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「養育費・婚姻費用算定表」の落とし穴 算定表通りにならないケースも「住宅ローン」「子が私立」
養育費・婚姻費用算定表(https://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/index.html)

「養育費・婚姻費用算定表」の落とし穴 算定表通りにならないケースも「住宅ローン」「子が私立」

夫婦円満な生活を送るためにも、できれば事前にトラブルの芽は摘んでおきたいものです。そこで、年間100件以上離婚・男女問題の相談を受けている中村剛弁護士による「弁護士が教える!幸せな結婚&離婚」をお届けします。

連載の第20回は「養育費・婚姻費用算定表の落とし穴」です。夫婦が別居した場合、収入の多い方から婚姻費用(配偶者及び子の生活費)、離婚して子どもがいる場合、子どもを監護していない方から子どもの養育費が支払われます。その際に、算定表を使うとおおよその金額が算定できます。

ただ、中村弁護士は「算定表は簡易迅速に行うことを目的としており、統計資料に基づいた割合や指数を用いているため、それぞれの家庭の個々の事情が無視されてしまう」と話します。

では、どのような事情があれば、金額が変更されるのでしょうか。詳しく解説してもらいました。

●養育費・婚姻費用算定表とは?

今回は、離婚の際にはほとんどの場合で問題となる養育費・婚姻費用算定表についてお話ししたいと思います。

養育費・婚姻費用算定表とは、離婚事件における養育費・婚姻費用の算定を簡易迅速に行うことを目的とした、裁判所が作成し、公表している表のことです。

養育費・子1人表(子0~14歳)の表の一部

この表は、2003年に最初の表が公表され、その後2019年に改定されて現在の家庭裁判所で使用されています。別居後離婚前は婚姻費用(子の養育費+配偶者の生活費)で、離婚後は養育費のみになります。

2003年に最初の表が公表される以前は、
(1)お互いの総収入から、経費(税金などの公租公課など)を差し引いた基礎収入を算出し、
(2)支払う側、受け取る側、子の最低生活費を算出し、
(3)子に充てられるべき生活費を認定した上で、
(4)支払う側、受け取る側の生活費の分担能力を決め、
(5)子の生活費を支払う側、受け取る側の基礎収入の割合で按分して計算する、
という方法で算出されました。

しかし、個々の事件において、厳密に計算しようとすると、果たして収入から差し引くべき経費はどの範囲まで認められるかなどが変わりうるため、それを巡って激しく争いが対立して紛争が長期化していました。

また、算出の仕方に専門的な知識が必要であるため、この算出方法を知らない一般の人達にとっては養育費や婚姻費用が果たしていくらになるのか全く見当もつかないという状況でした。

そこで、裁判所が、裁判官を集めて研究会を設置し、その研究報告としてまとめたものが養育費・婚姻費用算定表になります。これは、差し引くべき経費について、統計資料に基づいた標準的な割合・指数を用いることによって、簡易迅速性、予測可能性、公平性を確保する算定方法として提案されました。

そして、この算定表に基づく算定は、最高裁によっても是認されたため(最判平成18年4月26日決定)、現在、家裁実務で広く用いられるとともに、それ以外の一般の人にも認知され、家庭裁判所に持ち込まれない協議離婚においても、広く用いられています。

●養育費・婚姻費用算定表の落とし穴

このように、養育費・婚姻費用算定表は、お互いの収入がわかれば、簡単に養育費・婚姻費用の額を知ることができ、とても便利なものなのですが、簡易迅速であるがゆえの落とし穴があります。それは、統計資料に基づいた割合や指数を用いているため、それぞれの家庭の個々の事情が無視されてしまうことです。

養育費・婚姻費用は、算定表によりお互いの収入に基づいて「機械的に」算出されると考えている方もいますが、それは半分正しく、半分間違っています。個別的な事情のうち、考慮されずに修正もされないものもあれば、考慮されて算定表の額が修正されるものもあるからです。

