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ジェンダーレス制服で生まれた「子どもの自由」、福岡の公立中で始まった改革
後藤富和弁護士(提供写真)

ジェンダーレス制服で生まれた「子どもの自由」、福岡の公立中で始まった改革

男女の区別がないブレザー、男子も女子も好きなタイプを選べるパンツやスカート…。今、九州の公立学校では、生まれた性に関わりなく、自分らしい標準服(制服)が選べるようになりつつある。

そのきっかけとなったのが、福岡市立警固(けご)中学校で起きた制服の「改革」だった。警固中では2019年度から、こうしたジェンダーレスの制服を導入している。

それまで、福岡市では、ほぼすべての学校で男子は詰めえりの学ラン、女子はセーラー服と決められていたが、警固中での「改革」を受けて、福岡市では2020年度から、ほとんどの市立中学で新しい制服を導入するようになった。

制服が変わったのは、実に70年ぶりのことだったという。

この警固中での「改革」を牽引した一人が、当時、警固中のPTA会長だった後藤富和弁護士だ。一体、この中学校で何が起きたのか。後藤弁護士にインタビューした。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●「座っているだけじゃない」PTA会長、誕生

子どもが警固中学に通っていた後藤弁護士はある日、1本の電話を受ける。

「推薦でPTA会長に選ばれました」

事前の打診も選挙もない、青天の霹靂だった。「座っているだけでいいですから」と言われたが、逆にやる気が出た。2017年4月、「座っているだけじゃない」PTA会長が誕生した。

当時、後藤弁護士は地域で開催されている憲法の勉強会で、LGBTについて勉強中。今の学校は、性的マイノリティの子どもにとって過ごしやすいのか、気になっていた。

「入学式のときに、詰めえりを窮屈そうに着ている新入生を見て、呼びかけてみました。『この制服は自分には似合わない』と違和感を持っている子も、中にはいるかもしれないと思ったからです。

ただ、そのときは『いずれは取り組まなければいけない問題だな』くらいで、そこまで緊急の課題だという危機感はなかったですね」

そう振り返る後藤弁護士。PTA会長として、取り組むべきことはたくさんあった。

ところが、あるトランスジェンダーの高校生の言葉にショックを受ける。

●「地獄だった」と泣いたトランスジェンダーの高校生

PTA会長になってから2カ月が経ったころだった。性的マイノリティの人たちを支援する活動している人から、「当事者の声を聞いてみないか」と誘いを受け、あるイベントに参加した。

そこで、別の中学校に通っていたトランスジェンダーの高校生から、中学時代にセーラー服を無理やり着せられていた話を聞いた。

「高校生は、泣きながら『地獄だった』と表現していました。とてもつらそうで、これは、いつか取り組まなければいけない問題ではなく、今、取り組まなければいけない緊急の課題だと気づきました」

その場で、そのイベントに参加していた弁護士や、現場の教師、市議会議員たちで「福岡市の制服を考える会」を立ち上げ、検討を始めた。同時に、後藤弁護士は反省したという。

「入学式のとき、新入生に『制服に違和感があったり、おかしいと思ったら、大人に相談して』という話をしましたが、当事者の話を聞いてから、間違いだったなと思いました。

つまり、子どもから相談を受けて取り組むのではなく、その前に子どもたちがいらないストレスを感じないよう、環境を整えるのが大人の義務じゃないかと」

●福岡市全体を変えたい

数日後、後藤弁護士はさっそく警固中の校長(当時)に相談をしてみた。

「校長に相談するのはドキドキしましたが、校長がすごい軽い感じで『変えればいいんじゃない』と答えてくれたんです。予想外でしたね。そこから、校長は学校の教職員や福岡市の教育行政を変えていく、僕はPTAや地域の意識を変えていくという、二人三脚が始まりました」

二人が当初から考えていたのは、福岡市全体を変えることだった。

「福岡市では市教委が標準服を定め、各校の校長がそれに対応する、という建てつけで、共通の制服でした。だから、警固中だけ変えることはイレギュラーだと考えていました」

しかし、福岡市全体まで広げるには、まだまだ時間がかかりそうだった。

「自分の性別に違和感がある生徒に個別対応した経験がある教師は、かなりの割合でいることがわかりました。

実際に対応した先生たちは、生徒から申し出があれば個別にジャージでの登校を認めるとか、例外的な取り組みができているのだから、全体の制服まで変える必要がないという空気もありました」

