「はるかぜちゃん」こと女優の春名風花さん(18)。9歳でツイッターを始めると、社会問題について自分の意見を率直につぶやき、すぐさま話題になった。今年2月に19歳の誕生日を迎える春名さんのフォロワーは、今や20万人を超えたが、この10年間は誹謗中傷との闘いでもあった。
「顔の見えない人たち」からの中傷に対抗するため、春名さんはついに法的措置をとった。裁判所が2019年11月1日、ツイッターで誹謗中傷した投稿者の情報開示をプロバイダ側に命じたというニュースが流れると、フォロワーからは「おめでとうございます」とお祝いの声がたくさん並んだ。
「本気でやれば、ネットは匿名じゃないと示せた」。春名さんはそう喜ぶ一方で、「裁判には時間もお金もかかって、被害者側が損ばかりしている。言ったもん勝ちはずるい」と複雑な心境も明かす。
●誹謗中傷「ちょっとずつ精神が削られて行く」
ツイッターをはじめた小学生時代から、誹謗中傷に悩まされていた。年配の警察官には「芸能界辞めたら」と門前払いされ、劇場への爆破予告も時効を迎えた。
春名さんはこうした日々を「真綿でじわじわ首を締められる生活」と言う。
「フォロワーが多くても、何も強くないと思う。人間として見られていない感じがする。誹謗中傷は慣れていると言っても、ちょっとずつ精神が削られて行く。周りの人に迷惑がかかったらなおさらつらい」
●アルバイトで裁判費用を貯めた
春名さんが年齢を重ねるにつれ、ツイートが話題になるたび噛み付いてくる「野次馬」のような人は減ったが、「長年のアンチ」からの誹謗中傷は続いた。
爆破予告の犯人が捕まらなかったり、中傷に言い返さなかったりするたび、「誹謗中傷自体が、自作自演だろ」と言われた。
警察も対応してくれず、残された手段は民事裁判。とはいえ、お金もかかるためすぐには踏み出せなかった。
さらに、裁判を起こしても、費用倒れのリスクもあると知った。2018年10月、のちに代理人となる田中一哉弁護士に相談した際、「身元を突き止めたとしても、相手が賠償金を払えないケースがある」と説明された。
ツイッターに請求して開示される情報は、IPアドレスとタイムスタンプのみ。そこから投稿者が利用したプロバイダが分かれば、そのプロバイダに対して、投稿者の情報(住所、氏名、メールアドレスなど)の開示を求めることになる。
そうして初めて、投稿者に損害賠償を請求することができるが、ようやく身元が判明したところで、相手が賠償金を支払えるかどうかは分からないのだ。
お金をかけて頑張って裁判しても虚しさしか残らないかもしれないーー。春名さんは「本気でやるぞ」と覚悟を決め、仕事のあいまにコールセンターでアルバイトをして裁判費用を貯めた。「来年からの大学在学中の生活費と学費のために貯めていたお金も裁判費用に回すことになって、悲しかった」とこぼす。
インタビューに応じる春名さん
●悪い人が得をする世界?
まだ未成年でもあり、父が裁判を起こすことに反対していたことから、母が原告となった。ツイートは「彼女の両親自体が失敗作」などと母のことも誹謗中傷していた投稿者を対象にした。
2018年11月、ツイッターに開示を申し立てたところ、12月末にタイムスタンプから4つのプロバイダが判明。そこから投稿者の情報を持っている可能性の高いプロパイダから、順に発信者情報開示請求をおこなったが、結局4回目の裁判でようやく投稿者が判明した。「こんなにいろんなところと裁判しなきゃいけないんだ」と思った。
「なぜ僕はバイトをしているのだろうとか、この裁判のためのお金があったら他にいろんなことできたなあとか、思ってしまう瞬間があって苦しかった。悪い人を懲らしめるのには、たくさんの手続きが必要。悪い人が得をする世界だと思った」
裁判でのプロバイダからの「権利が侵害されたことが明らかであるとは言えない」といった反論にも押しつぶされそうになった。「早く情報を出して欲しいと思った。被害者側からは不信感が募った」とこぼす。
●「被害者が裁判を起こすことの何がいけないのか」
有名人がネットの誹謗中傷にNOを突きつける動きは、当たり前になりつつある。タレントの川崎希さんも10月8日、ネット上での嫌がらせに対して、発信者情報開示請求をおこなったことを公式ブログで公表した。
春名さんはいう。「そうした前例を作っていかないと、いけないと思います。困っている人がいるんだって知ってもらわないと、捜査も踏み切ってくれない」。
有名人には「イメージ」の問題もつきまとう。「色がつくから」、「干されるから」、「将来困るかも」。前の事務所にいた時は「裁判をしないで」とも言われた。でも「イメージってなに?」とも思う。
「裁判をすると、イメージが悪くなるという社会もどうなのかな。もちろん加害者はダメだけど、被害者が裁判を起こすことの何がいけないのかと思って欲しい。人間として嫌なことされたから謝って、って当たり前にいうことの何が悪いんだって」
●裁判は「他の人への抑止力になる」
「訴えることによって、誹謗中傷してくる他の人への抑止力になる。だから、続けることができた」。春名さんは初めての裁判をこう振り返る。ただ、これで終わったわけではない。今後、氏名などが情報開示された投稿者に対して損害賠償請求を予定している。
他の誹謗中傷についても、「今回の裁判がうまくいってお金を支払ってもらえたら検討している。だいぶ先になるかもしれないけど、いつかは絶対やる」ときっぱり。
「普通ならここまでたどり着くにもお金や時間の問題があって挫折する。でも、本当に負けたくないから、ここまで頑張ったので絶対に引かない。いろんな加害者に、悪あがきしても無駄と言いたいです」