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転職サイトで「社長はワンマン」投稿者名の開示命令…清水弁護士が指摘する2つの疑問
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転職サイトで「社長はワンマン」投稿者名の開示命令…清水弁護士が指摘する2つの疑問

転職情報サイト大手「転職会議」に記載された内容で、社会的評価を低下させられたとして、徳島市の企業がプロバイダを相手取り、投稿者の名前や住所などの開示を求めた訴訟で、高松地裁は8月22日、開示を命じる判決を下した。

読売新聞によると、徳島市の企業の従業員を名乗る人物が2016年10月、転職会議の口コミ欄に「社長はワンマン」「管理職に管理能力はない」などと匿名で投稿した。企業側はまず、サイト運営会社に投稿者のIPアドレス開示などを求める仮処分を東京地裁に申し立て、開示の仮処分決定を受けたことで、プロバイダを把握した。

さらに今回の訴訟で、プロバイダに対して、投稿者の名前などの開示を求めていた。プロバイダは「投稿者の意見で、社会的評価を低下させたとまでいえない」と主張したが、高松地裁の木村哲彦裁判官は「前提となる真実性や相当性が証明されていない」と判断したという。

今回の判決について、インターネット上の誹謗中傷の問題にくわしい清水陽平弁護士は「あくまで報道を見る限りだが」と断りを入れながらも、「法律の解釈が間違っている可能性がある」などと疑問を呈している。はたして、どんな問題があるのだろうか。清水弁護士に聞いた。

●「発信者情報開示」の要件と「損害賠償」の要件を混同している?

「報道によると、『社長はワンマン』『管理職に管理能力はない』などと投稿したことについて、裁判所が『前提となる真実性や相当性が証明されていない』として、権利侵害が認められるとしています。

この種の案件を多数取り扱っている立場からすると、大きく2つの点で疑問があります。

1つは、法律の解釈の問題として、『立証責任をどのように考えているのか』という点です。もう1つは、裁判実務上、『この内容で開示が認められるのか』という点です。

まず1点目についてですが、発信者情報開示請求は、プロバイダ責任制限法に規定されています(同法4条1項)。これによると、権利侵害が『明らか』であるといえる場合に、開示を認めることとなっています。

ここで『明らか』とは、一般的には名誉毀損等の権利侵害があることにくわえて、『違法性阻却事由』(犯罪を特別に正当化する理由)の存在をうかがわせる事情が存在しないことまで立証することが必要であるとされています。

この立証は、原告側(開示を求める側)がおこなうことが必要です。名誉毀損であれば、(1)公共性、(2)公益目的、(3)真実性のいずれかが『ない』ことを原告側が立証する必要があるということです。

しかし、判決では『前提となる真実性や相当性が証明されていない』ことを理由にして、請求を認めているようです。これは立証責任が被告側にあることを前提にしています。

したがって、編集の都合でこのように報じられた可能性もありますが、仮に実際にこのように判決で指摘されているとすれば、法律の解釈を誤っている可能性があると考えます。

なお、判決では『相当性』についても問題とされているようですが、この点は、発信者情報開示請求のための要件と、投稿者の責任を問うため(損害賠償請求)の要件を混同している可能性があると思われます。

相当性とは、『真実と信じるにつき相当な理由』というものですが、これは故意・過失といった主観的なもの、責任阻却事由にかかるものとされています。

損害賠償請求では、この要件が問題になってきますが、発信者情報開示請求では、誰が投稿しているのか不明である以上、その不明な人の主観を検討することは不可能であることなどから、立証対象ではないとされるのが通常です。

したがって、この点について触れている点で違和感を感じるところです」

●「ワンマン」では「必ずしも社会的評価の低下があるとはいえない」とされる

「次に2点目ですが、名誉毀損となるためには、『社会的評価の低下』が必要になります。

『管理能力はない』という点については、社会的評価の低下がありうるとしても、『ワンマン』であるということは必ずしもマイナス評価を受けるわけではありません。リーダーシップがあるといったプラスの意味で捉えられる余地もあり、『必ずしも社会的評価の低下があるとはいえない』とされるのが通常の裁判所の判断です。

また、仮に、『社会的評価の低下がある』としても、違法性阻却事由があるとうかがわれる事情があれば開示は認められません。

名誉毀損には大きく分けると『事実摘示型』と『意見論評型』の2つのタイプがあります。それぞれ、違法性阻却事由が異なります。

事実摘示型とは、たとえば『社長が部下を殴ったり蹴ったりしている』といったものです。意見論評型とはまさに本件のような『ワンマン』『管理能力がない』といったものです。

両者は、『証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を指摘するものかどうか』により分けられます。簡単にいえば、ある事項について、評価や論評をしている場合が意見論評型です。

意見論評型の場合、違法性阻却事由は、公共性、公益目的に加えて、意見・論評の前提としている事実が重要な部分について真実であること、人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものでないこと、が要件になります。

『ワンマン』であるということが、社会的評価の低下があるかどうかという点であやしい以上、人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱したものということはできないでしょう。

また、『管理能力はない』という点についても、一般的な感想レベルといえるもので、人身攻撃に及ぶなど、意見・論評としての域を逸脱したものということも難しいと思います。

このように、単に否定的なことを書かれただけでは、当然に名誉毀損になるわけではなく、何らかの事実を前提に感想を書いただけであれば、『違法である』という評価を受けないのが通常です。

もちろん、裁判では実際に具体的なことが書かれていて、その場合は判決のような判断になったことに理由があるという可能性もあります。あくまで、報道を見る限り、このような疑問を持ったということです」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

清水 陽平
清水 陽平(しみず ようへい)弁護士 法律事務所アルシエン
インターネット上で行われる誹謗中傷の削除、投稿者の特定について注力しており、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(2020年)、「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」(2022~2023年) の構成員となっている。主要著書として、「サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル第4版(弘文堂)」などがあり、マンガ「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」の法律監修を行っている。

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