幻覚や被害妄想が特徴の精神疾患・統合失調症の患者たちが、探偵会社に法外な調査料を支払わされるなど悪い業者にカモにされている問題。
2022年には、東京都の探偵会社の社長らが、「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」の被害を訴える相談者たちが心神耗弱状態であることに乗じ、不当に調査料を支払わせるなどしたとして詐欺や準詐欺などの容疑で立件され、有罪判決を受けたりもした。
統合失調症の人たちはなぜ、悪い業者に騙されるのか。こうした被害を防ぐにはどうすればよいのか。北海道大学病院附属司法精神医療センターのセンター長で精神科医の賀古勇輝氏に聞いた。(ルポライター・片岡健)
●「集団ストーカー」の被害訴え、大部分が統合失調症
――探偵会社の社長らが「集団ストーカー」などの被害を訴える相談者から不当に調査料を支払わせていた事件はどう思われましたか。
酷い話だなと思いました。統合失調症は、「誰かに盗聴されている」「監視されている」などという妄想に苦しむ病気です。「集団ストーカー」の被害を訴えるのは、覚醒剤など薬物依存症の人などでもあることですが、大部分は統合失調症だと思います。加害者側はそういう相談をうけ、病気の症状である妄想だとわかってつけこんでいるのでしょう。
相談者は本人の意思で調査料を支払っているので、被害を訴えられにくいでしょうし、加害者側はそこをうまくついている感じで、その卑劣さが許せないですね。
――統合失調症の症状を改めて教えていただけますか。
統合失調症の9割くらいの人は空耳のような声が聞こえる「幻聴」の症状が出ます。健康な人がイメージする幻聴とは違い、圧倒的な真実味が感じられ、逆らえないような力で迫って来るので、命令されるままにおかしなことをしてしまう人もいます。
実在しないものが見える「幻視」の症状がある人も2割くらいいます。幻視は若くして統合失調症を発病する人に多いと言われていますが、長引かずに治ることが多いです。逆に、幻視が長く続いている人は症状が重めだという印象があります。
そのほかでは、味がおかしいと感じる「幻味」、変な匂いがすると感じる「幻臭」、誰かに触られたように感じる「幻触」、身体の中で普段は経験しない奇妙な感覚を体験する「体感幻覚」などがあります。
――統合失調症の患者はそのような様々な幻覚にとらわれるのに、なぜ多くの人が同じように「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」「思考盗聴」の被害を訴えるのでしょうか。
被害妄想のストーリーは患者さん自身が体験したことや持っている知識に基づくので、イマ風になります。時代によってストーリーにテレパシーが出てきたり、インターネットが出てきたり、スマホが出てきたりするのです。それが今は「集団ストーカー」や「電磁波攻撃」「思考盗聴」なのでしょう。もっとも、今もストーリーに「テレパシー」が出てくる人はいますし、昔も「電磁波攻撃」の被害を訴える人はいましたが。
ちなみに「思考盗聴」は、専門用語で「思考伝播」と言い、自分の思考が周りに伝わってしまうと感じる症状です。人間は頭の中で不謹慎なことを考えることもありますから、それが全部、人に伝わると感じれば、そんな恐ろしいことはないでしょう。本人はそれが病気の症状とわからないので、「頭の中を盗聴されているのではないか」とか「頭の中にマイクロチップを埋め込まれているのではないか」などと考えるのです。
●統合失調症は「妄想気分」から始まる
――統合失調症になった人を医療機関に連れて行くのは難しいと聞きますが。
みんながみんな、病院にかかりたがらないわけではありません。前駆期(前兆の時期)なのか、幻覚や妄想が活発な急性期なのか、慢性期なのかといった時期によりますね。前駆期の患者さんでは変調を感じて自分から病院に来ることも少なくありません。今は昔ほど精神科にかかることへの偏見はないですからね。
――時期によって症状はどのように変わるのでしょうか。
