名古屋刑務所で刑務官が受刑者に暴行などを加えていた事件をめぐり、法務省は再発防止の取り組みの一環として、2024年4月から受刑者を「さん」付けして呼ぶ運用を全国の刑務所で始めると発表した。
これに対して、すでに「さん」付けを導入している刑務所で服役している受刑者からは「極端な気がする」などの反応が寄せられている。
現場の刑務官からは「そもそも人材育成の仕組みに問題がある」と、国が進める対策に疑問を呈する声が上がっている。(弁護士ドットコムニュース編集部・一宮俊介)
⚫︎強盗犯「違和感がある」 殺人犯「極端な気がする」
法務省や報道によると、名古屋刑務所では2021年11月~2022年9月、若手の刑務官22人が受刑者3人に暴行や暴言を計400件以上繰り返し、そのうち13人が特別公務員暴行陵虐などの容疑で書類送検され不起訴(起訴猶予)になったという。
この事件の問題を検証してきた第三者委員会は昨年6月、「人権意識の希薄さや規律秩序を過度に重視する組織風土」「若手刑務官1人で多数の処遇上の配慮を要する受刑者を担当する勤務体制」など6つの要因を挙げ、組織風土の変革などを求める提言書を法務大臣に提出した。
これを受けて法務省は、再発防止策として刑務官への小型カメラの装着など計68の取り組みに着手すると説明している。
受刑者への「さん」付けはこうした一連の取り組みの一つで、すでに各地の刑務所で導入され始めている。記者は取材活動の一環で普段から複数の受刑者と手紙のやり取りを続けているが、「さん」付けについての感想が早速寄せられている。
強盗事件を起こして少年刑務所に入っている男性からの手紙には「受刑者に『さん』付けをするのがオヤジ達の間で始まりました。違和感があります(笑)」と書かれていた。
少年刑務所にいる受刑者からの手紙
また、殺人などの罪で西日本の刑務所に服役している無期懲役囚の男性からは以下のような内容の手紙が送られてきた。
<刑務所の処遇で、最近変わったものとして、刑務官の方が「〜さん」と呼ぶようになりました。 私個人の意見としては、指導する立場にあられる方々なので、呼び捨てでも構わないと思うのですが、4月をめどに完全にそうなるようです。 「お前」とか「おい」とかで呼ぶのは論外としても、「〜さん」と呼ぶのは、極端な気がします。 政府としては、人権に配慮してということでしょうが、もっと他の部分を改善してもらいたいと思いますね。 特に医療面では、改善することで、経費もおさえられると思うんですけどね。>
⚫️さん付けに刑務官は疑問 「反対に目が届かなくなるかも」
今回の「さん」付け導入について、現場の刑務官にも話を聞いた。
ある男性の刑務官は「ほとんどの刑務官は抵抗があると思う。受刑者の実態はあまり知られていないと思うが、刑務所には暴力団や反社の人たちが多く収容されている。海千山千の連中がいる中で、さんで呼ぶことで改善や更生、規律秩序の維持を果たせるのか。受刑者と刑務官の立場が逆転することを懸念する職員は多い。刑務官がよそよそしくなっていくこともあると思うし、そうなると受刑者に関わる距離が遠くなって反対に目が届かない状況が出てくるかもしれない」と話した。
名古屋刑務所では2001〜2002年に刑務官が受刑者を死亡させる事件が起きている。今回も事案が発覚してから視察委員会に適切に説明しなかったなど、多くの組織的な問題が指摘されている。
前出の刑務官は、今回の事件に関わった若手刑務官たちが新型コロナ禍で採用された世代に重なる点を挙げ、警察官や消防士の研修制度と比較した上で、「そもそも刑務官の人材育成に手抜かりがあるのが問題。あり方を見直すべきです」と話した。