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流動性の低い「日本のFA」が格差を生む 日ハム「ノンテンダー」問題の本質
事務局長の森忠仁さん(2019年3月22日/弁護士ドットコム撮影)

流動性の低い「日本のFA」が格差を生む 日ハム「ノンテンダー」問題の本質

3年ぶりに観客制限なしで開幕したプロ野球。その直前の3月7日、日本プロ野球選手会は「ノンテンダー」問題で日本ハムに抗議文を送ったことを明らかにした。

発端は2021年シーズン終了後、日本ハムがFA権を持つ3選手を自由契約にしたこと。その際、球団が使ったのが「ノンテンダー(Non-Tender)」という表現だった。契約を提示しないことを指し、選手は他球団とも交渉できる。日本ハム側は「ファイターズとの再契約の可能性を閉ざすものではありません」とも説明していた。

しかし実際には、3人のうち西川遥輝選手(29)、大田泰示選手(31)は移籍先が決まったものの、秋吉亮選手(33)はNPB球団からのオファーがなく、独立リーグに所属することになった。

選手会の抗議を受け、球団側は「『ノンテンダー』という用語は今後使用しない」と発表している。選手会は何を問題にしているのか。プロ野球選手の労働問題という観点から、選手会事務局長の森忠仁氏と顧問弁護士の松本泰介氏に聞いた。(ライター・谷トモヒコ)

●「『ノンテンダー』ではなく、実質的な『戦力外通告』」

――先日、日本ハムと協議したとの報道があったが。

森「日本ハムとの協議においては双方の意見を交換させてもらい、選手たちには報告しています。協議の内容についてはお話しできませんが、選手会の立場はこれまでリリースしている通りです」

――メジャーリーグ(MLB)ではノンテンダーは当たり前のようにあると聞いています。メジャーのノンテンダーとはどのような制度でしょうか。

森「メジャーのノンテンダーはまだFAではない選手に対して、戦力外でなく、オファーをしないでフリーにするということ。メジャーではチームが多く移籍市場も大きいのでフリーとなっても他のチームで活躍できる可能性は多い。だから自由契約の意味合いも日本とは違う」

松本「メジャーでは、FAは(登録が)6シーズンに達してからです。その前の3~6年目の選手は年俸調停が可能になります。すると働きが年俸に見合っていない選手も出てくる。

向こうは20%という年俸の減額制限があるため、それ以上下げたい場合はノンテンダーという形にして、まだFA資格のない選手に対し、球団の拘束を解くことができるようにしているのです。選手も年俸を大幅に下げられてでも残留するより、違う球団からオファーがあれば移ることができる。

これは『ノンテンダー』というシステムが決められているわけではなく、球団がその選手をテンダーしない、つまり契約しないというだけなんです。そういう移籍をメジャーではノンテンダーFAと言っているだけです。このノンテンダーFAとFA有資格選手の自由契約は別物です」

森「日本では減額制限を超えてでも提示することもできるので、それを選手が受け入れるかどうかということ。いきなり自由契約にする必要はない。

FA権のある選手であればその権利を行使するし、そうでなければ自由契約を自分で選択できる。条件を提示することなくノンテンダーという表現を使って自由契約にすることは、僕らは実質的な戦力外だと理解しています」

――当然ですが、毎年戦力外となる選手がいます。ノンテンダーのどこが問題なのでしょう?

森「ドラフトで新人が入って来ますので、支配下人数の関係で、どうしても戦力外になる選手は仕方ないかもしれません。ただ、どこの球団であれ、これまで戦力外とならなかった選手が戦力外とされてしまうと、球団と選手の需給のバランスを大きく崩すことになります。春キャンプの選手会ミーティングでは、各球団の選手が危機感を持ってました」

●流動性の低い「日本のFA」が格差を生む

――根本的な問題は、日本プロ野球の流動性の低さにあるということでしょうか?

松本「プロ野球界には保留制度というのがあって、FAになるまでは他の球団と交渉することができません。これによって日本人の支配下枠65 人のうち60ぐらいの椅子は決まってしまっている。椅子取りゲームで座る椅子がほとんどないような状態です。

クビになりたくなければ、前年まで高額な年俸をもらっていた選手でも球団の大幅減俸を飲むしかありません。選手の実力は1年ぐらいではそれほど変わらないのに年俸は大幅に下がってしまう。これでは球団と選手の間のバランスは崩れていっていると言わざるをえない」

――逆にFAのおかげで超高額の年俸を手にする選手もいるように思いますが

松本「超トップクラスの選手のFAにオファーが殺到してすごい年俸になってしまうのも、限られた選手しか市場に出ていないからです。少数の選手に需要が集中してしまうから、高い年俸を提示される選手とそうでない選手の差が激しい。選手がある程度市場に出て行くことによって適正な市場価格が形成されることが望ましいんです」

森「選手が市場に出過ぎると供給過剰になって年棒は下がるでしょう。だからどれぐらいの選手が市場に出て行くかということは球団とわれわれの間でバランスを見なければならないと思っています。しかし現状の制度では選手が30~35歳になるまでFAが取れない。これでは選手のバリューも落ちてしまいます」

――保留制度をめぐっては球団と選手会の間には長い戦いの歴史があります。球団側が保留制度をそこまで守ろうとするのはなぜでしょうか?