本来は、考慮されるべき個別事情が、考慮されないまま養育費・婚姻費用が決められてしまったら、本来の額よりも、多い(または少ない)事態が生じうるのです。

考慮される個別事情、考慮されない個別事情は多数あり、それだけで1冊の本ができてしまうくらいなので、ここで全てを書くことはできませんが、以下では、多くの家庭で問題となりうるであろう事情をご紹介します。

●算定表を機械的に適用できない個別事情(1)「住宅ローンを支払っている場合」

算定表が修正される個別事情として、最も多いのは、「自宅が持ち家で住宅ローンを負担している場合」です。総務省の統計によりますと、日本における持ち家に居住している世帯は、全体の約60%にも達しますので、この記事をご覧になっている方で当てはまる方も多いと思います。

住宅ローンを負担しているケースでは、(1)養育費や婚姻費用を支払う側が住宅ローンを負担しているケース、(2)受け取る側が負担しているケース、(3)双方が負担しているケースがあり得ますが、ここでは、最も単純な(1)のケースを前提にお話をします。

事例としては、収入が多い方(X=会社員で年収600万円)が自宅を出て別居を開始し、収入が少ない方(Y=会社員で年収150万円)と子が持ち家の自宅に残ったとします。Xが住宅ローンを支払っているケースでお考え下さい。

そして、例えば、お互いの収入を元に、算定表に当てはめたときに、婚姻費用は10万円と算出されたとします。また、住宅ローンとして、Xは毎月7万円を負担していたとします。このような場合に、婚姻費用として、XはYに対し、毎月いくら払うことになるのでしょうか?

ひとつ考えられる方法として、「10万円-7万円=3万円」という答えがありうると思います。Xが住宅ローンを負担し、Yはタダで自宅に住めているのだから、住宅ローン分は婚姻費用に含まれる、とする考え方です。こう考えられる方は、実際に多いです。

しかし、家裁の実務では、このような考え方は採りません。なぜなら、住宅ローンは、あくまでもXの借金であって、Xは自分の借金を返しているに過ぎないとも考えることができるからです。一方、Yは、Xが住宅ローンを負担することによって、住居費の支払いを免れている側面もありますから、純粋にXが自分の借金を返済しているだけとも言い切れません。

そこで、実務ではどのように扱われているかというと、「Yの年収で通常かかる住居費は控除する」というものです。ここで、注意すべきは、Xの年収(年収600万円)ではなく、Yの年収(年収150万円)で通常かかる住居費を考える、ということです。

では、「年収150万円の人の通常かかる住居費」とは、いくらなのでしょうか。「実際に住んでいる場所の周辺の平均家賃」と誤解される方が多いですが、そうではありません。ここでは、家計調査年報という国の統計で調査した平均値を使用します。

現在の算定表は、2013~17年の家計調査年報の平均値を用いていますので、実際にはそれを使用することになります。そこで算出された「住居関係費」(「住居」の額に「土地家屋に関する借金返済」の額を加えたもの)の額を差し引くということになります。

この表は、裁判所の研究会が、2013~17年の家計調査年報の数字から平均値を出したものなので、インターネットで公開されているものではありませんが、法曹会から出されている司法研修所編「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」という書籍に掲載されています。

そこで、この表を用いて、年収150万円の人の住居関係費を見てみると、「年収200万円未満」という欄になり、その住居関係費は「22,247円」と記載されています。

この額は、特に都市部の人達にとってみれば、「2万円ちょっとで住める家がどこにあるんだ」と言いたくなるかもしれません。しかし、これは、地方も含めた全国平均であり、また、実際には親から相続した住宅に住むなど、住居関係費がかかっていない人もいるため、このような金額になってしまうのです。

以上より、結論として、XからYに支払う婚姻費用は、10万円から上記2万2247円を差し引いた「7万7753円」ということになります(もちろん、これとは別に金融機関との関係で、住宅ローンを月7万円支払う必要があります)。

●算定表を機械的に適用できない個別事情(2)「子が私立学校に通っている」

次に多い算定表が修正される個別事情として、「子が私立学校に通っている」というものがあります。ここでいう私立学校は、幼稚園から大学まで幅広く含まれます。特に、都市部においては、よく見られる事情です。

