「ウィーン、ウィーン!ウィーン、ウィーン!」。お盆休みを翌週にひかえた8月8日午後4時56分。日本各地のオフィスや電車、家庭に、不気味なアラート音が鳴り響いた。携帯電話の「緊急地震速報」だ。
気象庁から発せられた速報は、近畿地方を中心に、広範囲で大きな地震が発生すると告げていた。ところが、これは過去最大級の誤報だった。同庁はすぐに記者会見を開いて謝罪。その後の調査で、誤報の原因は陸上中継局(静岡県御前崎市)にある装置の不具合だったことがわかった。
誤報は単に人騒がせというだけではなく、交通機関の混乱も招いた。東海道新幹線では、小田原・新大阪間で上下計56本が遅れ、約5万6千人に影響が出たという。
大地震が実際に起きるよりは「誤報」の方がましには違いないが、もしこの誤報の影響で、商談に間に合わず損害が発生したような場合、国に損害賠償を請求することはできるのだろうか。伊藤隆啓弁護士に聞いた。
●今の緊急地震速報は完璧ではなく、測定や予測に誤りはつきもの
「緊急地震速報は、地震の最初のわずかな揺れから各地の揺れを予想し、発表するものです。警報(最大震度5弱以上)、予報(最大震度3以上またはマグニチュード3.5以上等)の2種類があります。最大震度6弱以上の警報は、今年8月30日から運用が開始される特別警報に位置づけられます。法律上、警報を出せるのは気象庁だけです」
――国に対して「誤警報の責任をとれ」と言える?
「国に対し、誤報の影響で発生した損害賠償責任を追及するということであれば、装置の不具合に関し、公務員の不法行為(国家賠償法1条1項)や、営造物の設置または管理の瑕疵(同法2条1項)などを理由にして、訴えを起こすことになるでしょう。
ただ、『その行為がなければ生じなかった全損害』の賠償責任までは追及できません。範囲が広すぎるからです。一般に、不法行為に基づく損害賠償の範囲は、違法な行為との間に通常予期し得る(相当因果関係がある)損害の賠償に限ると考えられています」
――それでは今回のような場合、賠償は認められる?
「認められないでしょう」
――なぜ?
「そもそも、今の緊急地震速報は完璧ではありません。測定や予測に誤りはつきものですし、誤りが生じる原因もシステムの不具合だけではありません。
しかし、だからといって止めてしまえというわけにはいきません。地震多発国である我が国においては、地震による災害を減らし安全を確保するために、国には早急に緊急地震速報の利用を国民に促す公益上の要請があるからです。
また、たとえ原因がシステムの不具合であっても、よほど重大なケアレスミスでない限り、『公務員の不法行為』や『営造物の設置・管理の瑕疵』とはいえないでしょう」
――現時点で完璧なシステムはあり得ないのだから、「そういうもの」として利用しろということ?
「そうですね。本来、緊急地震速報は、国民一人一人が、そうした限界・課題を十二分に理解した上で活用・対応すべきものです。国から提供された緊急地震速報に対して、どのように活用するか、どのように対応するかは、各公共交通機関や国民一人一人の判断と責任に委ねられているからです。
こうした緊急地震速報の特性を考慮すれば、国の行為と、緊急地震速報への対応によって各人が被った経済生活上の損害との間に、相当因果関係を認めることはできないと考えます」
――それでは、国の責任をどう考える?
「確かに緊急地震速報で誤報を出せば、国民生活に多大な影響を及ぼすことは否めません。したがって、万が一誤報があれば、速やかに原因・対策を国民に説明し、その都度改善していくべきであることは言うまでもありません。
ただ、緊急地震速報は、世界に類を見ない情報であり、被害を大きく減らすための画期的な情報です。誤報に対して、ただ批判するだけでなく、誰もが緊急地震速報の効果を享受できるような環境づくりを支援することが、私たち国民のあるべき姿勢だと思います」