東京都内で働くKさんは、近所のバーに飲みにいったとき、テレビドラマの一場面のような出来事に巻き込まれた。男女の「恋愛のもつれ」のトバッチリを受けたのだ。
そのバーは、カウンターが8席だけという小さな店。Kさんが久しぶりに会った友人と酒を飲みながら話をしていると、横から突然、液体のようなものが飛んできた。おどろいて隣を見ると、そこに座っていたカップルがもめていた。女性は男性の頬に強烈な平手打ちをしたあと、そのまま席を立って店を出ていった。
Kさんのほうに飛んできたのは、女性が彼氏の顔にぶちまけた、赤のグラスワインだった。男性は、Kさんとバーのマスターに謝り、カウンターに1万円札を2枚おくと、女性を追いかけるように慌てて店をあとにした。
Kさんにとって災難だったのは、お気に入りのジャケットが汚されてしまったことだ。大きなワインのシミができて、クリーニングに出しても完全には落ちそうにない。Kさんは「バーで起こったトラブルなのだから、バーに責任がある」と考えているのだが、こうしたケースで、バーに服の弁償を求めることはできるのだろうか。吉成安友弁護士に聞いた。
●バーに求められる義務とは?
「『バーで起こったトラブルだから』というだけで、バーに責任があるということにはなりません。
今回のケースでは、バーの店員が、喧嘩をけしかけたり、あおったりしたわけではありません。客のカップルが痴話喧嘩をして突然彼女が彼氏にお酒をかけたということです。
バーに責任があるとは考えられません」
吉成弁護士はこう説明する。なぜ、そう言えるのだろうか。
「法律の原則論からいうと、『何もしなかったこと』について責任が発生する場合というのは、『何かをしなければならない義務があったこと』が前提となります」
今回のケースでは、店側に「何かをしなければならない義務」がなかったのだろうか。
「たしかに飲食店は、顧客との間で、注文を受け付けた飲食物を提供する義務を負うだけでなく、顧客の安全に配慮する義務も負います」
顧客の安全に配慮する義務を負うのは、どんな場合だろう。
「2歳の男児が、飲食店の2階の出窓から転落し、その責任が店側にあるかどうか争われた裁判がありました。
裁判所は、店の出窓について『幼児や酔客も含む飲食店の不特定多数の客が触れる可能性のある備品』と判断し、『通常有すべき安全性』が要求されるとしました。
結論として、転落防止のための柵を設置する措置などを講じていなかった出窓について、『通常有すべき安全性』を有していなかったと認定し、店側の責任を認めました」
●「通常想定される事態ではない」
この裁判所の判断をどう解釈すればいいのだろうか。
「店は、『あらゆる事態に備えて完全に客の安全を確保しなければならないわけではない』ということです。
そのことを判断するために、裁判例でも、備品について『通常有すべき安全性』があるかどうかが、検討されたわけです」
今回のバーについては、どう考えればよいだろう。
「『カップルの痴話喧嘩の末、彼女が彼氏にお酒をかける』というのは、通常想定される事態ではありません。
他の客が被害を受けないようにする措置を講じていなくても、安全配慮義務違反は認められないでしょう」
吉成弁護士はこのように話していた。どうやらお酒を飲むときは、隣のカップルが仲良くやってるかどうか、ちゃんと確認したほうがよさそうだ。