妻以外の女性と同棲し、女性との間に子どももできたーー。
一般的に、このようなことをした既婚男性は、不倫をした「有責配偶者」であるとして、妻に離婚請求をすることは困難になるだろう。
しかし、有責配偶者にあたらないと判断される場合もある。
実際に、妻との婚姻関係が破綻した「後」に妻以外の女性と同棲を始めた場合において、同棲は「婚姻関係を破綻させる原因となつたものではない」として、男性からの離婚請求を棄却すべきではないと示した裁判例(最高裁第二小法廷昭和46(1971)年5月21日判決)がある。
なぜ、男性の離婚請求は認められたのだろうか。
●妻とその両親からの嫌がらせ→耐えかねて家を飛び出す
判決文(一審:宇都宮地裁足利支部昭和42(1967)年2月16日、控訴審:東京高裁昭和45(1970)年10月29日)によると、男性(原告)は妻(被告)と1960年に結婚。
その後、妻の父親の強い希望もあり、男性は妻の両親と養子縁組をし、婿入りという形で同居生活を始めた。同じ年の12月、妻との間に子ども(男児)も生まれた。
ところがその翌月、男性は家を飛び出し、そのまま妻とその両親のもとに戻ってくることはなかった。
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妻「毎日あんたと一緒なら死んだ方がまし」
裁判所が認定した事実によれば、男性は妻とその両親から数々の嫌がらせを受けていた。妻の父親は男性の親族を事あるごとに悪く言い、夫婦生活に干渉するようになった。夫婦の部屋に勝手に入り込んだり、男性に「男色行為を強要」したりしたこともあったとされる。
男性は妻に相談したが取り合ってもらえず、妻の態度も徐々に冷たくなっていった。ときには男性に命令的な態度をとることもあり、父の命令だといって別室で寝ることもあったという。
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また、妻は父親や男性の母親などがいる前で、男性に「私はあんたと一緒になって一日として面白い、さっぱりとした日はない。毎日あんたと一緒なら死んだ方がましだ、毎日今日死ぬか明日死ぬかと考えている。父がこんな婿をもらったから、親戚づきあいも出来ぬ(注)」などの発言をしたこともあった。
こうして妻とその両親から辛くあたられ続ける日々に耐えかね、ついに男性は家を飛び出したのだった。
●同棲開始は、婚姻関係が完全に破綻した後
男性は妻との離婚、そしてその両親との離縁を求めて提訴した。一審判決(宇都宮地裁足利支部昭和42(1967)年2月16日)は、男性の請求を認めたが、妻とその両親が控訴した。
男性は一審判決が言い渡される前の1967年10月ごろ、妻以外の女性と同棲し、夫婦同様の生活を送るようになった。その翌年には女性との間に子ども(女児)が生まれた。
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控訴審(東京高裁昭和45(1970)年10月29日)も一審と同じように男性の請求を認め、妻以外との女性との同棲は「婚姻関係が完全に破綻してから後のこと」であるとした。
また、妻が他人の面前で男性に対する愛情がないと発言したことなどは「婚姻継続の意思のないことを表明したものと認められても止むを得ない」とし、妻が婚姻生活を回復する努力をしなかったこと、話し合いに応じようとしなかったことなどを挙げ、「愛情に満ちた夫婦共同生活を回復する見込は殆んど絶無に近い」とした。
そして、男性夫婦の間には「婚姻を継続し難い重大な事由」があると示した。
妻とその両親は上告したが、最高裁は上告を棄却。控訴審判決を維持した。
●「不倫」という事実がある→離婚請求が認められないわけではない
男性の離婚請求を認めた本裁判例について、甲野裕大弁護士は次のように語る。
「法律上の離婚の原因を作った責任がある人を『有責配偶者』といいますが、上の裁判例で夫からの離婚請求が認められた理由は、離婚の原因を作った(婚姻関係を破綻させた)人が『夫ではない』と判断されたからです。
離婚の原因は妻側や妻の両親からの壮絶な嫌がらせにあり、これが原因で夫は家を飛び出す程の状態になった(婚姻関係が破綻した)のであり、その後、夫がほかの女性と同棲をしたことは、破綻の『後』の事情というわけです。
『不倫』という事実があれば直ちに離婚請求が認められないとするのではなく、こういった夫婦間の事情を詳細に認定した上で、夫婦関係が破綻した原因(責任)が本当はどちらにあるのかという視点からの裁判所の判断は、妥当なものであると考えます」
【注】原文「つ」を「っ」に変更している。