算定表では、子の「学校教育費」が考慮されていますが、ここでいう「学校教育費」は、0歳~14歳の表では「公立中学校の学校教育費相当額」を、15歳以上の表では「公立高等学校の学校教育費相当額」を、それぞれ指しています。

そのため、私立学校に通っている子の学費に関しては、この「算定表」では考慮されていません。

私立高等学校の授業料の実質無償化などの施策により、自治体によっては、私立学校に通っていても公立校と大差ないというところもあるかもしれませんが、私立学校では、授業料以外にも施設利用料などがかかる場合が多いですし、私立小中学校については私立高等学校に比べて助成が少ないなど、公立中高の学校教育費では賄いきれないケースが多いでしょう。

そのため、この場合は、「特別支出」として通常の算定表で算出された額に上乗せして認められるケースがあります。

ただし、子が私立学校に通っていれば、常に上乗せが認められるというわけではありません。認められるケースは、主に「私立学校に通うことについて相手の親の同意がある場合」と、「両親の収入や学歴などから私立学校に通うのも相当と考えられる場合」です。

同居中から、子が私立学校に通っているのであれば、「同意がある場合」と言って差支えなく、別居後に通い始めたケースでも、相手が明示的に同意していれば認められますし、同居時から私立学校に通うことを前提として、学校探しなどをしていた場合も、同意が認められやすいといえるでしょう。

また、後者については、例えば、両親とも私立の小中高に通っていた、両親の年収が学費を十分に賄えるケースなどであれば、相手が同意していなくても、認められるケースはあります。他方、別居前に相手が私立学校に行くことを全く想定しておらず、両親の学歴や収入から私立学校に通わせることが通常であるとまではいえないケースでは、特別支出として認められないこともあります。

Gugu / PIXTA

では、仮に私学の学費が特別支出として認められるとして、いくら加算されるのでしょうか。まずは、実際にかかっている学費が基本となります。例えば、年間72万円の学費(授業料だけでなく、施設利用料なども含みます)がかかっているとしたら、月あたり6万円になります。

そこから、「通常の公立学校の教育費相当額」を差し引きますが、「通常の公立学校の教育費相当額」とは、いくらなのでしょうか。ここはかなり複雑な計算式になりますので、詳細な説明は避けますが、子の養育費のうち、算定表上は、学校教育費が、14歳以下の場合は約12%、15歳以上の場合は約18.5%を占めるとされていますので、これらの割合をかけて算出します。

子が複数いて、私立学校に通っている子と通っていない子がいたり、婚姻費用で配偶者の生活費も考慮して計算する場合は、相当複雑な計算式になりますので、とてもここではご紹介しきれません。弁護士にご相談されることをお勧めします。

仮に、通常の公立学校に占める割合が、月額1万円だとした場合は、上記私立の学費6万円から1万円を差し引いた5万円を、支払う側と受け取る側の収入(正確に言えば、額面上の年収ではなく、そこから必要経費を差し引いた基礎年収)に応じて按分負担します。例えば、これが4:1だとしたら、月4万円が養育費や婚姻費用に加算されることになります。

いかがでしたでしょうか。養育費・婚姻費用の算定表を機械的に適用しただけでは算定できないケースはまだまだあります。長くなってきたので、次回、続きをご説明したいと思います。

(中村剛弁護士の連載コラム「弁護士が教える!幸せな結婚&離婚」。この連載では、結婚を控えている人や離婚を考えている人に、揉めないための対策や知っておいて損はない知識をお届けします。)

プロフィール

中村 剛
中村 剛(なかむら たけし)弁護士 中村総合法律事務所
立教大学卒、慶應義塾大学法科大学院修了。テレビ番組の選曲・効果の仕事を経て、弁護士へ。「クライアントに勇気を与える事務所」を事務所理念とする。依頼者にとことん向き合い、納得のいく解決を目指して日々奮闘中。

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