「漫画村」などインターネット上で漫画や雑誌を無料で読める「海賊版サイト」が問題になる中、政府はインターネットサービスプロパイダ(ISP)にブロッキングを要請する調整に入ったと毎日新聞(4月6日)が報じた。
毎日新聞の報道によれば、政府は3つの海賊版サイトへのアクセスを遮断する措置を接続業者に要請する方針で、要請を刑法上の「一時的な緊急避難措置」と位置付け、接続業者の理解を求めるという。
しかし、この件が報じられて以後、専門家からは賛否の声が上がっている。
例えば、福井健策弁護士はツイッターで「私は緊急導入やむなしの意見です。 1海賊版サイトで月間訪問者1億6000万・日本の全中高生を超えるユニーク読者数は異常事態であり、報道にもある通り、紙はもちろん既に正規版電子コミックの売上さえ急落している」と意見を表明。
私は緊急導入やむなしの意見です。 1海賊版サイトで月間訪問者1億6000万・日本の全中高生を超えるユニーク読者数は異常事態であり、報道にもある通り、紙はもちろん既に正規版電子コミックの売上さえ急落している。>海賊版サイト:遮断要請へ 政府、著作保護に「緊急避難」 https://t.co/6XqbXMZkiO
— 福井健策 FUKUI, Kensaku (@fukuikensaku) 2018年4月6日
一方、宍戸常寿・東京大学教授は「通信の秘密が不当に侵害される」「きちんとした立法過程を踏むべきだ」と批判している。
現在、日本で唯一「児童ポルノ」に関してはブロッキングが認められている。その際の議論に携わった森亮二弁護士も、「著作権侵害情報に対するブロッキングを正当化するのは難しい」との懸念を示す。
●政府が検討しているブロッキングとは
そもそもブロッキングとはどういうものか。私たちは携帯キャリアやWebサーバーなどのISPを通じてWebサイトを閲覧しているが、ブロッキングはISPがユーザーの同意を得ることなくURLなどを検知して、特定のURLに対するアクセスを強制的に遮断するというものだ。
前提として、すべてのユーザーが何にアクセスしようとしたのかをチェックすることになる。
●ブロッキングは「通信の秘密」を侵害する可能性
ここで「通信の秘密」が大きな問題になる。
「通信の秘密」とは、通信の内容や宛先を第三者に知られたり、漏らされたりしない権利のことで、憲法21条で保障されている。さらに、電気通信事業法4条は「通信の秘密は、侵してはならない」と定めており、ブロッキングはこれらの通信の秘密を侵害する行為にあたる可能性がある。
●「児童ポルノ」のブロッキングはなぜ認められているのか
簡単に侵害されることがないはずの「通信の秘密」だが、日本で唯一「児童ポルノ」に関してはブロッキングが認められている。なぜだろうか。
刑法上、犯罪の構成要件に該当する行為であっても、
(1)正当行為(社会的に正当として許容される行為)
(2)正当防衛(侵害者に対して止むを得ず反撃する行為)
(3)緊急避難(自分や他人に危険が差し迫っている中で、危険を避けるために止むを得ず行う行為)
のどれかに該当する場合、違法性が否定される。たとえば、他人を殴って失神させる行為は、傷害罪の構成要件に該当するが、ボクシングの試合中に行われる場合は、(1)の正当行為として違法ではなくなる。
つまり、通常違法である行為も、これらの正当化する根拠があれば違法にならない。
事業者、PTA、学識経験者などで作られた「安心ネットづくり促進協議会」の「児童ポルノ対策作業部会」で主査を務めた森弁護士は、以下のように解説する。
「(1)の正当行為は、通信の秘密の侵害については、ネットワークの安定的運用の維持のためにのみ認められてきました。パケットのルーティングやサイバー攻撃への対処などです。違法情報をブロッキングすることは、社会的に意味のあることではありますが、ネットワークの安定的運用とは関係ないため、正当行為とはいえません。
(2)の正当防衛は、悪者に対する反撃で害を加えることが違法でなくなる場面ですが、ブロッキングについては、害を加えられる(通信の秘密を侵害される)のは、ISPの全ユーザーであり、違法情報にアクセスすることさえしていない人が対象です。したがって、悪者に対する反撃の構造をもっていないここではそもそも当てはまりません。
(3)の緊急避難は、緊急事態においては、悪くない人に対する加害が違法でなくなる場面です。
<1>現在の危難があること
<2>やむを得ない回避行為であること(補充性)
<3>生じた害が避けようとした害を超えないこと(法益権衡)
の3つが求められます。
作業部会ではまず、児童ポルノがWebサイトにあげられている状況が、児童にとっての権利侵害を拡大し続ける状況であり、<1>現在の危難があると考えました。また、児童ポルノによる権利侵害は、通信の秘密の侵害よりも深刻である場合があるので、<3>法益権衡も認められる余地があると考えました。
そこで、児童ポルノの削除ができないなど他の方法がない場合には、<2>補充性もあるので、その場合には、緊急避難が成立すると考えました」
このような検討を経て、2011年から始まった児童ポルノのブロッキングは、ISPなどの民間事業者による自主的な団体「ICSA」(一般社団法人インターネットコンテンツセーフティ協会)が主体となって、実施されている。
●憲法によって禁止される検閲に当たるおそれも
漫画やアニメの海賊版サイトのブロッキングは、これらの法的問題をクリアしているのだろうか。森弁護士は「難しい」と話す。
「(1)正当行為や(2)正当防衛にあたらないのは、児童ポルノの場合と同じです。(3)緊急避難については、<3>の生じた害が避けようとした害を超えない『法益権衡』の要件を満たすとはいえないでしょう。
通信の秘密の侵害と児童ポルノによる児童の被害を比較する場合、後者が重いこともありえます。しかし、通信の秘密と著作権を比較すると、基本的に財産権である著作権の方が重いということはできません。
報道では、閣議決定などで緊急避難として整理してISPに要請するとされていますが、閣議決定で違法性が決まるわけではなく、ブロッキングが違法である可能性は残ります。
立法によらずに、政府が違法の疑いのある行為の実施を事業者に迫ることは、法治主義との関係でも問題をはらんでいます。多少、時間はかかるかもしれませんが、立法によるブロッキングの可否を検討すべきです。
また、仮に、行政権が作った対象リストでブロッキングを行えば、これは憲法によって禁止される検閲に当たるおそれがあります」
●立法の議論を通じて実施の適否を決めるべき
また、インターネットによる権利侵害の問題は、著作権侵害に限らないと指摘する。
「名誉毀損やプライバシー侵害への対応とつりあいが取れていないことも気になります。インターネット上の名誉毀損、プライバシー侵害については、その削除や発信者情報の開示を求めて多くの事件が裁判所に起こされています。これらについては、ブロッキングという救済方法は考えられてきませんでした。
その中で著作権だけが特別の保護を受けることを、国民は納得するのでしょうか。その点も含めて、立法の議論を通じて、実施の適否を決めるべきです」
(編集部・出口絢)