福岡市全体をすぐに変えることは難しいかもしれないが、共感してもらえた学校だけでも変えていこうと、後藤弁護士たちは考えた。

●生徒もメンバーに入った「標準服検討委員会」

警固中では、2018年3月に「標準服検討委員会」が立ち上った。メンバーは、教員3人、保護者3人、生徒5人、管理職が2人。それまでに後藤弁護士たちPTAは、保護者の理解がより深まるよう努めた。

「PTA主催で、『LGBTと制服』というテーマの講座を開きました。保護者だけでなく、地域の人や議員さんにも参加してもらいました。そこでは異論はなかったですね。

別の機会にも、制服メーカーとの懇談したり、意見交換したりしました。メーカーのほうでは、すでに多様な生徒への配慮がある制服づくりのノウハウや蓄積があって、僕たちも安心して進めることができました」

しかし、現場の教師たちからは積極的な声は聞こえてこなかった。

「現場の先生たちは反対というよりも、忙しすぎてこれ以上、仕事を増やさないほしいというような、消極的な反応に見えました。根が真面目なだけに、日々の業務に追われ、まったく余裕がない感じでした」

2018年3月に「標準服検討委員会」の第1回の会合が開かれたとき、まずは、制服を変えることを前提とせず、現在の制服のままでよいのかを考えることから始めた。段階的に理解してもらうためだった。

●街に似合う「警固ブルー」の制服ができるまで

ところが、会合では「すぐに制服を変える」という方針が決まった。

「生徒たちはびっくりしてましたね」。当初、生徒たちは大人と対等の場で、遠慮してしまっているようにみえた。

「大人の顔色をうかがって、恐る恐る発言しているように感じました。それも、『制服を変えるとしたら、詰めえりの高さは何ミリ減らす』とか、そういうちっちゃな話になっちゃうんです。

それもそのはずで、今まで生徒たちは大人から『何か思ったことがあったら自由に言っていいよ』と言われて、声を上げた結果、『生意気だ』とか『ふざけるな』と叱られてきたわけです。大人の想定範囲内の答えを先回りして言ってしまうくせがついていると思いました」

そこで後藤弁護士は「突飛なこと」を言ってみた。

「『ガウチョパンツとかいいじゃない』とか意見を言うと、子どもたちがびっくりした顔になっていました。『そんなことを言っていいんだ』って。そこからは、どんどん意見を言ってくれるようになりました」

実際に導入された警固中の制服は、生徒の声が強く反映されており、とてもおしゃれだ。制服メーカーも、ジェンダーレスの制服としては九州で先駆となるため、力を入れてきたという。

「本社のデザイナーさんがこの地域に常駐して、この街を歩いてみて似合うように、デザインしてくれました。

警固は福岡市の都心中の都心です。だから、警固ブルーといっても、海や空のブルーじゃない。アスファルトのような、ちょっとシックなブルーが街に映えるんです」

「警固ブルー」と呼ばれるオリジナルのカラーが、制服にあしらわれている。

警固ブルーが取り入れられた新しい警固中の制服(提供写真)

●新入生全員が新しい制服

2019年4月、新しい制服に身を包んだ子どもたちが警固中に入学した。意外なことがあったという。

「校長と僕は、新しい制服を導入しても、数年間は、スラックスを選ぶ女子は出てこないんじゃないか、と予想していました。旧来の制服も選べるようにしていましたし。

でも、フタを開けたら、新入生は全員、新しい制服でした。しかも、かなりの割合で女子がスラックスを選んでいました。スカートも両方購入して、履き替えたいという子もいましたね」

教育関係者の中には、「新しい制服を着ていたら、LGBTの当事者だと差別され、いじめにつながる」という反対意見もあった。

「でも、そんなふうに考えてるのは大人だけであって、子どもたちには全然抵抗なんかないんですよね。小学校まで女の子だろうとズボンで過ごしてるわけだから、中学校になった瞬間、ズボンで差別されるわけはないでしょう。

大人が差別とかイジメとか考えてる一方で、子どもは自由だなと感じました。ネクタイとリボン、両方用意してあるのですが、ある子に『なんで昨日はリボンだったのに、今日はネクタイしてるの?』って聞いたら、『今日は国語がある日だから』って答えてました。授業の科目で決めているそうですよ」

