朝日新聞社は1月5日、記者会見を開き、「信頼回復と再生のための行動計画」を発表した。この行動計画は、社内外の委員で構成される「信頼回復と再生のための委員会」で議論された内容をふまえて作成された。ジャーナリストの江川紹子さんや社会学者の古市憲寿さんら4人の「社外委員」は記者会見に現れなかったが、それぞれのコメント(各400字程度)が公表された。
江川さんは「記者には、強い使命感に加え、しなやかな思考と柔軟な発想も求められます」としたうえで、「朝日新聞には、物事の実相を、その複雑さも含めて伝え、複眼的なモノの見方を提示し、人々が考える材料を届けるメディアとして再生して欲しい」と要望した。
また、古市さんは「組織に長くいると、どんなに優秀な人であっても、その価値観を疑わなくなってしまいます。僕の言葉で言えば『おじさん』。社会とずれた存在になってしまう」と指摘しながら、「今回の一連の問題というのも、朝日新聞社の組織自体の経年劣化、人材の経年劣化がもたらした事態なのでしょう」と分析した。
そのうえで、「恒常的に新しい価値観を取り入れられるような仕組みをどれだけ作れるか、一方で不合理なものを終わらせられるかに、朝日新聞の再生と延命がかかっている」とコメントしている。
4人の社外委員のコメント全文は以下の通り。
●「人々が考える材料を届けるメディアに」江川 紹子さん(ジャーナリスト)
社外委員としての活動を通して、ジャーナリズムのあり方についても、改めて考えさせられました。ジャーナリズムの最も重要な役割は、人々が考えるための材料を的確に提供することでしょう。そのためには、まずは事実に対し誠実であること。朝日新聞の社員には、そこを肝に銘じてもらいたいと思います。
権力監視は、これからも重要です。ただ、権力のありようは以前より多様化しています。国家機関が情報を独占し、秘密保護を強化する領域が存在する一方、役所と市民が協働関係にある分野もあります。見つめる記者には、強い使命感に加え、しなやかな思考と柔軟な発想も求められます。
エネルギーの問題にしろ、国際関係にしろ、世の中は複雑化しています。なのに、ひどく単純化した物言いが社会に蔓延し、極論が横行している状況です。これでは、改善に向けての建設的議論ができません。
朝日新聞には、物事の実相を、その複雑さも含めて伝え、複眼的なモノの見方を提示し、人々が考える材料を届けるメディアとして再生して欲しいと思います。一読者として、今後を注視しています。
●「不都合な事実から目をそらす、社の体質に向き合うべき」国広 正さん(弁護士)
複雑な現実社会には多くの事実が存在し、報道には、必然的に記者による主体的な事実の取捨選択を伴います。ただ、その事実の選択はフェアでなければなりません。そうでなければ、報道機関の力の源泉である「信頼」を失うことになり、権力監視どころではなくなります。
フェアで説得力のある記事は、他者に向ける厳しいまなざしを自らにも向ける自律性、すなわち記者一人ひとりの職業倫理(プロ意識)からしか生まれません。
朝日新聞の問題は、「権力を監視しなければならない」という過剰な使命感が職業倫理に優先し、自らのストーリーに合う事実をつまみ食いし、不都合な事実から目をそらすフェアでない記事が大きな見出しで載る点にあります。この問題は、長年にわたって醸成された朝日新聞の体質に起因する面も大きいのではないかと考えます。
信頼回復には、個々の社員が朝日新聞の体質に向き合うことが不可欠です。社内外の抵抗も強いでしょう。しかし、それを乗り越え、信頼される新聞に再生することが朝日新聞の社会的責任なのです。
●「次に同じ問題が起きたら廃刊を覚悟すべき」志賀 俊之さん(日産自動車副会長)
最初の会合で「再生する以上、なくては困る存在だと思ってもらえないと再生する意義はない」と言いました。事実に公正、多様な言論の尊重、課題解決策の模索、という三つの理念がブランドとしてしっかり認知され、お客さんが増えてくれば、真の再生につながるでしょう。
同じ再生でも、ターンアラウンドという言葉は一時的な業績回復を意味するのに対し、日産リバイバルプランで使ったリバイバルという表現は、継続的に体質改善がなされる再生です。朝日新聞にとって必要なのも、存在意義を持って読者・社会に受け入れられ、持続的に価値を生み出す再生です。
次に同じ問題が起きたら廃刊を覚悟しないといけません。そうした危機感を継続的に醸成することが重要です。
名古屋で会った朝日の社員も言っていましたが、新聞社には謙虚さと正義感のバランスが大切です。渡辺雅隆社長には、社長への信頼が社内外から高まることが、朝日新聞に対する信頼につながると話しました。会社が元の体質に戻る形状記憶合金にならぬよう、謙虚な人柄と強いリーダーシップで再生を進めてほしいと思います。
●「新しい価値観を取り入れる仕組みを作れるか」古市 憲寿さん(社会学者)
朝日新聞で、なぜ今回のような問題が起こってしまったのでしょうか。一つは、組織に長くいると、どんなに優秀な人であっても、その価値観を疑わなくなってしまいます。僕の言葉で言えば「おじさん」。社会とずれた存在になってしまうのです。やはり、人は常に新しい価値観に触れていないと、劣化していくのだと思います。
今回の一連の問題というのも、朝日新聞社の組織自体の経年劣化、人材の経年劣化がもたらした事態なのでしょう。社内の意見交換会などの場で、若手中心に社員の方たちに話を聞き、現場には多くの答えがあるように思いました。特ダネ偏重主義というものはもういいのではないか、とか、新聞というのはもはや速報性の時代ではなくて、一つのトピックに関して掘り下げていく時代なのではないかとか、女性が働きやすい会社にしていくべきではないかとか。
これから、恒常的に新しい価値観を取り入れられるような仕組みをどれだけ作れるか、一方で不合理なものを終わらせられるかに、朝日新聞の再生と延命がかかっていると思います。
以上