まず前駆期には、不眠や不安、過敏さなどが出現し、急性期の初期には、専門用語で「妄想気分」と言うのですが、何とも言えない不気味な感じがしたり、周りの雰囲気が変わってしまったり、何か酷いことが起こるんじゃないかと不安になったりと、健康な人でも感じる胸騒ぎの極端なものを感じます。たとえば、明日、核爆弾で世界が滅びることを本気で考えて、不安で仕方なくなったりするのです。
そんな時期を経て、今度は視覚や聴覚から得た情報に、妄想的な意味づけをするようになります。たとえば、通りすがりの人がゴホンと咳をすれば、「この人は明日世界が破滅することを予見し、自分に教えてくれたのではないか」などと考えたりするのです。そうやって、だんだん被害妄想のストーリーが構築されます。
周りの人が自分のことを何か悪く言っている気がするとか、誰かにつけられているのではないかとか、どんなストーリーを妄想するかは人によりますが、誰かと目が合えば「これはサインではないか」と自分が作った妄想に乗っかり、妄想が強化されていきます。
さらに被害妄想が進むと、「みんなに狙われるのは、自分が特殊な能力を持っている特別な人間だからではないか」などと「誇大妄想」にとらわれる人もいます。また、女性と目が合うと、この人は自分を好きなのだという「恋愛妄想」や、この人は自分の妻なのだという「結婚妄想」を抱くケースもあります。テレビで見聞きしたことについて、自分のことを言っているのではないかと思う人もいますね。
そのように妄想は無限に種類がありますが、本人には100%のリアリティが感じられるので、周りの人に「考え過ぎだよ」「被害妄想だよ」と言われても、「そうだよな」とは思えません。まして、それが脳の中で起きている病気の症状とは思えないので、そこまでいくと、なかなか自分からは病院に来てくれなくなります。
――そういう場合、どうやって病院に連れて行くのでしょうか。
周りの人がひたすら一生懸命、説得しています。妄想が出ると、眠れなくなったり、食べられなくなったり、他にも色んな症状が出るので、何か一つを手がかりにして、「眠れていないみたいだから、それだけでも診てもらおう」と言ってみたりですとか。
保健所や保健センターで働く保健師さんが往診してくれ、本人を病院に行くように説得してくれることもありますし、ご家族だけの相談でも受け付けてくれる病院や精神保健福祉センターに相談に行くご家族もいます。
●妄想を否定されると、症状が悪化することが多い
――統合失調症の人に対し、妄想は否定しないほうがいいのですか。
そうですね。本人は不安で仕方ないのに、自分の言うことを誰も信じてくれない状況にいるわけです。だから、「あなたの被害妄想だよ」と言われると、本人は「この人も信じてくれないんだ」と思い、何も話を聞いてくれなくなります。精神科医が治療にあたる際も、患者さんに「この人は自分を信じてくれる人だ」と思ってもらうところから始めます。
といっても、患者さんの妄想に100%乗っかる必要はなく、「そのことを全く知らない人がとるべき誠実で謙虚な態度」をとってあげればいいのです。たとえば、集団ストーカーの被害を訴える人には、「私には、集団ストーカーのことはわからないけど、あなたがつらい思いをしているなら、何とかしてあげたい」という感じです。
――患者の妄想に乗っかるようなことを言うと、妄想が進むことはないのでしょうか。
そうなった例は聞いたことがありません。むしろ、妄想を否定したほうが妄想は悪化することが多いです。被害妄想が起こりやすい病気ですから、患者さんが「誰もわかってくれない」と思うと、みんなが自分を独りぼっちにして悪口を言っているなどとさらに妄想を強め、経過は悪くなりやすいのです。
●統合失調症は「心の病気」ではなく「身体の病気」
――病院では、どのような治療を行うのでしょうか。
それも時期によりますが、薬を飲まないと治らないと言ってよい病気ですので、まずは薬物療法を行います。統合失調症は「心の病気」というより、脳の機能障害であり、「身体の病気」なので、カウンセリングだけをしていても治らないのです。薬の効きがいい人であれば、薬を数日飲めば、症状がすっと消えることもあります。