●「男子は選べんからな」と叫んだ教師

「今、福岡市の69校中65校で、福岡市が導入したジェンダーレスの制服に変わっています。残り4校のうち1校は警固中で、他の3校も福岡市よりも先に取り組みを始めていて、独自に導入しているところです」

九州最大の都市である福岡市で「改革」があれば、ほかの地域にも影響が大きいという。

実際、福岡県内では、福岡市と同時に北九州市でも2020年度から、性別を問わない制服を導入。佐賀県や鹿児島県、大分県の公立校でも、同様の取り組みがみられるようになった。

しかし、新しい制服を導入したからといって、教育現場に関わる大人たちの意識が変わらなければ、意味はない。

新しい制服導入後、警固中の学校説明会で、ある教師が「男子は(スカートを)選べんからな!」と叫び回っていたという。校長が「あなたたちが活動しやすいと思う服を、あなたたち自身が選んでいい」と呼びかけた後のことだった。

「周りの理解がなければ、自由に選べることはできません。だから、『選べん』といって、最初から門を閉ざすことは、絶対やってはいけないことだと思います。選びたいと思う男子が来たときに、門戸を開いてみせることが大事なんです」

●合理的な説明のできない校則

福岡市立中学の制服を売る販売店の一部でも、問題は起きた。

「メーカーは、男子用、女子用という区分ではなく、1型・2型とか、タイプA・タイプBといった表記にしていたのですが、地元の販売店さんは、申し込み用紙を水色とピンクに分けて、男子はこっち、女子はこっちというような販売をしたり、男子体型用、女子体型用といった言い方をしたり…」

そこで、後藤弁護士たちは福岡市教育委員会にクレームを上げた。

「見直しがされただろうと思ってたら、最初に取り組んだ警固中が配った新入生向けの案内では男子女子で制服を分類していました」

すでに、後藤弁護士はPTA会長を退き、連携していた校長も定年退職していた。新しい試みを持続させることは、容易なことではない。

「福岡市の制服を考える会」は今年1月、新しい制服について、教師や販売店の中には配慮に欠けるケースがあるとして、改善を求める要望書を教育委員会に提出した。

要望書では、「合理的理由が説明できない校則および生徒指導、人権上問題がある校則および生徒指導」をただちにやめることも求めている。

たとえば、福岡市立中学校では、「靴下は白、ワンポイント不可、上靴を履いた状態で床から15cm以上」「男子の肌着は白」「女子の下着は白かベージュ」「前髪は眉上、横髪は耳にかかってはいけない。ツーブロック禁止」「ポニーテール禁止」といった校則があったり、指導がされている。

「今の学校に必要なのは『人権感覚を持つプロの目』です。弁護士の目線で見たら、学校内部は驚くことばかりです。もしも、刑務所とか鑑別所でおこなわれたら、人権救済申立がされるレベルのことが、普通に学校でおこなわれています」

●子どもの人権を守るために

福岡県弁護士会でも今年2月、福岡市内の中学校の校則に関する調査報告を公表した。報告によると、69校中50校が従来の男女別を踏襲し、新しい制服に対応していないことがわかった。ほかにも、理不尽な校則や指導が報告されている。

この結果を受けて、福岡県弁護士会は子どもの人権を侵害する校則や生徒指導の廃止や不必要な男女分けをする校則や生徒指導の廃止を求める意見書を福岡県教育委員会などに提出している。

「学校にしてもPTAにしても、子どもの人権を守るべき大人が理解していないことがあります。だから、教師が生徒に中学の卒業式で『みなさんの義務教育は終わりました』と言ってしまう。

義務教育とは、『国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う』(教育基本法第4条)とある通り、大人の義務です。

子どもたちには学校に行って、教育を受ける権利があります。そしても子どもにも人権があり、きちんと自由が保障されています。なぜそれが学校ではツーブロックを我慢しろになるのか、大人たちは考えるべきです」

【後藤富和弁護士略歴】 1991年3月に福岡大学卒業、2000年11月、司法試験合格。司法修習を経て、2002年10月に弁護士登録(福岡県弁護士会)。2009年1月、大橋法律事務所を開設。「よみがえれ! 有明訴訟弁護団」や「原発なくそう!九州玄海訴訟」、「安保法制違憲訴訟」、「朝鮮学校無償化差別訴訟」、「結婚の自由をすべての人に訴訟」など、環境問題や人権問題に精力的に取り組む。弁護士会連合会環境問題に関する連絡協議会委員長、福岡大学法科大学院非常勤講師などをつとめる。

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