森「他の球団と競争することなく選手を確保できるから球団としては圧倒的に楽なんです。最近12球団内の格差がかなり出てきているので、選手も自分の価値を高く評価してくれるところで働きたいと思います。でも保留制度によってそれは制限されていて球団は選手の年棒を抑えて確保することもできます」

松本「例えばJリーグは契約期間のみで保留制度がなく、複数年契約以外に選手を拘束するものがありません。だから、1シーズンで選手が半数ぐらい入れ替わったりするんですよ。選手はチームで出場機会がない場合などはレンタルも含めて外に出るという選択を取ることができる。

一方で球団側が年俸のコストを下げるために相当数の選手を放出することもあります。でもチーム数が58もあるので選手はどこかのチームに所属できる可能性が高い。そういう形でバランスは取れている。

しかし、だからといって野球をサッカーぐらい自由にしていいかというと、それはそれでまずいんです。チーム数が全然少ないので選手の市場への供給量が圧倒的に多くなってしまいます。

プロ野球では2008年にFAまでの年限を1年短くし、補償についても一部不要にするなど制限を少し緩和しました。それだけでも一定の効果は出ています。以前に比べればオファーは増えましたし、年限を短くしたことの効果も出ました」

●「労働市場」の視点では閉鎖的なNPB

――今シーズンオフから「現役ドラフト」の導入をめざしているというニュースを聞きましたが、これはどういった意味があるのでしょうか。

松本「一軍にずっと定着している選手はFAの資格要件を満たしやすいのですが、あまり一軍で活躍する機会が少ない1.5軍ぐらいの選手はFAの資格をとりづらいんです。

例えば、ショートならショートの定位置に不動のスーパースターがいてほとんど試合に出る機会がない。そういう選手が出場機会を増やすために移籍をしようにもFAという制度ではカバーできません。

なので、違った移籍制度を考えて行かなければならない。球団に言わせると、レギュラーの選手に何かあったときの保険だ、と言うのですが選手にしたら保険のために一生ベンチだったりファームに置いておかれていることになってしまう。

そういった中間層から下の選手の移籍を活性化するために導入しようとしているのが現役ドラフトです。現在ある程度、球団側と話し合いが成立して、土台が積みあがってきています。

メジャーリーグもいろんな移籍の制度があります。制度をたくさん用意することで選手が自分の市場価格を知ることのできる機会をつくるんですよ。選手は自分の市場価値を知ることで働きに見合った年俸を得ることができ、それによって球団とのバランスも保てるのです。

日本にはそういう制度がなくて保留制度一本でずっと拘束されている。一般の会社員も転職市場を見れば自分にどれぐらいの価値があるのかということを知って良いオファーがあれば転職できる。それは労働市場が形成されているからできることなんです」

――そういった労働市場があって転職先を自由に選択できることは、一般の社会ではごくあたりまえのことのような気がします。なぜ球界ではそれができないのでしょうか。

松本「日本のプロ野球球団はきわめて保守的だという話ではありますけど。メジャーで制度ができているのは球団側がOKしているからで、逆に言うと球団側もそうしたほうがいいと思っている。

メジャーリーグも50年前は100%保留制度の世界でした。球団側も自分たちだけで年俸を決めるよりもある程度、相場がわかったほうがオファーしやすいのです。あとは労働市場にたくさん選手が出ている。選択の幅が広いんです。

しかし、日本の球団はそういったことをやってきていないので、そういう選択肢には気づけていない」

森「球団にはいろいろなカラーがありますから、選手は自分に合ったところを選択できてもいい。プロに入る前の選手にもそれぞれの球団のカラーを知ってもらって選択できればいいと思います。選択肢のなさというところを考えると、ほかのスポーツも魅力があるものになってきている現在、野球以外のスポーツを選択肢のひとつに考える人も増えるのではないか、と感じます」

●各球団の協力で、売上も選手の権利もwin-winに?

――NPBから改革について提案されるようなことはないのですか?

松本「リーグ全体でまとめるということを日本の野球界はしないので。NPBから提案をしてくることはほとんどないですね。

しかし、個々の球団の改革は相当進んだと思います。広島があんなに売り上げを上げるような球団になるとはかつては誰も想像しませんでしたし、日本ハムだって新しい球場をつくって新庄さんで盛り上げています。こんなに売り上げが伸びている業界も他にないですよ。

しかし、年間143試合と決められた試合数の中で入場料や物販などのアナログな商売で稼げるところはほぼ限界まで来ています。これから配信などデジタルの商売をしていくには12球団が足並みを揃えないといけない時期に来ています」

森「一般企業だったら業界の中で一人勝ちする会社があってもいいかもしれないけど、野球はリーグビジネスなので一人勝ちがあってはいけないと思う。だから全体がバランス良く成長していくことが大事です。その点を調整するのがNPBの役割だと思いますしやっていただきたいと思います」

松本「メジャーリーグは90年代までは売り上げでは日本とそんなに変わらなかったわけですが、現在では6~7倍も差が開いているといわれています。

個々の球団が努力しても限界があるので、統一したマーケティング会社を作るとか放映権を一括で売るとか、世界のマーケットでどう収益を上げていくかを追求してきたわけです。

それによってこの20~30年で圧倒的な差がついてしまいました。また今回の労使交渉でも選手の年俸が上がりましたが、選手側の要求が通ったのは球団側がもっと稼げると踏んだからです。そういうところのベクトルは両者合っています。そこがいいところですよね。われわれも球団と一緒に前を向いて進んでいけたらなと思います」

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