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ダイヤモンド・オンライン連載企画/自転車事故で加害者になってしまったら

ダイヤモンド・オンライン連載企画/自転車事故で加害者になってしまったら

震災後の省エネルギー、環境問題への意識の高まりも追い風となって、街でさっそうと自転車を乗りこなす姿を以前よりもよく見かけるようになった。半面、歩行者を相手に自転車側が加害者となる事故も増えているという。道路交通法上は自転車も立派な「車両」。もしあなたが加害者となってしまったら、どのような法的処分が待っているのだろうか。また企業として、仕事で自転車を利用する場合に注意すべきことは。

●クルマがらみの交通事故が減る一方で自転車対歩行者の交通事故は増加傾向

「私は、通勤に自転車を使用しています。先日、いつものように自転車に乗って歩道を走行していたところ、突然女性がビルから出てきました。ビルの入口付近には自動販売機が設置されていたため、女性が歩道に差しかかる寸前まで女性の存在に気付かず、私の自転車が女性に接触し、女性を転倒させてしまいました。

 また、私自身も女性の存在に驚いたのと、女性との接触を回避しようとして無理にハンドルを切ったために転倒してしまいました。私は、額と頬、手のひらに擦過傷を負う程度で済みましたが、女性は転倒した際に側頭部に擦過傷を負い、手首を骨折しました。

 事故後、救急車を呼び、病院まで付き添った上で、私の氏名、住所、連絡先を教え、後日連絡してほしいと伝えて病院を後にしましたが、女性からどの程度の請求をされるのか不安でたまりません。こういうケースでは、私が加害者として一方的に損害を賠償する責任を負うことになるのでしょうか」

 少し前までは自転車での事故といえば、自転車に乗っている方が被害者であることが多かった。ところが最近ではこの質問のように、自転車に乗っている側が加害者となる事例が少なくない。

 警察庁の調査による平成13年と平成23年の交通事故の件数を比較すると、クルマ対歩行者の事故は7万1737件から5万5284件に減少しているにもかかわらず、自転車対歩行者の事故は1807件から2801件に増加している。自転車は道路交通法では軽車両に分類されており、自転車と歩行者の事故は立派な「交通事故」。事故により人に損害を負わせた場合は、損害を賠償しなければならなくなる。

●免許不要でも道交法は適用される。青キップがない分、前科が付きやすい。

 また、自転車に対してももちろん道路交通法は適用され、自転車による交通事故では損害賠償だけではなく、刑事制裁が加えられることもある。

 たとえば酔っ払ったうえで自転車に乗った場合には、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金。信号無視をすれば、3ヵ月以下の懲役又は5万円以下の罰金。歩行者への注意を怠ったり、歩行者が近くにいるときに徐行を行わない等の歩行者妨害を行った場合にも、3ヵ月以下の懲役又は5万円以下の罰金。歩行者と接触しながら逃走した場合には、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処せられることになる。

 なお、自転車の交通違反には、クルマのような交通反則金制度、いわゆる「青キップ」の制度がなく、罰金であってもすべて前科が付く刑事処分となるため、ある意味ではクルマによる事故よりも刑事制裁が重いといえる。

 そして当然のことながら、先に紹介したような交通違反を犯したうえで事故を引き起こせば、自転車を運転する者の過失は大きくなる。場合によっては歩行者側に少々の過失が存在しても、過失相殺により賠償額が減額されないということにもなりかねない。

 また、あまり知られていないが、自転車は13歳未満の子ども、70歳以上の老人、特別に走行が許可されている場合等の例外を除いて歩道を走行することは許されておらず、車道の左側を走行しなければならない。つまり例外的な場合を除き、自転車で歩道を走行していること自体が交通法規に反する行為となり、そのうえで歩行者と接触するなどして事故を起こした場合、自転車運転者に大きな過失が存在するということになりかねない。

 それでは、自転車に乗っていて交通事故を起こした場合、どの程度の賠償を求められることになるのだろうか。

●クルマだろうと自転車だろうと賠償すべき損害に変わりはない

基本的にはクルマによる交通事故と同様で、損害賠償の対象となるのは治療費(治療にあたり装具や器具が必要になる場合にはその費用も含まれる)、入院費(付添看護が必要な場合には看護費も含まれる)、通院等の交通費、休業補償、後遺症が残存した場合の将来の逸失利益、入通院慰謝料、後遺症慰謝料、物を棄損した場合の賠償等となる。。

 入院費や通院等の交通費については、実際に発生した費用になる。休業補償は被害者の収入を基準に、実際に休業せざるを得なくなった期間に応じて金額が決定され、将来の逸失利益も被害者の収入を基準に、後遺症の程度に応じて賠償額が決定される。また、入通院慰謝料は入院期間や通院期間に応じて、後遺症慰謝料は後遺症の程度に応じて金額が決定される。

 自転車事故の裁判例では、下記のように多くの高額賠償を命じた事例がある。

・夜間に無灯火で自転車を走行させながら、携帯電話の操作に夢中になっていたところ女性と衝突し、女性に重大な障害を負わせ、約5000万円の賠償を命じられた

・道路の右側を走行中に対向してきた主婦の自転車と接触し、主婦が転倒して後日死亡。約2600万円の賠償を命じられた

・混雑した歩道で主婦とすれ違った際に、自転車のハンドルが主婦のショルダーバッグの肩ひもにひっかかり転倒。約1700万円の賠償が命じられた

 こうした事例等、個々の自転車事故による賠償金額の算定については、「交通事故 Songai Baisyo ドットコム」 の「自動損害計算ツール」で試算してみてほしい。前記の裁判例のような重大な障害を負わせていない事故であったとしても、多くは驚くような算定結果になると思う。

