裁量労働制で働いていた福岡銀行の行員が、「過労死ライン」を超えるような時間外労働をしたとして、同銀行から慰謝料など約465万円の支払いを受けていたことを西日本新聞(1月22日)が報じました。
報道によると、行員側が裁量労働制の適用を不当として未払いの時間外手当などを銀行側に請求。銀行側は交渉の長期化を受けて「早期解決」を図るためとして、時効消滅していない過去2年分の未払い時間外手当や慰謝料などを支払ったとのことです。
裁量労働制は、実際の労働時間とは関係なく、あらかじめ定められた時間を労働時間とみなして給与を支払う制度です。2018年の働き方改革関連法案で対象業務の拡大が法案化(最終的には削除)に至るなど、拡大を目指す動きが出ています。
今回のケースは結果として銀行側が行員の請求に応じた形となり幕引きとなりそうですが、同じような状況となった場合どう対処すればいいのでしょうか。裁量労働制に詳しい西野裕貴弁護士が解説します。
●「定額働かせ放題」を認める裁量労働制
裁量労働制は「定額働かせ放題」を認める制度ともいわれています。
「裁量」という言葉を聞くと「自由にできて良さそう」というイメージを持ちますし、適切に運用されれば労働時間を自由に決められるなどのメリットもありますが、裁量労働制には過労死、過労自死の温床になりかねない危険な側面もあります。
裁量労働制の危険な側面から身を守るにはどうしたらいいのかについてお話ししたいと思います。
●裁量労働制とは?
裁量労働制には、「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があります。福岡銀行で問題になったのは「企画業務型」の方ですので、今回はこちらの説明をしたいと思います。
企画業務型裁量労働制は、事業全体に関わる企画、立案、調査、分析の全てを行う業務で、業務を適切に行うのに、仕事の進め方を労働者の裁量に委ねる必要があって、仕事の進め方、時間の使い方を雇い主が具体的に指示しないことにする業務のことをいいます。
この記事を読んでいただいている皆さんの中には、仕事の中で何かを企画したり、立案したり、調べたり、分析したりすることがある方が多くいらっしゃると思います。おそらく、これらの内容をすべて含んだ業務は結構多くあるのではないかと思います。
そうすると、実際には対象業務は限られているはずなのに、かなり多くの仕事がこれに該当しそうに思えてしまいます。
そう、それがまさに問題なのです!!
対象業務が不明確なので濫用されやすく、一度適用されれば、労働者にとって大きな不利益がありうるという点が、第一の問題点なのです。
●裁量労働制が適用されたらどうなるの?
一番問題なのは、「労働時間」が「みなされる」ということです。
具体的にいいますと、実際には月100時間の時間外労働をするような仕事であっても、「時間外労働は20時間とみなす」と決めてしまえば、労働基準法上、20時間しか働いていないことになります。20時間分の残業代を払えばOKという制度なのです。
労働基準法では、36協定の上限規制というものがあり、100時間の時間外労働(休日労働を含みます)をさせると「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰が科されることになっています(ただ、自動車運転業務など一定の業務は適用除外となっています)。これとの関係でも、20時間しか働いていないことになりますから、刑事罰を免れるために濫用される危険もあります。
20時間分の残業代で100時間も働かせることができるなら、多くの雇い主はこれを導入したくなりますよね?しかも、適用対象が不明確なら「とりあえず適用してしまえ!!」という雇い主が出てきたって不思議ではありません。
●雇い主が自由に企画業務型裁量労働制の適用を決められるの?
雇い主の一存で企画業務型裁量労働制が適用されてしまうと、さすがに危険ですので、労働基準法では、労使委員会という組織で企画業務型裁量労働制を適用するか、適用する場合の健康福祉確保措置、苦情処理措置などを決めなければならないことになっています。
この委員の半数は、事業場の過半数労働組合があればその組合から選ばれた人、ない場合は労働者の過半数を代表する者から選ばれた人でなければなりません。
これにより、企画業務型裁量労働制を取り入れて大丈夫なのか、労働者にとって、また、会社にとってメリットがあるのかなどが、労働者の目線で検討されることになります。
しかも、労使委員会では5分の4以上の多数による決議が必要とされていますので、労働者にとって不利益が大きいと判断されれば、企画業務型裁量労働制が採用されることは通常考えられません。
●福岡銀行では労働組合が機能しなかったの?
