2020年05月14日 18時34分

図書館休館で「論文が間に合わない」 コロナ禍の「若手研究者」に降りかかる困難

猪谷千香 猪谷千香
図書館休館で「論文が間に合わない」 コロナ禍の「若手研究者」に降りかかる困難
東京・永田町の国立国会図書館。コロナ禍により3月5日から5月20日まで休館、「遠隔複写サービス」も休止している(kash* / PIXTA)

新型コロナウイルス感染拡大による非常事態宣言のもと、国立国会図書館をはじめとする全国の公立図書館の約9割が休館し、大学図書館の多くも休館を余儀なくされている。そうした中、各方面で深刻な影響が出ている。

若手研究者ら有志のグループが、研究者や学生を対象に実施したアンケートによると、「研究に非常に重大な影響がある」とした人が約6割、「論文提出に間に合わない」とした学生は約7割にのぼった。

また、図書館内でしか閲覧が許されていないデジタル化資料の公開範囲拡大など、さまざまな要望があがった。今、どのような支援が求められているのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●学生への指導や研究の質の低下を懸念する声

このグループは、日本学術振興会特別研究員の前田麦穂さんが呼びかけ人となり、立ち上げた「図書館休館対策プロジェクト」。アンケートは、図書館休館の4月17日から30日にかけて実施して、2519人が回答した。

アンケート結果によると、図書館休館で次のような影響があった。

・「研究に非常に重大な影響がある」 57.5 %
・「研究全般の継続が難しくなる」 37.0%
・「研究者としてのキャリア形成が困難になる」 29.4%
・「卒業論文・修士論文・博士論文等の提出時期に間に合わない」 70.3%(卒業・修了年次の学生760名が回答)

これら以外にも、講義準備や学生指導への深刻な影響や、 研究の質の低下を懸念する声も多数寄せられたという。

代替手段として、私費で必要な文献を購入している人が約7割、オンラインデータベースや電子ジャーナルを利用している人も約6割だった。しかし、資料を購入できず、電子化もされていないことから、代替手段がなく、何もできていない人も1割以上いた。

●国立国会図書館にデジタル化資料の公開範囲拡大を求める声

こうしたことから、研究を続けるためとして、次のような要望があった。

・「デジタル化資料の公開範囲拡大(例: 国立国会図書館内限定送信の資料を館外利用可能にする等)」 75.7%
・「研究目的の文献について、来館を伴わない文献の貸出しサービスの実施(例: 文献の郵送や一部電子化等)」 73.0%
・「研究目的の文献について、館内閲覧を伴わない貸出しサービスの実施(例:事前予約した文献の受け取りのみなど)」 66.3%

このほか、オンラインデータベース等の公開範囲・アクセス権の拡大を望む声も多かったという。

プロジェクトでは、大学図書館などの閉館を維持したままで可能な緊急支援策について、要望書をまとめ、5月7日付で、国立国会図書館、文科省、文化庁、日本図書館協会、日本書籍出版協会、大学関連団体、衆議院議院運営委員会図書館運営小委員会など、30カ所に送付した。

要望書では、国立国会図書館が特定の公共図書館で利用できるよう送付しているデジタル化資料を外部からも利用可能にすることや、大学図書館内が館内限定としているデータベースや電子ジャーナルを館外から利用可能とするなどの検討を求めている。

この要望書に対して、公立大学協会図書館協議会では原則として賛意を表した一方、「図書館は非常勤職員などワーキングプアによって支えられている」という意見も寄せられた。意見は、要望書の内容が「結果的に図書館で働く多くの非正規雇用の職員」に負担になると指摘。多くの図書館も脆弱な基盤の上に運営されていることもあらわになった。

●頭に浮かんだのは九州大学・元大学院生の放火事件

このプロジェクトを呼びかけた前田さんは「歴史資料の収集に基づく研究をおこなっているので、大学図書館や国立国会図書館の休館が相次いだときは、私自身とても焦りました」と話す。

大学ではオンライン授業が導入され、教員だけでなく、若手研究者が多い非常勤講師にもその負担は大きく、過酷な状況という。前田さんには、「このような状態が長引けば長引くほど、研究の道を諦めたり、生活が困難になったりする人が増えるのではないか」という危機感があった。

前田さんの頭に浮かんだのは、九州大学で2018年、元大学院生の男性(当時46歳)が放火して、亡くなった事件だ。男性は研究者として非常勤で働き続けたが、雇い止めにあい、経済的に行き詰まった末に放火したとみられている。

「この事件に現れているような、特に若手研究者の不安定さや資源の制約というアカデミアの根本的問題が、コロナ禍においてより苛烈に、多くの人に降りかかりうるのではないかと恐れました」

わかりやすい数字で目に見えるものではないが、資料へのアクセスが制限されることが、「今、論文が書けないこと」「今、研究ができないこと」につながり、若手研究者のキャリアに長期にわたって影響する恐れがあるという。

そのため、前田さんはまず多くの人たちとつながり、データを集めて、問題を可視化するために、このプロジェクトを立ち上げた。

●長期的な問題として、政府や図書館、著作権団体に協力求める

アンケートでは深刻な実態が浮かび上がった。

「自分の予想以上の事態の深刻さを感じました。そのうえで私が強く感じたのは、『大学や研究機関、学界は今後、研究者・大学院生の業績評価や就職に関する評価などにおいて、コロナ禍の影響を考慮しないわけにはいかないだろう』ということです」と前田さんは指摘する。

「学位論文の提出もそうですが、現在キャリア形成の過程にあり、研究業績を積み上げなければならない人たちが、図書館の休館により困難になっています。そして、それは本人たちに責任があるわけではありません。今回のアンケート結果は、可能な図書館利用のあり方という現下の問題に限らず、より根本的で長期的なアカデミアのあり方の問題を示唆していると考えています」

こうした問題を解決する手段の一つとして、国立国会図書館のデジタル化資料の公開範囲拡大が求められている。

「これが実現することは非常に大きな一歩だと考えており、私たちも要望書に盛り込みました。しかし、残念ながら問題解消までには至らないと思います。そもそも電子化されていない資料や文献が必要な研究者・学生も少なくないためです。

実現のためには、政府・図書館関連団体・著作権関連団体のご理解、ご協力を得ることが不可欠です。著作権法などの法改正の必要もあることから、知的財産や文教政策に携わっている国会議員にも発送しています」

今後は、新型コロナウイルスの収束などを見極めつつ、アンケートの回答で多く望まれている支援施策に関する要望書を順次、関係団体などに提出していく予定だ。

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