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ネットリンチで「電車に飛び込もうと思った」 AV購入履歴を晒された法科大学院生
取材に応じる石渡貴洋さん

ネットリンチで「電車に飛び込もうと思った」 AV購入履歴を晒された法科大学院生

昨年5月、女子プロレスラーの木村花さんが亡くなった出来事は、あらためて、誹謗中傷が個人を追い込む「ネットの闇」を明らかにした。その後、社会全体で問題意識は高まってきたが、いまだ個人情報を晒すなど、加害行為を繰り返す「集団」もいる。

その標的となった1人が、法科大学院生の石渡貴洋さん(27)だ。住所や電話番号にとどまらず、アダルトビデオ(AV)の購入履歴まで暴露され、「電車に飛び込む一歩手前」まで追い込まれた。

法整備に向けた議論が進む中、石渡さんは、被害実態を伝えたいと「ネットリンチ」の全容を実名告白した。

●現実のものとは思えない「混沌」とした感情になった

2019年10月17日夜、石渡さんは都内の自宅に1人でいた。疲れていたが、目の前のノートPCから目を離せなかった。1カ月半ほど前から始まった、ネット上での個人情報晒しは、エスカレートしていた。舞台となっている2つの掲示板をチェックする必要があった。

突然、まとまった情報が、別サイトからのコピペ、スクショのかたちで流れてきた。そこには「赤面発情」「キス魔変身」「ポロリ」「エッチ」などの単語が含まれていた。

目にした瞬間、心も体も固まった。どう考えても、世に出ることなどありえない情報だった。それは彼のAV購入履歴だったのだ。

どんなAVを見ているかは通常、他人には内緒にする。まして、誰でも目にすることができるネット上に、実名で、どのAVを買ったかを明らかにすることなどしない。

洋服や音楽、食べ物のお取り寄せの情報ならば、まだマシだろう。考えうる限り、「最も晒されたくない情報」が世に出された。その瞬間を石渡さんは、次のように振り返る。

「現実とは思えない、何が起きているのかわからない、混沌とした感情になりました」

●ある「アカウント」が乗っ取られていた

この「AV購入履歴」の晒しは、あるアカウントが乗っ取られたことから生じた。はっきりした危機の兆候は、実際の被害が起きる3日ほど前からあった。

アカウントに紐づけたアドレスに「不正アクセスの疑い」や「パスワードが間違っています」と告げるメールが、たびたび届いていた。自分を目の敵にする「集団」が、アカウントのハッキングを企んでいることは明らかだった。

この集団はネットスキルに長けているため、パスワードを変えるなどの対策では心もとない。狙われているアカウントからはAVの購入履歴のほか、メールや写真など、さまざまな情報もたどれる。アカウントそのものの削除が、情報を守るうえでは最適だ。

しかし、削除しようとしてもエラーが表示されて、実行できなかった。後日判明したことだが、たまたまシステム上のトラブルがあったようだ。

自分で削除できないならば、サービスを提供しているプラットフォーム企業に頼むしかない。ところが、問い合わせ先としてのメールアドレスも電話番号も見つからなかった。

頼ろうとした最寄りの警察署も動いてくれなかった。対策が取れないまま時間が経ち、石渡さんの懸念は悪いことに的中してしまった。

●地道に情報を削除していったが・・・

「秘密の質問の答え」が破られたのは、10月16日午後だった。

「一番好きな映画」の設定で、答えを「スパイダーマン3」にしていた。このアカウントを使い始めたのは、はるか昔の10代前半のころ。当時はネットの危険性に考えが及ばず、安易な答えを設定してしまった。

その集団は、アカウント名「spiderman070501」に着目。「070501」が同映画の公開日(2007年5月1日)であることなどから推測して、正解を導いた。

そして、パスワードを改変して、個人情報を晒していた掲示板に、新しくしたパスワード「ishiwataunko0303」を載せた。これが出てほどなく、石渡さん自身も掲示板チェックで情報をつかんだ。試しに入力すると、ログインできた。

このプラットフォームでは、一度設定した「秘密の質問の答え」は再設定できない運用になっている。そのため、石渡さんがパスワードを変えても、結局、「答え」を握った集団はパスワードを再更新できてしまう。

