「離婚の慰謝料は、不倫相手に原則請求できない」。2月19日の最高裁第三小法廷判決を受けて、こんなニュースが報道された。
この裁判は、妻に不倫されたあとに離婚した男性が、元妻の不倫相手に慰謝料を請求したというもの。一審・二審からの逆転判決だった。
「原則として離婚の慰謝料を請求できない」ということは、不倫相手の責任は追及できないということなのだろうか。
実際はそんなことはなく、今までどおり不倫相手にも慰謝料を請求できる。ただし、事実上、請求可能な期間が短くなると言えるようだ。古金千明弁護士に解説してもらった。
●判決のポイント:原則として、離婚慰謝料を否定
日本の最高裁は、戦前の大審院時代から、一方の配偶者と肉体関係を持った第三者(不倫相手)に対して、他方の配偶者が、慰謝料請求(不法行為に基づく請求)をすることを認めてきました。
しかし、2月19日の最高裁判決は、不貞行為があった場合の慰謝料について、「不貞慰謝料」は従前どおり認めるものの、「離婚慰謝料」については原則として否定するという新たな判断を行いました。
不貞行為を理由とする慰謝料請求の時効は、(不貞行為が終わっている場合)不貞行為を知ったときから3年とされています。
今回の裁判については、妻の不倫を男性が知ってから約5年6カ月が経過してから提訴されたものでしたので、不倫相手に対する不貞慰謝料については、時効により消滅しているとして、最高裁は男性の慰謝料請求(不貞慰謝料、離婚慰謝料)を認めないという判断をしました。
実際、今回のケースでも地裁、高裁の判決では、慰謝料請求については離婚時から時効を起算するとして、時効の完成を否定し(離婚成立から男性が裁判を提訴するまでは約8カ月)、男性の慰謝料請求を認めていたのですが、それが最高裁判決によって覆されたのでした。
●不貞慰謝料と離婚慰謝料の違いとは
不貞慰謝料とは、夫婦の一方が、第三者(不倫相手)が配偶者と不貞行為をしたことで精神的苦痛を被ったことに対する慰謝料です。
他方、離婚慰謝料は、(不貞行為が理由となって)離婚したこと自体に対する慰謝料です。
今回の最高裁は、夫婦の一方が第三者(不倫相手)と不貞を行った結果、婚姻関係が破綻して離婚した場合、不倫相手は、不貞慰謝料の支払義務があるとしても、原則として、離婚慰謝料の支払義務はないと判断しました。
なぜならば、離婚によって婚姻関係を解消するのは、当該夫婦の間で決められるべき問題であると最高裁が判断したからでした。
ですので、最高裁の判決によれば、今後、不倫相手に対する離婚慰謝料が認められるのは、不倫相手が、夫婦を離婚させるために夫婦関係に不当に干渉した場合などに限定されることになります。
●判決で変わるもの:時効の起算日
今回の最高裁判決によって変わることとしては、不貞行為があった場合の時効の期間が、原則として、(不貞行為が終わっている場合は)不貞行為を知ってから3年間となることです。
これまでは、不貞行為を知ってから3年以上が経過していても、不貞行為が理由で離婚してから3年経過していなければ、不倫相手に対する慰謝料の時効は完成していないと判断されていました。
しかし、今後は、(不貞行為が終わっている場合)不貞行為を知ってから3年以上が経過している場合は、原則として、不倫相手に対する慰謝料請求はできないことになります。
不貞行為を知った後に、不貞行為が終わった場合は、不貞行為が終わってから3年が経つと不倫相手に対する慰謝料請求ができないことになります。
ですので、配偶者の不貞行為を知ってから時間がたっている当事者の方は、今後、3年が経過するまでの間に、不倫相手に対して慰謝料請求をするかどうかを決断する必要があります。
●判決で変わる可能性があるもの:不倫相手に対する慰謝料の相場
今回の最高裁判決を受けて、判決で認められる不倫相手に対する慰謝料請求の相場が低くなるかどうかは、今後の注目のポイントです。
判決で認められる不倫相手に対する慰謝料の「相場」は、おおむね100万円~300万円程度といわれています。
慰謝料の算定については、当事者の年齢、婚姻期間、婚姻生活の状況、不貞行為の態様、不貞期間・頻度、不倫相手が子供を妊娠・出産したかどうか等の諸要素を考慮した上で決められるものですので、ある程度の幅があります。
これまで裁判例では不貞行為が原因となって離婚をした場合には、慰謝料の増額事由とされる傾向にありました。
しかし、今回の最高裁の判決によって、不倫相手に対する離婚慰謝料は原則として否定されるという判断がされました。
そのため、これからは不貞行為が原因となって離婚したとしても、少なくとも慰謝料の増額事由とは位置づけないという判断がされる可能性があります。
今回の最高裁判決を受けて、これからの地裁、高裁の判決で認められる慰謝料の金額の「相場」(特に不貞行為が原因となって離婚した場合の不倫相手に対する慰謝料の相場)が変わらないのか、それとも下がるのかは、これからの注目すべきポイントです。
「相場」の傾向が見えてくるには、これから5年から10年くらいの裁判例の集積が必要となるでしょう。
