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部下が9000万円横領してクビ 上司の「知らなかったんだもん」は通るのか<判例を読む>
画像はイメージです(kai / PIXTA)

部下が9000万円横領してクビ 上司の「知らなかったんだもん」は通るのか<判例を読む>

日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。

トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。

今回紹介するケースは、部下が会社の金約9000万円を横領したことの責任を問われて懲戒解雇された上司が解雇無効を争い提訴したという事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。

●事案の概要

こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
裁判例をザックリ解説します。

部下が会社のオカネ約9000万円を横領。以下、判決文を会話風に変換。

■ 会社
「上司Xさんさぁ、部下の横領を知ってたでしょ?」
■ 上司X
「いや、知らなかったです。気づきませんでした」

会社は「んなわけあるかい!」ってことで上司Xを懲戒解雇しました。

■ 上司X
「懲戒解雇は無効だ!」と訴訟を提起。

■ 裁判所
「懲戒解雇OKです。あなた気づけたでしょ。部下Aが横領した金で飲み食いしまくってさぁ」
(関西フエルトファブリック事件:大阪地裁平成10年3月23日判決)

部下の不祥事について上司の管理監督責任を問われたケースです。
以下、くわしく解説します。

●事案の当事者

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▼ 会社
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フェルトの製造販売などを行う会社。

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▼ 部下のAさん
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・横領しまくった部下
・仕事は経理と一般事務

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▼ 上司のXさん
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・今回、懲戒解雇された人
・管理職(営業)
・経理をAさんに一任していた

●どんな事件か

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▼ 横領スタート
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部下Aが入社してから約9年後、横領に手を染めます。
横領の手口はザックリ以下のとおり。

・得意先から受け取った小切手について偽装工作
・得意先から振り込まれたお金について偽装工作など

横領し続けること約10年。
金額にしてナント!約9000万円を横領していました。

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▼コイツ、横領してるんちゃうん?
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ついに会社が気づきます。
調査の結果、帳簿上の額と実際の預金額が食い違っていることを発見。

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▼ 部下Aを事情聴取
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部下Aを事情聴取したところ、部下Aは横領をおおむね認めました。
さらに、上司Xが関与していたと言いました。
会社は「アイツもか!」とブチギレたでしょう。

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▼ 上司Xも事情聴取
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5日後。お次は上司Xの事情聴取。
上司Xは「私は部下Aの横領に関与していない」と弁解しました。
しかし、チョイ認めました。
「実は...自分が不正に使ったお金が200〜300万円あります」
と一部だけ認めました。

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▼ 懲戒解雇
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約1カ月後、会社は上司Xを懲戒解雇しました。
調査の結果【部下Aの横領を上司Xはゼッテェに知っていた】と認定したんだと思います。
会社側が主張した懲戒解雇の理由は以下のとおり。

「上司Xは、部下Aが反復継続して多数回にわたり会社の金銭を着服横領している事実を少なくとも未必的に知りながら、部下Aとともに着服金で飲食などをし、また、会社の不良債権の入金を偽装するなどした」

これは就業規則の「故意または重過失により会社に損害を与えたとき」にあたるとの理由です(判決文からは分かりませんでしたが部下Aも当然にクビになってると思います)。

●Xさんの主張

Xさんは「懲戒解雇は無効だ」と主張して訴訟を提起しました。
その他、賃金請求や慰謝料請求などもしていますが、
懲戒解雇の点に絞って解説します。
(賃金請求は一部認められ(解雇までの間)、慰謝料請求は棄却されています)

●裁判所の判断

画像タイトル 大阪地裁(LOCO / PIXTA)
裁判所は「懲戒解雇はOK」と判断しました。

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▼ あなた、部下の横領を知れたよね
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と認定しています。以下のような事情があったからです。
ザックリまとめます。

・上司Xが通帳の残高と金庫の現金を照合すれば部下Aの横領を発見することは極めてカンタンだった
・上司Xは部下Aの金遣いの荒さを認識していた。Aの月給が20万程度なのに、Aが車やバイクのローンを返済したり、飲食、旅行、服、パチンコ、競馬などに金を使っていたことを上司Xは知っていた

このような事実を認定した上で、
裁判所は「上司Xが健全な常識を働かせれば部下Aの行為に不審の念を抱くことができた」と認定。

結果、裁判所は
「【故意または重過失により会社に損害を与えたとき】という懲戒事由にあたる」
と判断しました。

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▼ 懲戒権の濫用でもない
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上司Xは「過去の処分事例と比べると懲戒解雇は重すぎる。懲戒権の濫用だ」と反論しましたが、
裁判所は「いや、濫用じゃないね」と判断。
理由は以下のとおり。

・経理をチェックすることなく部下Aに一任していた
・上司Xが営業所に来てから横領額が増えている
・上司Xが部下Aと過ごす時間が長かったのに経理チェックせず
・部下Aの横領行為を助長していたと捉えることもできる
・というのも部下Aの月給が20万程度なのに飲み会代をAに立替払いさせていた
  各回 数万円〜数十万円
・後日「払おうか」など精算することもしなかった
・これはもう重大な過失とはいえほとんど【故意】に近い

最後の部分は
「オマエ、部下の横領ゼッタイ知ってただろ!」
くらいの認定をしたかったと思います。
でも言い切れないのでこんな認定になっています。

■ 補足
この裁判は労働契約法ができる前の事件ですが、
現在でも、懲戒事由にあたるとしても【懲戒権の濫用】があれば、
懲戒解雇は無効になります。
以下の条文です。

====
労動契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
====

懲戒事由があったとしても「その懲戒は濫用じゃない?」が審理される2段階です。

●さいごに

自らが不正行為に手を染めなくとも、
【部下が黒染め】なのを知っていれば懲戒処分を受ける可能性が高いです。
知らなかったとしても「過失は重大だ。オメェ気づけよ!」と認定されれば、
懲戒処分が有効になることがあります。

お金を扱う部署にいる方は特にご注意下さい。

今回は以上です。
これからも働く人に向けて知恵をお届けします。
またお会いしましょう!

プロフィール

林 孝匡
林 孝匡(はやし たかまさ)弁護士 PLeX法律事務所
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

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