横浜地裁でおこなわれた教員の性犯罪事件の裁判をめぐり、横浜市教育委員会がこのほど、多数の職員を動員して傍聴させ、第三者が傍聴できない事態が発生していたことを明らかにした。
東京新聞の報道などによると、市教委は、市の教員による生徒へのわいせつ事件において、計8回の裁判で「のべ371人」の職員を動員し、傍聴席を埋めた。理由として、被害者のプライバシー情報が拡散されるのを防ぐためだったとしている。
傍聴の呼びかけは、傍聴可能な職員の人数を部署ごとに事前調整し、「集団で来たことが分からないよう裁判所前の待ち合わせは避けて」「裁判所内や近くでの被害者名、校名の口外は控えて」といった注意喚起もおこなわれていたという。
市教委はすでに、傍聴の呼びかけを今後実施しない旨を関係部署に通知したようだが、そもそも傍聴席を職員で埋めることが被害生徒のプライバシー保護につながっていたのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。
●職員の動員「まったく必要ない」
被害生徒のプライバシーを保護する目的だったということですが、そこまでする必要性があったでしょうか。また、他者の傍聴する機会を奪ってしまった点について法的な問題はなかったのでしょうか。
以下では、市教委の取った職員を動員して傍聴席を埋めるという手段の必要性・相当性について検討します。
──プライバシー保護のために傍聴席を職員で埋める必要性はあったのでしょうか。
結論から言うと、被害生徒のプライバシーを保護するために職員に傍聴させて法廷を埋めてしまうような措置について、そこまでする必要性はまったく認められません。
裁判所は、性犯罪等の被害者の氏名及び住所その他被害者を特定することとなる事項について、公開の法廷でこれを明らかにしない旨の決定をすることができるとされています(刑事訴訟法290条の2)。
この場合、起訴状の朗読等の訴訟手続は、被害者の氏名等を明らかにしない方法でおこなわれます(刑訴法291条2項)。被害者側から担当検察官に申し出て、検察官が裁判所に通知します。通知を受けた裁判所は、被告人または弁護人の意見を聞いたうえで被害者特定事項を明らかにしない旨の決定をおこないます。
つまり、法廷では性犯罪被害者の実名を読み上げることはせず、「Aさん」や「Bさん」と呼ぶことにより被害者の氏名等のプライバシー権を保護する制度が整備されているのです。
このような制度ができる前の出来事であれば横浜市教育委員会の取った措置もまだ理解できますが、制度は既に2007年から施行されているのです。被害者側から担当検察官に上記申出をしてもらえば、法廷において被害者特定事項を匿名化してもらえますので、職員を動員して傍聴席を埋める必要性などまったくないのです。
横浜市教育委員会はこの制度があることをまさか知らなかったのか、それとも身内の事件なのでとにかく外部から隠ぺいしたかったのかと疑われても致し方ないと思われます。
●妥当な手段とは到底言えず「公開裁判の原則を没却する」
──傍聴席を職員で埋めたことで第三者の傍聴を妨げるなどの影響があったようです。
この点については、横浜市という地方自治体、すなわち公権力が個人の傍聴の権利を侵害したのではないかが問題となります。
裁判の公開は憲法で保障されているものです(憲法82条)。裁判を密室ではなく誰でも傍聴できる公開の法廷で行うことにより公平な裁判を保障する趣旨です。
ただし、同規定は裁判を公開法廷で行うという制度を保障したものであり、個人の傍聴する権利まで認めたものではないとされていますので(最高裁平成元年3月8日判決、レペタ事件)、市教委の措置により裁判を傍聴できなかった人がいたとしても横浜市に対し損害賠償請求はできないという結論になります。
しかしながら、法的に個人の権利を侵害したとまではいえなくても、横浜市の取った措置は法廷の傍聴席を身内で埋めてしまい外部から見えないようにしていたことから、公開裁判の原則の趣旨を没却するものと言わざるを得ません。市教委の措置は手段の相当性からみても明確に逸脱しています。
市教委の措置は必要性も相当性もまったく認められず、限りなく違法に近い「不当」に該当することは明らかです。