立ち上がったばかりの多忙なベンチャー企業で、ワークライフバランスを求めることは難しい…。そんなイメージを覆すのが、オンライン家計簿を展開する「Zaim」(ザイム)だ。代表の閑歳(かんさい)孝子さんが2011年からプライベートで開発をスタート、2012年9月には株式会社化した。現在では、800万ダウンロードを超え、オンライン家計簿サービスとしては日本最大級となっている。
現在、Zaimの社員は約20人。彼らが発信する公式ブログ「Zaim スタッフの頭の中」は魅力的だ。ある社員は、バリからリモートワークで自然を眺めながら働き、Zoomでつないで会社で開かれている勉強会にも参加したという話。あるいは、朝6時から働き、15時には退社して、仕事後の時間は空いているジムに通っているというエンジニアの1日が紹介される。
こうした働き方は、一つ一つ、Zaimが社員の人生ときめ細やかに向き合って作り上げてきた制度が支えている。社員のワークライフバランスのために、何をどのように実践してきたのか、閑歳さんに聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●仕事と育児について調べれば調べるほど、「無理ゲー」
事業が成長し、社員も増えてきた2年前、閑歳さんは悩みを抱えていた。ある女性社員が社内で初めての出産を迎えることになったのだ。閑歳さんは振り返る。
「彼女から妊娠したという報告を受けた時は、辞めて欲しくないと思い、サポートする体制を作ろうと思いました」
経営企画部のマネージャーとして創業期から支えてきてくれた社員のため、閑歳さんは調べ始めた。産休育休前後の体制づくりや支援をどうしたらよいのか、大手企業やネット企業の体制を調べ、別の会社で働く友人たちをランチに招いて現場はどうなっているのか、ヒアリングを重ねていった。育児体験漫画もたくさん読んだ。しかし、仕事と育児の両立について調べれば調べるほど、疑問が湧き上がる。
「世の中の仕組みが育児にとって、無理ゲーじゃないかなと思いました。夫の勤め先が昔ながらの会社だと、妻が専業主婦かパートタイムという前提じゃないと、育児できないような仕組みになっていて…。夫の立場からすれば、早い時間には帰りづらいとかあるのだろうと思います。でもやっぱり、女性だけが仕事を辞めたり、女性だけが時短勤務にするというのは、自分にはピンときませんでした」
一方、ベンチャーでも育児のサポートが充実している企業が増えつつある。エンジニアなどが不足する中、より優秀な人材を得るためには、ワークライフバランスを重視した働き方が求められる傾向にある。
「たとえば、メルカリさんでは経営陣の男性が育休を取るなど、育児のサポートが充実しています。経営陣がそうすることで、育児をしたいという人材にアプローチができているのだと思います。もちろん、Zaimでも、社員にブラックな働き方はしてほしくないし、そういう働き方は長く続きません。長く働いてほしいと考えたら、社員の働き方のポイントを見つけることが必要だと思いました」
●社内で初めて出産した社員が「あってよかった」と思った制度とサポート
妊娠した社員本人も、心配を抱えていた。「ベンチャーで働きながら育児とか壮絶だろう…」。しかし、9つもの制度やサポートがそれを払拭してくれたという。
まず、基本的な制度として、「リモートワーク制度」が挙げられる。Zaimでは、職種にかかわらず、条件さえクリアすれば、全社員がこの制度使える。その条件とは、「基本的に入社から半年間は、リモートワークはNG。初回は上長の許可が必要です。パフォーマンスや業務状況などを鑑みて、上長がNGと判断した場合は、利用不可となる場合もあります」と閑歳さんは説明する。
女性社員の場合は、出産前のつわりなどで通勤に不安な時期や、育児に時間を割かなければならない出産後の通勤時間の節約に活用。時間に追われがちな育児と仕事の間に「ゆとり」が生まれた。
また、始業時間を変更できたことも重要だった。Zaimでは、育児・介護が理由であればフレックスタイム制度を利用できる。また育児・介護を担っていない社員でも、事前に申告すれば、始業時間をある程度、自由に決めることが可能だ。朝5時から10時の間に業務をスタート、そこから8時間の勤務と1時間の休憩を入れるという勤務体制をとることができる。
女性社員の場合、妊娠中は夕方につわりが悪化したため、7時から出社、16時には退社することで、かなり助けられたという。
さらに、出産後は「短時間勤務制度」を利用。これは他の企業でもよくみられる制度だが、リモートワークと早出出勤を組み合わせれば、午前中で仕事を終え、病気による保育園からの呼び出しといった子どもの緊急事態や、子どもの予防接種などに対応しやすくなる。
これらの基本的な制度に加え、「あってよかったサポート」も多い。たとえば、女性社員に対する細やかな仕事プランニングだ。仕事の引き継ぎや復帰後のペースなど、何度も閑歳さんは話し合い、無理のない仕事の質と量を調整した。また、やはり仕事と育児の両立に頑張っている男性社員と週に1回、会議室で「育児のことを話せる時間」を作る「育児 1 on 1」、社内のパパママが子どもの悩みや雑談まで気軽に共有できる「Slackの育児チャンネル」なども、女性社員の支えになった。
当初は妊娠に罪悪感さえ持ったという女性社員は、育児を支援する制度やサポートのおかげで働き続けているという。現在、Zaimでは5人のスタッフが育児中だ。