●判決で変わる可能性があるもの:不倫相手が慰謝料を払った場合の元配偶者に対する慰謝料の扱い
これまでは、配偶者が不倫相手と不貞行為をした場合、配偶者と不倫相手の共同不法行為となり、両者の責任は不真正連帯債務となるとされていました。
具体的には、不倫相手が慰謝料を支払った場合は、その金額だけ、配偶者の慰謝料の支払義務も消滅するものとされてました。
しかし、今回の最高裁判決によって、不貞慰謝料と離婚慰謝料は区別されて扱われることになりました。
そのため、不貞によって離婚した場合で、不倫相手が不貞慰謝料を払った場合(例えば、150万円)、不貞された当事者が不倫をした(元)配偶者に対して慰謝料を請求したとき(例えば、300万円)、支払われた不貞慰謝料相当額の全部又は一部が減額されるのか、それとも減額されないのかという論点が新たに発生することになります。
不貞された当事者が不倫をした(元)配偶者に対して慰謝料を請求した場合、当該慰謝料請求は離婚慰謝料であると裁判所が判断したときは、不倫相手によって不貞慰謝料が支払われた場合でも、不貞をした(元)配偶者に対する慰謝料は減額されないことになります。
他方、不貞された当事者が不倫をした(元)配偶者に対して慰謝料を請求した場合、当該慰謝料には、不貞慰謝料と離婚慰謝料の双方が含まれると裁判所が考えた場合には、不倫相手が支払った不貞慰謝料相当額の全部又は一部が減額されることになります。
この場合は、減額されるのは不貞慰謝料の金額になりますので、不貞された当事者が不倫をした(元)配偶者に対して慰謝料を請求した場合の内訳(離婚慰謝料と不貞慰謝料のそれぞれの金額)がどう判断されるのかが問題となります。
いずれにせよ、離婚実務が変わる可能性がありますので、今後の裁判例の動向が注目されます。
●海外では、不倫相手への慰謝料請求は当然のことではない
今回の最高裁判決では、不倫相手に対して離婚慰謝料の請求が原則として認められないこととなりましたので、かなりのインパクトがありました。
しかし、世界的にみれば、不倫相手に対して慰謝料請求が認められるというのは、必ずしも一般的ではありません。
例えば、イギリスやドイツでは、不倫相手に対する請求は認められていません。また、アメリカでも認められない州があります。
不倫相手に対する慰謝料請求を認めない理由としては、「夫婦間の貞操義務については夫婦のみを拘束するものであり、第三者を拘束することはない」「このような請求は復讐を目的とするものであり、脅迫材料に使われることがある」「姦通を理由とする損害賠償というものは、配偶者を所有物とみる思想に基づくものである」等があるようです。
●これまでの裁判所の判決の動向と今後
日本の最高裁は、戦前の大審院時代から、不倫相手に対して、慰謝料請求をすることを認めてきました。
しかし、平成8年3月26日の最高裁判決は、婚姻関係が既に破綻している場合には、原則として、不倫相手に対する慰謝料請求はできないと判断し、不倫相手に対して慰謝料請求ができる場合を一部限定しました。
この判決では、不倫相手が慰謝料の支払義務を負うのは、不倫行為によって、夫婦の「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益」を侵害したことが理由とされました。
裏を返せば、夫婦の婚姻関係が既に破綻していれば、不倫行為があった場合でも、「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益」が侵害されたとはいえず、慰謝料は請求できないと平成8年の最高裁は判断したのでした。
また、平成26年4月14日の東京地裁判決では、クラブのママやホステスがいわゆる「枕営業」として長期間にわたって顧客と性交渉を繰り返した事案について、「顧客の性欲処理に商売として応じたにすぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものではない」として、夫がクラブのママないしホステスと性交渉を持っていたことを知った妻による慰謝料請求が否定されました。
この東京地裁判決は、控訴されずに地裁判決で確定しましたので、最高裁判決とは異なり、あくまでも事例裁判例には留まります。しかし、結論の「意外性」で当時、一部で話題になった裁判例でした。
今回(平成31年2月19日)の最高裁判決は、不倫相手に対する不貞慰謝料については、これまでどおり認めたものの、離婚慰謝料については原則として否定したことで、不倫相手に対する慰謝料請求ができる範囲を、更に一部限定する判断をしたことになります。
最高裁の重要な判決については、最高裁の判決が出てから1~2年が経過すると、「最高裁判所判例解説」という書籍が刊行されて、最高裁判所調査官が執筆した「判例解説」がなされることになります。
今回の最高裁がどうしてこのような判断をしたのかの「答え合わせ」をするには、もう少し待つ必要がありますが、それまでは、今回の最高裁判決の「解釈」について、弁護士や学者からいろんな「論評」がなされることになりそうです。