
事務所一丸でハラスメント対策に取り組む「事件にも依頼者にも、諦めずに向き合う」
祖父の勧めで弁護士の道へ
ーー弁護士を目指したきっかけは?
祖父が刑務官をしていたんです。仕事で弁護士と多少接点があって、僕のことを「弁護士にしたい」と思ってたんでしょう。
小学4年生の頃、寝るときに「弁護士といういい仕事がある」「寝てても100万円ぐらいもらえるらしいぞ」と言われたのを、今でも覚えています。子どもだったこともあり、当時の僕は「そんなにもらえるんだ」と思って。なので、最初は不純な動機からのスタートでした(笑)。
ただ、僕の性格からして「人のためになりたい」「役に立ちたい」という思いが強くて、次第に「人の役に立って、喜んでもらえて、それでお金をもらえるなら、そんなにいいことはない」と思って弁護士を目指しました。だから、自分としては積極的に選んだつもりです。
ーー「寝てても100万円」という言葉が、弁護士の口から出るとは思いませんでした。
べつに隠すようなことでもないし、実際に、寝ていて100万円もらえることもありませんので(笑)。むしろ、弁護士になってからしばらくは「じいちゃん、全然そんなことないぞ!」と思いながら仕事してましたね。
福岡にUターン「地元の人の役に立ちたい」
ーー大学時代はどんな生活を送られていましたか。
たぶんほとんどの学生と変わらない生活です。授業には出ず、サークル活動をし、バイトをして、遊んでましたね。みんなが60単位ぐらい取れているところを32単位しか取れなかったし、今振り返ると、全然勉強していなくて、ふざけた生活でした。
ただ、みんなが就職活動をしだしたときには「ヤバい」と思って。就活するのかと自分に問いかけたんですが「いや、(就職は)せんな」と思って、「弁護士の仕事をして生きていこう」と決めました。なので、大学4年生くらいからようやく本気で法律の勉強し始めた感じです。
ーーその後、弁護士に。地元に帰ってきた理由は?
東京にしかない仕事はたしかにあるけど、それをしたいかというとまた違って。「東京に友達はいるけど、親族や幼馴染は福岡のほうが多いし、そういう人たちの役に立ったほうが自分も幸せだろう」と考えました。
あとは、ロースクール時代に、10歳の頃から飼っていた犬が死んだことも影響しています。当時、勉強が忙しくて、犬の死に目に会えなかったんです。この経験を通じて「たぶん東京で働いたら、親に何かあってもすぐ帰れないやろうな」って思ったんですよ。
ーーその後、勤務弁護士時代を経て独立。独立された理由は?
以前勤めていた事務所は、歴史があって世間的にも評価が高いところだったんですけど、成熟しきっていて、一見さんお断りみたいな雰囲気がありました。そういう雰囲気ってあまりよくないなと思っていて。
そんななか、個人で扱う事件が増え、事務所の事件があまりできなくなってきたこともあり、独立しようと決めました。
ーー事務所のホームページを拝見しました。解決事例が豊富で参考になりそうです。
僕の中では、やっぱり弁護士は人の役に立ってナンボだし、たとえ依頼しなくても、ホームページにある記事を読んで安心してもらえるんだったらそれでいいじゃないかって。
経営コンサルみたいなものは入れたくないので、事務所内で手分けして作業しつつ、身の丈に合った宣伝活動をしていきたいと思っています。
事件にも依頼者にも、諦めずに向き合う
ーー注力分野は?