幻覚や妄想が活発な時期であれば、入院する人が多いですが、何か月かで退院できることが多いです。統合失調症は、昔は長期入院が多く、20年、30年と入院するうちに生活能力が低下して一生退院できない人も多い病気でしたが、現在は長期入院しなければならない人はほぼいなくなっています。一度も入院せずに外来治療で治る人も3割くらいいます。
――医療が進歩したということでしょうか。
薬が発達したこともありますが、今は精神病院への偏見が少なくなり、患者さんが早めに病院に来てくれるようになったことが大きいです。病院に行くのは早ければ早いほどいいというのは、統合失調症も他の病気と同じなのです。
昔は精神病院に対する偏見がひどかったので、患者さんは発病して何年も経ち、症状が重くなってから、家族に病院に連れて来られていました。そうなると手当ても遅れるので、予後も悪かったのです。
ただ、今も治るまでに長引いた人は二次的な問題が起こります。たとえば、人間に対する基本的な信頼感が損なわれる人もいます。世界中からのけ者にされ、悪口を言われていると長く思い込んで生きていると、薬が効いて妄想が無くなっても、人に対する信頼はすぐには回復しないのです。
そのために人付き合いができなくなる人や、学校や仕事に行けなくなる人もいます。そういう二次的な問題を修復してあげるのは凄く時間がかかります。
――どのような症状が治りにくいのでしょうか。
統合失調症の症状として有名な幻聴や被害妄想は「陽性症状」と言いますが、比較的薬が効きやすいです。薬が効きにくくて厄介なのは、それとは反対の「陰性症状」です。「意欲が低下する」「引きこもる」「物事をまったく楽しめない」といった症状が長く出て、喜怒哀楽の感情が乏しくなってしまいます。
●「やっと協力者が現れた」とワラにもすがる思いで頼る
――統合失調症のことはある程度知っているつもりでしたが、今回話をお聞きし、まだまだ知らないことが多いと思いました。
統合失調症については、今も世間の人はちょっと聞いたことがあるくらいの感じで、どんな病気かはほとんど知られていないと思います。統合失調症の人が詐欺のような被害に遭っているのも、この病気のことが知られていないことが大きいと思います。
統合失調症の人からすると、周りの誰も信じてくれず、何の拠り所もない中、悪い業者が懇切丁寧に話を聞いてくれたら、「やっと協力者が現れた」とワラにもすがる思いで頼るでしょう。悪い業者からすると、非常にだましやすいと思います。
――メディアが統合失調症をあまり扱わないこともこの病気のことが知られていない要因ではないでしょうか。
インターネットでは、統合失調症の情報はけっこう見つかりますが、テレビや新聞ではほとんど取り上げられないですね。NHKは少し取り上げてくれていますが、まだまだだと思います。
ただ、この病気が知られていないことについては、僕は精神科医にも責任があると思っています。精神科医はこの病気について情報発信することをどこかタブー視していたところがあり、圧倒的に啓発が足りませんでした。病院も、この病気につけこんで詐欺をやる人がいることを啓発し、患者さんが騙されないようにパンフレットでも作ったほうがいいように思います。
あとはやはり学校教育だと思います。昨年度から高校の学習指導要領に「精神疾患」も入れられましたが、統合失調症は10代で発病することも多い病気です。中学生、高校生くらいから、こういう症状の病気があることや、発病したらすぐに病院を受診して治療すべきであることを教えないといけないと思います。
【プロフィール】 賀古勇輝(かこ・ゆうき)。1999年、北海道大学医学部卒業。市立室蘭総合病院、北海道大学病院、岡山県精神科医療センターなどを経て、北海道大学病院附属司法精神医療センター(https://www.huhp.hokudai.ac.jp/center_section/shihoseishin/)のセンター長/准教授。2011年に日本統合失調症学会学術賞奨励賞を受賞。現在は日本精神神経学会代議員、日本司法精神医学会評議員、刑事精神鑑定ワーキンググループ委員なども務めている。