早稲田大学に通う女子学生、通称「ワセジョ」のハルカさんは、サークルの入会をめぐり、「ワセジョお断り」の話を聞いて、憤っている。
早稲田大学のインカレサークルは、早稲田大学の学生と他大学の学生が入れるはずだが、ハルカさんは、あるスポーツ系公認サークルのメンバーから、「ワセジョ」の入会を断っているという話を聞いた。このようなサークルでは、早稲田大学の男子学生と、女子大の学生で構成されることになるそうだ。
ハルカさんは、「ワセジョ」という言葉が「女子らしさがない」「オシャレに無頓着」というイメージがあることから、そういった理由で断っているのかどうか気になっているが、そのサークルのメンバーは「伝統的に断っているだけだから」とお茶を濁している。
ネット上にも、ボランティア系のサークルに断られた体験談など、「ワセジョ」の憤りの声が見受けられる。
●居づらい雰囲気を作る「実質拒否」の手法も
この公認サークルのように、明確に「ワセジョお断り」をしているサークルは実際はそれほど多くないようだ。ただ、お断りに近いケースもある。例えば、あるスポーツ系インカレサークルに入会しようとしたサヤカさんは、新歓の飲み会には参加できたものの、女子大ごとに並ばされ、一人孤独を感じて、入会をやめたそうだ。
早稲田大学のサークル事情に詳しい若手OBのマサフミさんは、「実質拒否という手法ですね。そういったサークルはそもそも新歓の際にワセジョにビラを配りません。もしワセジョが入会しようとしても、居づらい雰囲気にして、結局は入って来ないようにします。彼らからすると、男子学生、女子学生(他の女子大)、ワセジョという区分なのです」と語る。
最近では、東大女子がクローズアップされる中で、東大でも「東大女子お断り」のインカレサークルが存在するといった情報も流れているが、「ワセジョお断り」も似たような構図だ。
しかし、早稲田大学の公認サークルであるにもかかわらず、「ワセジョ」であることを理由に入会を拒もうとするのは、男女差別ではないのか。もし裁判を起こした場合はどんな展開が考えられるのか。早稲田大学大学院法務研究科出身の松本常広弁護士に聞いた。
●損害賠償請求は可能なのか?
公認サークルでそんなことが行われているのですか? 本当だとすれば憤りを禁じ得ません。以下、公認サークルで入会拒否されたと想定して議論を進めます。
まず、憲法の人権規定は国家(公共団体)と個人の関係を想定しているので、企業や任意団体に適用できるかという問題があります。この点については、最近憲法学会で議論が再燃しているのですが、一般的には直接適用はできないと考えられています。
ーじゃあ、今回はこれで終わりということですか?
いえいえ。少し分かりにくいですが、民法の公序良俗(90条)や不法行為(709条)といった規定の解釈に憲法の趣旨を取り込んで対応しましょうと考えられています(間接適用説)。
本件だと、入会拒否は、「ワセジョ」を「ワセダン」と差別する不当な取扱い(性差別)であるとして不法行為に基づく損害賠償請求を行うというやり方です。
もっとも、この主張は高いハードルにぶつかります。サークルは、私的で任意の団体だから、どのような人をメンバーにするかはサークルの自由だと反論されるのです(結社の自由)。
たとえば、性差別の事案ではありませんが、ゴルフクラブの入会拒否に関するある判決では、要約すると以下のようなことが述べられています。
・私人である団体には結社の自由が保障されている
・それにもかかわらず入会拒否を不法行為と判断すると、国家(裁判所)が権力によって私人に介入することになる
・介入が許されるのは、結社の自由が制限されても仕方ないくらい重大な権利侵害が行われた場合で、社会的な許容限度を超えた例外的な場合
ー今回のケースだとどうでしょうか?
サークルという団体の性質に照らすと、正直なところ簡単ではないかと。ですが、私が受任するのであれば以下のような主張を行うと思います。
・本件は単なる性差別の問題に留まらず、大学受験を乗り越えた女性の努力
・人格をも否定する極めて悪質な差別である
・我が国は女子差別撤廃条約を締結し、さらに現政権は女性の活躍を謳っており社会的潮流に真っ向から対立する
・公認サークルは、公共性のある大学の公認の下、大学の名称、施設等を利用しており純粋な任意団体と異なる
・(推測ですが)当該サークルの情報は、大学のサークル紹介冊子等にも掲載されており、在学生には開かれたサークルであるかのように装われており、女性側が入会を期待するのも当然
・「ワセジョ」であることをもって一律に差別する合理的理由がない etc
ところで、本当に公認サークルで「ワセジョ」入会拒否が行われているのだとしたら、大学の責任についても考察する価値があると思います。
ーえ、大学の責任ですか?サークル活動ですよ?
極めて少数ですが、大学の部活・同好会での問題について、大学の安全配慮義務違反を認めた裁判例があります。これを大学の環境配慮義務にまで広げるという考え方です。
粗いですが論理構成としては以下のとおりです。
(1)大学には在学生が安心して学生生活をおくれるように環境を整備する義務がある
↓
(2)課外活動には学生の自主性養成という教育的意義があり、大学の教育活動の一環ともいえる(だから部室等を提供している)
↓
(3)大学の教育活動の一環である以上、課外活動にも大学に環境配慮義務が課される
↓
(4)大学「公認」サークルにおいて在学生に対する性差別が行われている
↓
(5)(様々な事実を理由として挙げて)大学側には、当該サークルを指導する等の環境を整備する義務が生じていた
↓
(6)それにもかかわらず、指導等が行われておらず、大学側には環境配慮義務違反がある
(5)の様々な事実とは、たとえば、
・大学側が在学生から多くのクレームを受けていたのに放置した
・サークルの顧問に大学の教官が就任しており、性差別を知っていた
・大学が「公認」サークルとして積極的に支援していた等です(本件でそういった事実があるかは分かりませんが)。
もっとも、多くの裁判例では安全配慮義務違反さえ認められていませんから、この主張は一蹴される可能性が高いと思います。
ーなかなか厳しそうですね、ありがとうございま……
ちょっと待ってください!以上が一応の法律論ですが、蛇足として少しだけ言わせてください。
本件は、大学の在り方の問題でもあると思います。たとえば、東京大学は、東大女子を排除しているインカレサークルを念頭に、理事・副学長名で「学生団体の活動に当たって」という注意喚起文を公表しました。今回の件に限らず、「ワセジョ」差別の問題は、巷間に流布しており、早稲田大学側もある程度認識しているはずです。そして、「公認」サークルで「ワセジョ」差別が行われていることを放置するということだと、早稲田大学というのは、そういう大学なのだということになります。「模範国民の造就」を建学の理念に掲げるのなら、学生へのアンケート、注意喚起、公認取消しくらいは検討すべきではないかと思います。
もう一点、早稲田大学といえばOB・OG会である稲門会が有名です。「ワセジョ」差別を行っているサークルの構成員、彼らが稲門会に加入するのを拒むというのはどうでしょうか?同門たる「ワセジョ」を差別するような人達をわざわざ稲門会に加入させる必要はありません。サークルの構成員も、同門を排除したのですから、自分たちが同門から排除されても文句は言えないはずです。
いずれにせよ、もうすぐ入学シーズンです。大学への期待に胸を膨らませて入学してくる「ワセジョ」の皆さんが心穏やかに大学生活をおくれるよう、このようなサークルが一刻も早くなくなることを願ってやみません。