事務所一丸となって取り込んでいるのは、ハラスメント対策です。2020年6月に、パワーハラスメントの防止に関する法律(改正労働施策総合推進法)が施行されました。2022年4月からは、大企業だけでなく中小企業もハラスメントの防止・対策を行なうことが義務化されるんです。
もともと、在職中の従業員の方から「ハラスメントを受けてます」という相談を受けることは何度もありました。でも、弁護士としての回答は非常に難しくて…。会社に賠償責任が発生するような事例だったとしても、在職したまま裁判をすることをほとんどの人は好まないんですね。なので、「在職したまま訴えてもいいけど、相当居づらくなりますよ。どうしますか?」といった選択を迫っていたんです。
弁護士としてはそう対応するしかなかったわけですが、ひとりの人間として「やっぱそりゃおかしいよ」と憤りを感じていましたし、弁護士としての限界も感じていました。また、いざ関わってみると「弁護士が出て行くと、すぐに喧嘩だと思われる」という問題もあって…。色んなもどかしさを感じていたんです。
ですが今回、政府の指針もあって、中小企業でも対策を取ることになりました。とてもいい変化ですし、ハラスメントで悩んでいる人を助けることにもつながるので、事務所としても力を入れることにしました。
また、僕個人としては、離婚や交通事故、相続といった紛争解決はかなりの自信を持って対応しています。四角四面で対応することはなく、きちんと依頼者の気持ちを汲みますし、簡単に諦めません。他の弁護士から断られたような案件でも、最後までやりぬきます。
ーーたとえばどんな案件でしょうか?
たとえば、30年以上前の建築紛争に関する、賠償請求に関わったことがありました。その方は色んな事務所を訪ねて、そのすべてで「無理だよ」と断られてきたそうです。僕は話を聞いて「これはいけるな」と思って依頼を受け、最終的に2000万円以上を支払ってもらうことができました。
難しい案件もありますが、絶対に自分からは「辞める」とは言いません。依頼者の権利を諦めないのと同時に、依頼者に向き合うことも諦めたくないんです。
ーー依頼者と向き合うとき、どのようなことを心がけているのでしょうか。
依頼者の話を真剣に聞きます。そのうえで法的に請求できるかどうかの分析をおこないます。あとは相手方との力関係や交渉経過を見て、権利の実現の可能性を判断していきます。とは言え、何より大事なのは、依頼者と向き合うことを最後まで諦めないことですね。
「細かい」性格が今では武器に
ーー弁護士として活動してきて印象的だったエピソードは?
とある企業法務の案件で「これ以上のクオリティはないだろう」というくらいの仕事ができて、それを知った関連会社の人から「とても素晴らしい」「うちの仕事もやってほしい」と言われて仕事をもらったことです。弁護士ってなかなか情報が外に出ない仕事なので、そういう機会は少ないんですよ。
「いい仕事をした」という自負を自分たちの中で持っていたとしても、身近で見ていてくれた人が改めて評価してくれるのはやっぱり嬉しいですね。
ーー誰かに感謝されることを喜ぶ面は、昔からあったのでしょうか。
おっしゃる通り、昔からそういう部分はあったと思います。ただ、昔はくすぶっていた。
もともと、自分は細かくて、「意味」とか「理由」をすぐに考えてしまう性格なんですよ。そういう面が今では「業務効率にどう繋がるの?」とか「本当に依頼者のためになるの?」と自問する形で発揮されているけど、学生時代は「何のためにこれやってるの?」「なんのためにこの勉強をするの?」と迷走する理由にもなっていた。
でも、大人になると、仕事を通じて、誰かの役に立ったり、喜んでもらえたり、評価してもらうことができることを知りました。それが素直に嬉しくて、気持ちいいんでしょうね。
ハラスメント相談窓口では「全国で一番」と言える事務所を目指して
ーー弁護士として、あるいは事務所の代表として、今後の展望を教えてください。
法律事務所の規模としては、このままでは面白くないので、大きくしていきたいと思っています。あとは特定の分野、ニッチなところでいいので、福岡で一番に、あわよくば日本で一番になりたい。たとえば、今注力しているハラスメント相談窓口については、確実に「福岡で一番」「九州で一番」と言えるようになると思いますし、そこまで力を入れるつもりです。でも、そこを「日本で一番」に持って行けたらいいなって。
あとは、やっぱり楽しみながら仕事をしつつ、依頼者の役に立ち続けたいですね。最近、宣伝が先行し、事務所の実力と合致していないような事務所もあると思うんですけど、そうならないようにしたいです。宣伝が先行してもいけないし、事務所がいいのに宣伝できていないのもいけないと思うので、より多くの人に僕らのよさを知ってもらえるように、また法律的なトラブルを抱えて悩んでる人を救うためにも、今後も周知活動には力を入れていこうと思っています。