ジャニーズ事務所や学習塾での性加害問題など、子どもにまつわる事件が後を絶たない。浮き彫りになったのは、本人が被害だと認識しづらいことや、声を上げにくいという現実だ。私たちは本当に子どもたちの「声」に耳を傾け、向き合えているのかーー。
「被害が見えないから『ない』のではなく、周りの大人の感度の問題だ」と、虐待問題などに詳しい松原拓郎弁護士は語る。松原氏ら子どもを担当する弁護士たちが、より多くの人に現実を知ってもらおうと、自ら舞台に立つ。
家庭や学校で居場所を失った子どもを受け入れるシェルターの協力を得て、実話をもとにした演劇が10月7日、8日に東京で上演される。
●現場のリアルを伝える芝居
9月末の平日夕方、東京・霞が関の弁護士会館の一室で稽古が始まった。演者・スタッフ関係なく意見交換が活発で、和気あいあいとした雰囲気だ。みながフラットな立場でいられるよう、弁護士を「先生」と呼ぶのは禁止にしているという。
「もっと絶望した感じで」「大人に期待してないって気持ちかな」
自身も子育てをし、舞台女優や脚本・演出など幅広く活躍する金井麻衣子さんの演出は、今回で3回目。「もがれた翼」の制作に協力する社会福祉法人「カリヨン子どもセンター」の運営するシェルターにも取材に訪れた。現場のリアル感を大切にしていて、主役を務める高校生に対し、声色や表情、間など細やかに指示する。
●現実を知り、考えるきっかけに
1994年の子どもの権利条約批准をきっかけに始まった「もがれた翼」は今年で28回目。東京弁護士会の「子どもの人権と少年法に関する特別委員会」の活動の一環で、20〜30代を中心に10人超の弁護士が所属し、スタッフを含めた劇団のメンバーは30人を超える。
脚本は勉強会や話し合いを重ね、複数の実話をもとにして作られた。「子どもの声を聴く」という今回のテーマの背景には、2022年の子ども基本法の制定や児童福祉法の改正により、子どもアドボカシー(子どもの意見表明を支援すること)の大切さが意識されるようになったことがある。
新型コロナウイルスの影響で、リアルの上演会は4年ぶり。生の舞台を経験するのが初めてで、重要な役を務める大井淳平弁護士からは緊張感が漂ってきた。
1カ月の稽古を経て、演劇に加わった子どもたちは「驚くほど変わる」と松原氏は語る。演劇を通して、自分のことを語れるようになるといった成長も見られるという。
この夏「カリヨン子どもセンター」でインターンをしている慶應義塾大学2年の増子なつさんも裏方として舞台づくりに携わる。「役は持っていないけれど、子どもの権利について日常的に考えるようになり、勉強になっています」と話す。
松原弁護士(2023年9月29日、弁護士ドットコム撮影)
●「『声を聴く』ことは本当に難しい」
「子どもの意見表明権」と言っても単純な問題ではない、と子どもに関わる弁護士活動を20年以上続けている松原氏は強調する。
話すのが苦手な子や、過去に裏切られた経験から大人を信頼していない子など、なかなか話してくれない子も多い。また話す相手やタイミングによって表に出す気持ちは変わってくるため、安心して話せる関係性の構築が必要だ。「理解したつもり」になって失敗することも多く、「わからないものなんだ、ということがわかってきた」と語る。
子どもを担当する弁護士のことを、業界では「コタン」と呼ぶことが多い。松原氏や、他のコタンのメンバーにとって、役を通して客観的に自身の立場を見ることは、弁護士としての子どもとの関わり方を省みる機会になるのだという。
また、子どもは自分のされていることが被害だと認識できないこともあり、そのような場合は自ら訴えることは難しい。「子どもに声を上げることを求めるのではなくて、大人がいかに気づけるかが課題です。見えないから、聞こえないから、被害がないのではありません。周囲の大人が想像力を持って子どもに向き合うことが、子どもを救うことにつながるはずです」(松原氏)
<舞台情報> 「もがれた翼 パート28 シン・フォニィ」
(日時)10月7日(土)午後6時開演、10月8日(日)午後2時開演
(場所)あうるすぽっと(豊島区東池袋4-5-2 ライズアリーナビル2F・3F)
入場無料、全席自由、先着順