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虐待家庭で育った女子大生が生活保護を求める理由 「親ガチャ失敗なら通えないの?」
生活保護世帯で育った儚さん。バイトづめで休学せざるを得なかった(本人提供)

虐待家庭で育った女子大生が生活保護を求める理由 「親ガチャ失敗なら通えないの?」

「親ガチャ失敗」の子どもは、大学に行けないのかーー。仙台市の太田伸二弁護士らが、家庭の虐待等で困窮する大学生を生活保護の対象とするよう厚生労働省に訴える署名活動を展開している。現在の制度運用で大学生は排除されており、受給するならば休学・退学するしかない。

地方の国立大で美術を学ぶ儚さん(21歳)は、実家の生活保護世帯から進学した。奨学金を活用し、深夜までのアルバイトと課題をこなす毎日で体を壊し、休学している。

儚さんの元には、親に受験費用を払ってもらえないという中高生が相談を寄せる。「私も同情されたくなくて、先生や行政には相談せず『普通』を装っていました。こういう子どもの存在を知ってもらいたい」と話し、貧困の連鎖を断ち切れるような制度を求めている。

●過労で倒れるほど働いた金を抜き取る母 

儚さんは2020年、コロナ下での入学だった。一人暮らしの自宅でオンライン授業を受け、夕方からは書店や居酒屋、塾講師のバイトに明け暮れた。夏ごろには休業などでバイトが減り、キャバクラで働くことになった。

「本当はやりたくなかったけど、掛け持ちするより時間が短くて済む。学業と両立できることが最優先でした」

しかし、深夜まで働いて帰り、美術の課題に取り組む毎日は心身をむしばんだ。徐々に食べては吐くという摂食障害になり、低血糖や過呼吸で倒れた。大学の保健センターに相談し、入院を繰り返した後、2年目から休学した。そんな身を粉にして働いたお金は、母が口座からたびたび抜き取っていた。

「追及しても、とぼけるんです。お金を欲しい時だけ連絡してくる。未成年は口座を作れず、親権者に把握されています」

太田弁護士によると、これは生活保護世帯の大学生にとって課題の一つだ。自立して世帯が分離されると、生活扶助は人数に応じた額のため、実質的に実家の「収入」が減ることになる。そのための補填という名目で、働く子どもから搾取する親は珍しくないという。

●「みんな偽善者。誰も助けてくれない」諦めの感情

関西地方に生まれた儚さんの父はアルコール中毒で、母に暴力を振るった。両親のけんかが始まると、紙とペンを持って別の部屋にこもって絵を描いた。負の感情をぶつける原動力ともなった。両親は、4歳の時に離婚した。

「絵を描いていると、現実から逃れて自分の世界に浸ることができました」

母と弟との3人暮らしになると、統合失調症の母は自分を殴るように。食事はいつも菓子パンやファストフード。家には食器や包丁がなく、はさみで野菜を切って料理した。家に帰りたくないので、夜ぎりぎりまで公共施設で勉強した。

学費免除の特待生として、私立の女子高に入学した。公立より施設が充実しているだろうと自分で決めた。裕福な友人たちの放課後の過ごし方や家族旅行の話は嫌だったが、適当にやり過ごした。境遇についての悩みを、友人や先生に話すことは一切なかった。

「母が暴れて警察がきても、家族間だから介入できないと言って帰っていく。もうどうしようもないんだなと思いました。現実と生きていくしかないんです」

「今は、手を差し伸べる弁護士やソーシャルワーカーの存在を知りましたが、当時は誰にも同情されたくなかった。全員偽善者だと思っていました。(塾に行けない子どもを教える)ボランティア大学生も『結局、ガクチカ(学生の時に力を入れたこととして就職活動で話す内容)のためでしょ』と」

●必ず伝えるのは「生きててくれてありがとう」

休学で自分のことを客観視できるようになり、実情を伝える活動を始めた。2年ほどでツイッターアカウントには多くのDMが届き、やりとりをした人は数え切れない。9月24日から始まった個展にも直接話したい人が訪れているという(29日まで、be京都で)。

親が学費や受験料を払ってくれないと悩む中高生、退学せざるを得ないという大学生だけでなく、ひきこもり状態にある中年の人々など幅広い世代から、生きづらさを訴える声が届く。しかるべき機関につながっていないという現実が分かり、このことを伝えたいという。

「同じ境遇だからこそ、私に話せるのだと思います。まずは生きててくれてありがとう、と言葉を掛けるようにしています。私は『産まなきゃよかった』と親に言われてきた。自分が言われたかったのは、存在を肯定することです」

一方で「生活保護は甘えだ」「高卒で働いて苦労しろ」などの誹謗中傷もある。また、現在5年に一度の制度見直しについて検討している厚労省の社会保障審議会でも、生活保護世帯と一般世帯の均衡を保つべきだなど、大学生への適用には否定的な意見も根強い。

「自分の時代は苦労したのにという悔しさから中傷する人がいます。その人も制度の被害者だと思います。また、一般的な家庭で育った人には、虐待や貧困の家庭について結局は想像がつかない。知ってもらう、理解を広げるために話す。中傷されても発信し続けます」

太田弁護士も、まずは親の虐待や急激な収入減などにより極限的に困っている学生について、一時的にでも保護を適用するなど制度の運用を考え直すときだと訴える。

奨学金は受け取るまで数カ月かかり、タイムラグが生じる。親権者に知られないように口座を作るには、マイナンバー変更などの手続きも必要になる。健康保険が使えず、医療にもかかれない。今の仕組みでは穴が埋まっていないという現実を、細部まで見るべきだという。

「生活費や学費をすべて自分で稼いだ人には、もちろん敬意を持っています。でも、体を壊すほどの同じ苦労を若者にさせなくてもいいのではないでしょうか」

「大学生は生活保護の対象外、というのはあくまで通知レベルでの問題なので法改正は要りません。対象の範囲からしても、大きな予算規模にしなくても救済はできるはずです。人が社会に出て稼げるかどうかに、差があるのは事実です。でも社会に出る前、スタートラインをそろえられないという現実には抗いたい。生まれたところで人生が決まる、そんな社会を肯定していいのかという問題です」(太田弁護士)

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