しかし、九州有数の企業であり、労働者の利益を代表する労働組合もしっかりしていそうな福岡銀行において、企画業務型裁量労働制が適用され、過労死ライン(月80時間の時間外労働)を超える残業が発生してしまいました。
労使委員会では、月の時間外労働が80時間超の部署があることや、多くの部署で企画業務型裁量労働制が適用される労働者が一日平均11時間の長時間労働をしていることが認識されていましたが、福岡銀行は「裁量労働制を適用するプロセスや、運用は適切に行われていた」と説明したとのことです。
裁量労働制は、仕事における時間の使い方を労働者の裁量に委ねる制度ですが、その裁量のもとで、労働者が任意に過労死ラインを超える労働をするとは通常考え難いです。
過労死ラインを超える残業があったのであれば、労使委員会においてその原因が何なのか、どうしたら改善できるのかなどについて検討がされなければならないと思いますが、これがされた形跡はうかがえませんでした。そうであれば、法が労使委員会(とりわけ労働者側の委員)に期待した役割を果たしていないと言わざるを得ず、極めて残念な事態です。
●労働者はどうやって「定額働かせ放題」から身を守ればいいの?
労働者の利益を代表するはずの労働組合が労働者を守ってくれない場合、労働者はどのようにして身を守ればいいのでしょうか。
その方法として「裁量労働制の適用に同意しない」という方法が考えられます。
しかし、同じ職場で、裁量労働制の適用に同意した人が20時間の残業代で100時間残業をしているのに、自分は裁量労働制の適用に同意せず100時間分の残業代をもらいます、と言えるでしょうか。
そんなことしたら職場の同僚とうまく仕事をできないのではないか、昇進できないのではないか、という感覚になってもまったく不思議なことではなく、渋々、裁量労働制の適用に同意せざるを得ないという状況になる可能性が高いのではないでしょうか。
そうすると、同意しないという方法は労働者が「定額働かせ放題」から身を守る有効な手段があるとはいえないことになるでしょう。
なお、企画業務型裁量労働制の適用範囲は不明確ではあるものの、明らかにこれに該当しないのに適用されている場合もみられます。また、適用対象業務のようにみえても業務量が過大であったり期限の設定が不適切であったりすれば適用対象業務から外れると考えられます。
少しでも働き方に疑問があれば、裁量労働制に詳しい日本労働弁護団の弁護士に相談されるのがいいでしょう。
●「労働者一人ひとりが行動し、まとまる必要がある」
それでは、裁量労働制に対して労働者はどう対処したらいいでしょうか。
結論から言えば、「自分を守ってくれる労働組合になるように労働者一人ひとりが発言し行動する」ということだと思います。雇い主と労働者の間には、確実に力の差があります。交渉力にも差があります。その交渉力を対等にするために、労働者がまとまる必要があります。
まず、労働組合や労働者過半数代表者に対して、長時間の残業をしているなどの自分の働き方に関する問題点をしっかり伝えることが必要だと思います。
これらの人が問題のある長時間労働があることを真に理解してくれるなら、裁量労働制による「定額働かせ放題」に対する歯止めは有効に機能するでしょう。
そうなるようにするためには、お互いの顔がわかるような関係を作る必要があると思います。それには労働者一人ひとりの努力が必要です。簡単に身を守る術はありませんが、まとまることができれば確実に力になります。
裁量労働制の労働者が過労死、過労自死したとすれば、企業としても大きな痛手になるはずです。労働組合は雇い主にそのことを伝え、「定額働かせ放題」にしないことが労働者、雇い主双方にとってメリットであることを訴え続ける必要があるでしょう。