石渡さんがその時点でできたことは、アカウント内の情報を消すことだけだった。そこには、メール7万件、iPadの写真のバックアップデータ2万件、合計9万件の情報を保存していた。それを地道に消去する作業を開始した。

●思い出すと「胸が苦しくなる」

情報量が膨大なため、一度に全部を削除することはできない。一定量を選択して、「ゴミ箱」に入れるという作業を繰り返した。

集団からすると、標的たる石渡さんのデータが減ってしまう。これを防ごうと、「秘密の質問の答え」からパスワードを再設定し、石渡さんを弾き飛ばすかたちで新しくログインしてくる。そして掲示板にメールなどを流出させる。

それに対して、石渡さんも同じ工程を経て、再ログインを果たす。

そのアカウントがあったシステムでは、石渡さんと集団が同時にログイン状態になることはない。石渡さんによる削除が20分続くと、集団による流出の時間が20分続く。こうした攻防は16日午後8時に乗っ取りが発覚してから、翌17日午前2時まで続いた。

石渡さんが1人なのに対して、その集団は複数で挑んでくる。掲示板を見ると、自分が大切な人とやり取りしたメールがリアルタイムで晒される。気力も体力も削られ続けた6時間ほどになった。

「思い出すと胸が苦しくなる。PTSD(心的外傷後ストレス障害)に近い出来事です」

●「僕の人生は終わったな」

自分を信頼してやり取りしてくれていたメールの相手方などには、できるだけ迷惑をかけたくない・・・。こうした意識が優先して、16日夜には、このアカウントとAV購入履歴が紐づいていることは、すっかり失念していた。

17日昼間にも警察署に相談に行った。夕方になり、一息ついたのも束の間、夜になってAV購入履歴が晒されたのだ。

あまりにとんでもないことが起きると、人は現実逃避に走る。

石渡さんは、掲示板で情報を見つけた後、2時間ほどベッドで寝た。当初の「混沌とした感情」がふくらみ、PCに映されている「ポロリ」などの文字が現実だと信じられなくなった。そこには多分に「信じたくなかった感情」も入っていただろう。

しかし、仮眠を終えて、さえた頭でディスプレイを何度チェックしても、おぞましい現実は起こっていた。

「僕の人生は終わったな」

そう考えざるを得なかった。

●深夜、地下鉄のホームに立っていた

追い込まれた石渡さんは10月19日の深夜、都内の地下鉄・飯田橋駅のホームに立っていた。終電近い時間帯ながら、ホームにはまばらに乗客がいたことを記憶している。

やってくる電車に飛び込み、自らの命を絶とうとしていた。

社会はネット上での誹謗中傷に対し、あまりに無関心だった。今振り返ると多くの友人、知人から支えを得ていたが、衝撃的な出来事が重なり、絶望感が募っていた。警察などに連絡を取って相談し、被害回復ができないかと動いても、社会は当然のように何もしてくれなかった。次第に「あがいている自分こそが異常なのだ」と思うようになった。

ほどなく「僕は死ぬべき」との結論に至った。そして実行に移そうとした。

しかし、いざというときを迎えると、違う考えになった。

ネット上での誹謗中傷に限らず、何らかの不条理に追い詰められて、人生に価値を失っていった人たちは多い。彼らはおそらく、有形無形のSOSを社会に出しながら無視された。その結果、希望をまったく見いだせなくなり、最終的な選択をしたのだろう。

法律を学んできた自分の原点は、社会の不条理さと向き合うことにあったはずだ。だったら、自分だけでもその不条理さと真正面から向き合ってみるべきなのではないか・・・。

「僕は生きるべき」。ホームに立つ前と正反対の「答え」を導くことになった。それはPC画面上ではなく、リアルな現場でこそつかめたものだった。

石渡さんはメディアに出て被害を告白できるまでに立ち直った。しかし、受けた「ネットリンチ」に対する被害は回復されていない。そして、今でも、他者に知られたくない情報を晒してもて遊ぶ「集団」は活動を続けている。

【つづきを読む #2】
きっかけは「唐澤弁護士」のウィキ作りだった…恒心教に狙われた法科大学院生
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【#3】恒心教から攻撃、警察は塩対応…それでも「友人の言葉」に救われた
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【#4】「炎上覚悟」 恒心教に狙われた法科大学院生が「実名告発」に踏み切った狙い
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