●ルーチンワークは極力自動化、日常的に業務は属人化せずに共有
「Zaimでは、社員の入社時に制度を変えることがあります。働く人たちの希望に合わせて、変えていきます。『僕は朝型なので、早朝勤務したい』と言われれば、できるだけ実現できるようにします」と閑歳さん。
しかし、ベンチャー企業には、残業や突発的に処理が発生する案件など想定外の仕事が増えることがある。せっかくの制度も台無しにしかねない業務のコントロールを、Zaimではどうやっているのだろうか。
まず、日常的な仕事については、社員全員が週1回、15分ずつ上長と面談、そこで業務で何か支障が生じている場合は相談できるような体制をとっている。「何か問題があれば、マネージャー層で調整するようにしています」という。また、ルーチンワークは極力、自動化。すべての業務に関して、Slackを利用したり、ドキュメント化したりして複数のメンバーで共有し、業務を属人化しないよう気をつけている。
もちろん、残業が必要になることもあるが、「年俸に月40時間分は含まれています。ただし職種に限らず、月間40時間、残業するケースは稀ですね」と閑歳さん。また、業務時間外に突発的な業務が必要になっても、緊急時にはSlackで呼びかければ、誰かスタッフはつかまるようになっている。きめ細やかな仕事の管理があってこそ、こうした制度が活用されているようだ。
●6時に出社し15時に退社する社員がいることで生まれた多様性
閑歳さんの話に出てきた、「朝型なので、早朝勤務がしたい」と希望した社員は、どのように働いているのだろうか。公式ブログ「Zaim スタッフの頭の中」では、そのエンジニアの男性社員の話が紹介されている。
もともと朝型だという男性社員は、2015年11月から6時に出社し、15時に退社するというライフスタイルを続けている。仕事後は、ジムに行って筋トレをしたり、手ごねパンを焼いたり、平日の早い時間帯の自由を満喫している。もしも早朝5時から出勤すれば、14時には退社可能であり、ほぼ「半休」を取ったこととほぼ同じになる。翌日から旅行の予定がある場合は、前日午後に一足早く、出発することもできる。
男性社員は、「そんなに早く帰宅して、ミーティングなどに支障はないのか?」と他社の社員から聞かれるそうだが、Googleカレンダーで15時半以降は「勤務時間外」に設定。ミーティングの時間などある程度は周囲も配慮してくれるので、問題はないという。
この男性社員のような働き方は、他の社員たちの働き方にも多様性を与えた。たとえば、育児による時短勤務など「普通ではない」働き方をしている社員でも、通常の会社であれば感じる「負い目」を取り払うことにつながった。
「早朝勤務で15時ぐらいに帰る社員がいると、たとえば時短で夕方早く帰らなければならない子育て中の人も負い目を感じることがないし、子育て中の人だけが優遇されているという不公平感もなくなります」と閑歳さんは説明する。
●バリからリモートワークする社員も
育児中社員の力強い味方である「リモートワーク制度」も、他の社員に活気を与えている。「リモートワーク制度」を利用することが許可されている社員の場合、事前にGoogleカレンダーとSlackで社内に共有することや、セキュリティは社内と同様に保持することなどが必要だ。それらを守れば、たとえば「花粉症がつらいから、沖縄からリモートワークしたい」という希望も許されるという。
最近では、リゾート地のバリからリモートワークに挑戦する社員も現れた。1日目は移動時間があるので、有給休暇を取得。2日目はホテルで本社同様に早朝6時から15時(日本時間の7時から16時)まで仕事し、その後は観光。3日目も同じように早朝勤務をしつつ、Zoomで社内勉強会に参加。間に少し休み時間を多めに入れるなど「ぶつ切り勤務」を行い、夜は観光を楽しんだ。4日目の土曜日に帰国するというスケジュールだ。
閑歳さんは「バリに行くことは直前まで知りませんでした」と笑う。ただし、いかに自由にみえるリモートワーク制度や早朝勤務でも、きちんとした「前提」はある。
「最近、求人をかけるとリモートワークで働きたいという希望の人が多いのです。推奨したいものの、誰でもというわけにはいきません。他の社員に迷惑をかけないなど、まずはチームワークや、どのような仕事をするかが大事です」
●結婚する人が取得できる「結婚休暇」、では結婚していない人は…?
当初は、社員の自由度を上げるために、裁量労働制を導入することも検討した。しかし、相談した社労士から、「裁量労働制だと、定例のミーティングに参加してもらうことが難しくなる」と助言され、止めた経緯がある。何でも許されるわけでない。しかし、許される範囲で、Zaimの「働き方改革」は、社員の人生に寄り添った形となっている。
その一つが、「ときめき休暇」だ。閑歳さんはこう語る。
「ときめき休暇は、創業時からあります。入社1年目は1日、2年目は2日、3年目以降は3日、取ることができます。この制度を考えたきかっけは、結婚休暇が結婚していない人に不公平だなと思ったことです。だったら、全員に休暇を取ってもらって、自分が楽しいと思うこと、好きなことにお金と時間を使いましょう、と」
この「ときめき休暇」という名前は、社員たちで考えたという。「これからも、試行錯誤です」と閑歳さん。まだ独身の若手社員が多いが、今後は産休や育休を取りたい社員や、親の介護の必要がある社員も増えてくるだろう。その際にも、「社員の働く環境をみんなで改善していきたい」と話している。