「今の名前を捨てて、新しい名前で再出発したい」ーー。弁護士ドットコムの法律相談コーナーに、いじめ被害のトラウマに苦しむ女性から深刻な相談が寄せられました。
女性は小中高を通して激しいいじめを受け、30代になった現在もPTSDで通院しているそうです。人前に出る恐怖から仕事につけず、「将来が不安です」と話しています。
女性が立ち直りのきっかけにしたいと考えているのが「改名」。いじめの加害者から、屈辱的な呼ばれ方をしていたといたことが理由です。「親からもらった名前」を捨てる重みを抱き、「しっかりと明日を歩き、病気を克服したい」と願っています。
女性の思いは法的に認められるのでしょうか。改名の要件と手続きについて、菅野朋子弁護士に聞きました。
●「名前の変更は、姓よりは変更のハードルが低い」
ーー名前は自由に変えることができる?
(1)通称を名乗る、(2)そもそもの戸籍名を変えてしまう、の2つが考えられますが、今回は後者について説明します。
戸籍法第107条の2には、「正当な事由によって名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない」と規定されています。名前を変更したい場合は、「正当な理由」があると家庭裁判所に認められることが必要です。
「正当な理由」だと証明できるような資料があれば、申立書と一緒に管轄の家庭裁判所に提出します。
ーー変更は難しいのでしょうか?
名前の変更は、姓よりは変更のハードルが低いといえます。最高裁の「裁判所司法統計」によると、名前の変更は4654件が認められ、却下は422件、取り下げは1287件でした(2016年)。認められるのは次のような場合です。
(1)営業上の襲名や世襲による改名
(2)帰化の際に日本風の名にする場合
(3)性別を変更した場合
(4)難解や難読な名前
(5)いじめや差別を助長するような名前
(6)同姓同名の親族や犯罪者がいる場合
また、戸籍名を使うことで、過去の経験から著しい精神的苦痛を生じ、日常生活に支障を及ぼす場合も「正当な事由」にあたるとされています。
たとえば、戸籍名の使用がPTSDに悪影響を与えるとして、幼少時に虐待を受けていた女性の改名が認められた例もあります(平成9年4月1日大阪家庭裁判所)。
●いじめの影響を示す「診断書」などを出すと良い
ーー今回のいじめのケースではどうか?
今回のように、子ども時代に屈辱的な呼び方をされるなど、戸籍名の使用がPTSDに悪影響である場合には、改名が認められる可能性が高いと思われます。
ただし、同じいじめでも、立ち直りのきっかけとして、「ただ何となく」名前を変えたいという程度の場合は、難しいと考えられます。
ーー認めてもらえる可能性を高めるため、女性はどうしたら良い?
認められるには、いじめの具体的内容を明らかにしたうえ、戸籍名の使用が日常生活やPTSDの改善に支障がある旨の診断書があるとよいでしょう。
いじめによる精神的被害は短期間で治るものではなく、ずっと引きずってしまうこともよくあります。「過去のいじめにとらわれている方が悪い」と自分を責めてしまう場合もありますが、そんなことは決してありません。
完全に克服できなくても、それは当たり前です。不完全な自分を自分で認めてあげれば、時間はかかっても、必ず少しずつ受け入れられるようになるのではないかと思います。名前の変更がそのきっかけの1つになることを願っています。