホひとつで気軽に入れる労働組合を作りたいと思っています。組合には「会社と争う団体」というネガティブなイメージを持っている人も少なくありません。そうしたイメージを払拭し、働くことに関する情報交換ツールとして使える仕組みを作りたいです。
最近、トラックドライバーから残業請求をしてほしいと相談を受けることがよくあります。会社ごとの労働環境を聞かせてもらうとかなり差があるんです。もし、ドライバーが同じ情報流通ツールを持っていて、「月20万円の賃金で残業が月100時間だけど普通?」「それはおかしい。うちの会社は月給50万円で残業は30時間だ」というやりとりができたら、自分が普通ではない環境にいると気づくきっかけになると思います。
このツールから労働弁護団の弁護士につなげて、労働条件の交渉をするなど、働く環境を改善するアクションを起こせるようにしたいです。
――法律トラブルを抱えて、悩んでいる方へのメッセージをお願いします。
悩まずに相談してくださいと言いたいですが、悩みますし、弁護士は敷居が高いですよね。相談料がかかることもハードルの1つかもしれません。
ただ、弁護士に相談しようかなと思う場面は、人生で重要な局面であることが多いと思います。勇気を出して相談していただければ、かなり重要な情報を得られるはずです。そこから新たな道が開けることもきっとあると思います。