●交通事故の治療で健保使用はレアケース医療費の賠償は高額になりがち

さて、冒頭の質問の事例に戻ろう。被害に遭われた方は45歳の主婦で、通院期間2ヵ月、30日間家事を行うことができず、むち打ち症により後遺障害等級14級の後遺症が残存したとする。この場合、休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、後遺症慰謝料だけで、約250万円程度の損害を賠償しなければならない可能性があり、さらにこの金額に加算して、治療費や交通費、物損の賠償を求められることになる。

 ここで注意しなければならないのは、交通事故による治療で健康保険等の保険が適用されるのは希なケースだということだ。被害者側が市役職、区役所に対して「第三者による傷病届」を提出すれば健康保険を使用することができるのだが、一般にはあまり知られていないため、被害者側でこの届出をする人は少ない。また病院側も、自由診療の方が診療点数が高いため健康保険の適用を喜ばず、結果として自由診療での治療が継続されることがある。なお、仮に保険を適用して治療を受けていたとしても、事故であることが判明すれば、後日、健康保険から立て替え分の清算を求められることになり、いずれにせよ治療費は高額になる。

 このように、たとえ自転車による事故であったとしても、人にけがを負わせると高額な損害賠償を負担しなければならなくなる可能性があることについてはご理解頂けたと思う。加えてさらに注意を要するのが、冒頭の事例のように通勤途中や営業中に自転車による事故を発生させた場合には、勤務先や事業主が責任を負うことになりかねないという点だ。

 勤務先の会社や事業主は、従業員等が業務を行っている際に第三者に対して損害を加えた場合には、その損害を賠償する責任を負っている。この会社や事業主が負う責任は、従業員等が営業などの業務を行っている場合だけでなく、通勤や帰宅の途中であっても責任を負うことがある。さらには休日に起こした事故であったとしても、自転車に社名や事業者の名称が記載されているなど、自転車の使用が会社や事業主の業務であるとの外観が備わっている場合には、損害賠償義務を負うことがあるのだ。

 とくに自転車事故の場合、たとえば未成年者のアルバイトなど自転車を使用していた本人の賠償能力が十分でないケースも多いこともあり、被害者としては勤務先の会社や事業主を対象とした損害賠償の請求を行うことが少なくない。つまり従業員に自転車での通勤や営業活動を認めている会社や事業主は、従業員がクルマを使用して通勤や営業活動を行っている場合と、同等の注意が必要といえる。

●クルマなら常識の任意保険。仕事で自転車を使うならぜひ加入を。

クルマの場合は自賠責保険という強制加入の保険制度が存在し、自賠責保険でも賠償しきれない場合に備えて任意保険に加入するのが一般的。自動車事故の被害者は、加害者が加入している自賠責保険や任意保険から、治療費の立て替え払いや治療終了後の損害賠償を受けることができる。一般に任意保険の人身傷害補償は無制限であることが多く、加害者が任意保険に加入している限り、被害者が損害の一部しか賠償されないことはほとんどない。

 他方、自転車の場合は、被害者に重大な被害を及ぼす可能性があり、被害者への賠償についても高額になる可能性があるにもかかわらず、筆者の認識では保険に加入されている方は少ない。自転車による事故であってもクルマによる事故と同一の基準で損害賠償を行うことになり、賠償額が高額化する可能性があることを考慮すると、自転車を運転する方、自転車による通勤や営業活動を認めている会社や事業主の方には、自転車により引起こされる交通事故に備えて保険に加入することをお勧めする。

 自転車保険に加入していると、自動車事故の場合と同様に、事故後の被害者との折衝や治療費の立て替え払いを行ってくれるため、被害者とダイレクトに接触をとる必要がない。加害者は加害者意識が先行し、被害者に自身の主張を行うことを躊躇することがあり、結果として被害者から要求されるまま、過大に治療費や休業損害などの賠償を行ってしまうケースもある。

 また、相手に過失が認められる場合であっても、冒頭の事例のように相手の被害の程度が大きい場合に、自身の治療費等の請求を行うことが事実上できなかったりもする。このような事態を回避する意味でも、リスク回避のための自転車保険への加入を検討すべきだろう。

 最後にまとめると、自転車はクルマと異なり免許制度が存在しない。また、自転車の場合には、自動車と比較して重大な事故が発生する確率が低いため、多くの方が自転車による交通事故というリスクを意識していない。しかし、自転車による交通事故であっても重大な被害を及ぼすことがあることを意識する必要がある。

 また、仮に、自転車による事故を引き起こしてしまった場合にも、被害者の被害の程度を確認し、必要であれば救急車を呼ぶ等、クルマによる交通事故と同様の対応を行う必要がある。

 また、冒頭の事例のように通勤途中や営業を行っている最中に自転車による交通事故を引き起こしてしまった場合には、勤務先の会社や事業主にも責任が及ぶ場合があるので、速やかに勤務先の会社や事業主にも連絡し、今後の対応を協議する必要がある。また被害者がある程度の治療を要する場合については、自転車を使用していた方や勤務先の会社、事業主だけで対応するのではなく、弁護士を介して被害者の方と折衝することを検討すべきだろう。

*本記事で紹介した事例は、筆者が扱っている実際の例を元にしていますが、事実関係については一部省略等しており、正確なものではありません。

プロフィール

冨宅 恵
冨宅 恵(ふけ めぐむ)弁護士 スター綜合法律事務所
大阪工業大学知的財産研究科客員教授。多くの知的財産侵害事件に携わり、プロダクトデザインの保護に関する著書を執筆している。さらに、遺産相続支援、交通事故、医療過誤等についても携わる。「金魚電話ボックス」事件(著作権侵害訴訟)において美術作家側代理人として大阪高裁で逆転勝訴判決を得る。<https://www.youtube.com/c/starlaw>

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