正当な理由なく非常ボタンを押してしまったら、複合ビル内の全ての店舗に賠償しなくてはいけないーー。首都圏の大学生・ケンタさんは友人ら訪れた店舗でこのような掲示を見つけました。
ケンタさんは休日に、友人らと繁華街にあるテナントビルを訪れました。その中でケンタさんらが訪れた店舗に設置されていた非常ボタンには「非常時以外に、このボタンを押すと全フロアからの賠償責任が発生」という掲示がありました。
「このビルには地下を含め5フロア以上があり、飲食店やアパレル店など多数のテナントが入っています。当該の店舗は1フロアのみでした」(ケンタさん)
ケンタさんは普通は押さないとした上で、「もし押してしまった後で非常時ではないと言われたら、全フロアに対して賠償しなくてはいけないのか」と不安なようです。
悪戯で押してしまうことは確かに迷惑です。正当な理由もなく押してしまった場合には、実際に賠償責任が問われる可能性はあるのでしょうか? 田村ゆかり弁護士に聞きました。
●「全フロアから賠償責任が発生」は本当にあり得る?
ーー本当に「全フロアから賠償責任が発生」という可能性はあるのでしょうか
正確には「非常時以外に、このボタンを押すと全フロアからの賠償責任が発生(する可能性があります)」ですが、可能性が無いわけではありません。
民法第709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と不法行為責任について定めています。
要件はざっくりご説明すると、(1)故意又は過失によって(2)他人の権利又は法律上保護される利益を侵害し(違法性)(3)その行為によって損害が発生したこと(損害の発生と因果関係)です。
ーー今回のケースでは、該当する可能性があるとして、どんな場合でしょうか
例えば当該ビル内のテナントに嫌がらせをする目的で〈(1)の故意〉、何十回も非常ボタンを押す行為を繰り返し〈(2)違法性〉、その行為によって飲食店やアパレル等の店舗がお客さんから敬遠され売り上げが落ちた〈(3)損害の発生と因果関係〉ような場合であれば、全フロア(具体的には個々の経営主体)から損害賠償請求を受け、賠償責任を負うことが考えられます。
煙が出ていたので火事だと思い非常ボタンを押したら煙草を吸っている人がいるだけだった、という程度で賠償責任を負うことは考えづらいので過剰に心配する必要はありません。
しかし、悪戯で非常ボタンを押す行為は想定外の賠償責任を負う可能性があると言えます。