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89歳男性、死傷事故で逮捕 逮捕されなかった飯塚幸三氏と何が違ったのか
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89歳男性、死傷事故で逮捕 逮捕されなかった飯塚幸三氏と何が違ったのか

11月17日に大阪府の大阪狭山市のスーパーマーケットで、89歳の男性が運転する車が通行人に突っ込む事故があった。大阪府警黒山署は男性(89)を自動車運転処罰法違反(過失致傷)の疑いで現行犯逮捕した。

NHK(11月17日)によると、この事故で男性一人が亡くなり、女性二人が重傷を負った。男性は「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と話しているという。

高齢ドライバーが起こした死傷事故は相次いでいるが、東京・池袋で2019年4月19日、旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三受刑者(事故当時88歳)が運転する乗用車が暴走して、自転車に乗っていた母娘が亡くなった事故では、飯塚受刑者は事故直後に逮捕されていなかった。そのためネット上で「上級国民だから逮捕されないのか」といった反発が上がるなど、大きな関心を呼んだ。

一方、今回の事故では運転していた男性が現行犯逮捕されていることから、ネット上では「何故この人は現行犯逮捕?」「職業不詳だと高齢者でも逮捕されるのだろうか」と疑問の声が上がっている。

なぜ、男性は逮捕されたのだろうか。飯塚受刑者の事故との違いは何か。坂口靖弁護士に聞いた。

●現場の警察官らの判断になる

——そもそも、どのような場合に逮捕されるのでしょうか

法律上、逮捕される場合というのは、住所不定または逃亡や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由が存在している等という場合になります。

今回の交通事故に関しては、スーパーマーケットの駐車場における交通事故であり、「防犯カメラの映像」や「事故車両」、「事故による店舗損壊状況」等、隠滅が不可能である客観的な証拠が十分に存在しているものと考えられます。

そして、運転者においてもアクセル等の踏み間違えを認めているとの事情も存在していることからすれば、罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由は、通常認めることはできないと思われるところです。

他方で、今回の交通事故においては、男性1名が死亡し、女性2名の方が重症を負ったという極めて重大な結果が生じています。

この結果の重大性という事情から、重い刑罰を回避したい等の理由から逃亡等の可能性があるなど、と考えるということもあり得ますが、基本的な事実関係を認めている上で、しっかりとした住居がある、ということであれば、逃亡等に至る可能性というのも、原則的には認めがたいと考えられるところです。

したがって、本来は、今回の交通事故においては、結果が極めて重大であるという事情等を考慮したとしても、逮捕する要件は認められないと考えられます。

——では、なぜ今回は現行犯逮捕されたのでしょうか

以上のような考え方が法律の建前にはなるところですが、今回のような現行犯逮捕の場合においては、裁判所の令状審査を必要とせず、現場の警察官らの評価、判断で逮捕することができますので、今回の事故のように、逮捕されてしまうということは非常に多くあります。

この点、警察官らにおいては、被害者死亡等の重大な結果が生じている場合、その結果の重大性から重い刑罰を課される可能性があるなどし、逃亡や罪証隠滅に至る相当な理由があるなどと「安易に」評価、判断し、逮捕する、ということも非常に多いところです。

したがって、現行犯逮捕の場合、現場の警察官らの安易な評価判断によって、逮捕されるか否かが決定されてしまう、というのが実情になります。

今回の交通事故においては、このような現場での評価判断によって、罪証隠滅や逃亡の可能性が認められるものと判断され、逮捕されてしまった、ということになります。

●完全に公平な運用がなされているとは言い難い

——池袋暴走事故では、逮捕まではされませんでした

池袋暴走事故に関しても、繁華街での事故であり防犯カメラやドライブレコーダー映像の存在や事故車両、事故による損壊状況、など、今回の交通事故と同様に、「隠滅することが不可能であると考えられる客観的証拠」が多数存在していたものと考えられ、その点は今回の交通事故と同様であるものと考えられます(したがって、罪証隠滅の可能性はない)。

また、池袋暴走事故においては、当時、被疑者であった運転者は、社会的地位もしっかりとし、住居等も安定した人物であるという事情も考慮され、警察の現場での評価判断において、逃亡や罪証隠滅の可能性は無いと考え、逮捕にまでは至らなかったものと考えられるところです。

この点、池袋暴走事故に関しては、運転者はアクセルの踏み間違いを否認していましたので、今回の交通事故の事実関係を認めている運転者と比較すると、池袋暴走事故の方がどちらかと言えば、逮捕されやすい状況にはあったように思われるところではあります。

しかし結局は、怪我を負って入院していたことなどから逃亡等の可能性はなく、逮捕の要件や必要性は認められない、と評価判断され、逮捕にまでは至らなかったものと考えられます。

この点、池袋暴走事故との比較から、不公平である、等との批判が出るというのは、とても理解できるところではあります。

——現場の警察官などの判断で変わるということですね

池袋暴走事故と今回の交通事故の被疑者の「具体的な生活状況」や「具体的な証拠の存在状況」など細かい事実関係には差があるということや、このような交通事故の現行犯逮捕事件においては、現場の警察官らによる評価判断によって、逮捕されるか否かは変わってしまう面が非常に大きいということから、このような差が生じていると思われます。

以上のように、現行犯逮捕の有無については、現場の警察官らの判断になるため、完全に公平な運用がなされているとは言い難いところではありますが、勾留については、裁判所による審査が経由されますので、逮捕よりは公平な運用に近づいているところではあります。

今回の交通事故においても、逮捕されてしまいましたが、この後、10日間勾留されるか否かという点については、しっかりとした弁護活動を受けられれば、勾留されずに釈放される可能性も高いように思われます。

プロフィール

坂口 靖
坂口 靖(さかぐち やすし)弁護士 プロスペクト法律事務所
大学を卒業後、東京FM「やまだひさしのラジアンリミテッド」等のラジオ番組制作業務に従事。その後、28歳の時に突如弁護士を志し、全くの初学者から3年の期間を経て旧司法試験に合格。弁護士となった後、1年目から年間100件を超える刑事事件の弁護を担当。以後弁護士としての数多くの刑事事件に携わり、現在に至る。YouTube「弁護士坂口靖ちゃんねる」 <https://www.youtube.com/channel/UC0Bjqcnpn5ANmDlijqmxYBA> も更新中。

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