人気ゲーム『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(1992年発売)をノベライズした小説の主人公の名前を勝手に使われたとして、作家の久美沙織さんが、ゲーム会社「スクウェア・エニックス」などを相手取った訴訟を起こした。
久美さんは、『ドラクエV』を元にした『小説ドラゴンクエストV』(エニックス)を執筆。1993年に全3巻が出版された。ゲーム上では主人公の名前は決まっておらず、プレイヤーが決めることになっている。久美さんは小説で、主人公を「リュカ」と名付けた。
この「リュカ」という名前が、スクエニなどが制作した映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(2019年8月公開)の主人公の名前として使用された。しかし、映画化の話、名前の使用などについて、久美さんへの事前連絡はまったくなかったという。
その後、スクエニ側に説明や協議などを求めたが、誠意ある対応をしてもらえなかったとして、今回の提訴に至った。スクエニの広報担当は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「訴状が届いておらず確認できておりませんのでコメントは差し控えます」と回答した。
裁判という場でたたかうことを決意した理由は何なのか。映画で「リュカ」という名が使われたことに対して、どのような想いでいるのか。久美さんに聞いた。(編集部・若柳拓志)
●テレビの情報番組で映画版「リュカ」を知る
久美沙織さん(本人提供)
——映画の主人公の名前が「リュカ」だと知ったのはいつでしょうか。
久美さん:2019年2月にテレビの情報番組で映画について放送されているのを観て、初めて知りました。ファンのみなさんが「リュカ」を好きでいてくれたから、きっとこの名前になったんだと、当初は万々歳で喜んでいました。
ところが、そのあといくら待っても何の連絡も来ないので、「あれ、おかしいな」とは思っていました。
——事前の連絡はなかったのですね。
久美さん:映画化の話も、「リュカ」の名前を使用することについても、事前の連絡はまったくありませんでした。
●製作委員会側の対応に不信感
——おかしいと思った後、先方とはどのようなやり取りがあったのでしょうか。
久美さん:私がゲストとして参加する「日本SF大会」というイベントが、2019年7月に開催されることになっていました。
映画公開(8月2日)直前の時期だったので、映画に絡めてドラクエの小説を書いたころの話をしようと思い、スクエニさんに「チラシなどの宣材をもらえないか」と尋ねてみました。連絡することで、「リュカ」の件について、私に伝えていないことに気づいてくれるかもという望みもありました。
ところが、「ドラクエを集客に使うのは商業利用に当たるから認められない。宣材も渡せない」とバッサリと断られました。
さすがにこの対応はいかがなものかと思ったので、話ができる人につないでもらおうとしたところ、映画の全体監修にあたったスクエア・エニックスの担当者から連絡をもらいました。
——どのようなお話になったのでしょうか。
久美さん:商業利用はNGとの判断を撤回し、「宣材も提供するし、映画の試写会も観に来てください」と言ってくれました。
「リュカ」と名付けた私への事前連絡を欠いてしまったことについても説明してもらえたので、映画のエンドロールに「久美沙織」のクレジットを入れるなどの対応をしてくれるのだろうと思っていました。
しかし、そうはなりませんでした。公式サイトやパンフレットなどを含め、どこにも私の名前はありません。「リュカ」はそのまま使われているにもかかわらずです。
さらに、その後、スクエニさんの代理人弁護士から内容証明が届きました。「『リュカ』は著作物ではないから、許諾不要、連絡不要。著作物の二次使用ではないから交渉委任も不要」という内容でした。
また、映画のことなので、これ以降は映画の製作委員会の一員である東宝さんに聞いてほしいと言われましたが、それは製作委員会の中でちゃんと話をまとめておくべきことであり、このままでは埒があかないと思い、提訴に至りました。
●被告にはドラクエシリーズ生みの親も
久美さんは2019年8月、映画の製作委員会を被告として本人訴訟を提起したものの、久美さんの代理人をつとめる河野冬樹弁護士によれば、「製作委員会には被告としての適格が認められない可能性がある」という話になり、裁判所から補正するよう言われたという。
また、当初、本人訴訟であったものの、のちに河野弁護士が代理人に就いたという事情もあったため、一旦取り下げて、新たな訴訟として提起した。今回の訴訟が今年11月24日付で提起されたものであるのはそのためだ。
——訴状では、精神的な損害の慰謝料としての損害賠償請求とともに、謝罪広告の掲載を求めています。
久美さん:出版社や映画会社などは、お互い著作権で商売しているもの同士です。もしかしたら、今回の件については著作権の概念が当てはまらないケースかもしれません。しかし、「人が作ったものを他人が勝手に使えば怒る」というのは当たり前ではないでしょうか。どうして私や小説の存在を無視するのでしょうか。
謝罪広告の掲載は、「リュカ」の名付け親が私であることをしっかり示してほしいと思って求めるものです。
お金がほしいわけではありません。小説をリスペクトしてほしいのです。私自身でもありません。創作物をリスペクトしてほしいのです。
私の書いたドラクエ小説の出版権と、原作シナリオ・原作ゲームの著作権を相手方は持っています。訴訟を起こせば、小説が絶版にされる可能性もありますし、他社から出すことも事実上、不可能です。絶版は、小説家にとって一番つらいことです。
逆に、一番嬉しいのは、とにかく読んでもらうことです。だからこそ、映画というきっかけで、思い出してもらえる、話題にしてもらえる、それではじめて見つけてくれる若いひともいるかもしれない、と期待しました。その期待を、卑しいずうずうしいものであるかのように言う方もいました。
でも、私の名付けた「リュカ」を好きでいてくれたファンの人たちがまだいる今だからこそ、声をあげようと思いました。もっと時間が経過すれば、「リュカ=映画の主人公」という認識のほうが広まって、自分の小説がルール違反の亜流と誤解されてしまうかもしれません。それはやっぱり嫌です。ファンのためにも、「それは嫌だ」「事実はこうだ」と声をあげたいと思っています。
——それでも、知的財産権をめぐる争いを本人訴訟でおこなう人は少ないように思います。
久美さん:当初、私自身は今回の件についてメソメソしていたのですが、その様子を見ていた夫に「今のキミの立場だったら、仕事を切られることをおそれる必要はないし、若いクリエイターは立ち上がるのが難しい。キミがやる分には、まきこんで迷惑をかける相手もいない」と言われたんです。
それを聞いて、私としても損得ぬきに、「これ、おかしいでしょ!」と相手にぶつけたくなったので、本人訴訟に至ったんです。
実は、「提訴しました」と報告した際のSNSなどでのみなさんの反応で、自分の目的の半分くらいはすでに達成された気分でいます(笑)。なので、ここから先の戦いは、若いクリエイターが、大きな企業と争うことになった際の道しるべになればいいと思ってがんばるつもりです。
——訴訟の被告には、ドラクエシリーズ生みの親とされる堀井雄二さんもいます。映画では「原作・監修」としてクレジットされています。
久美さん:私がドラクエの小説を書いていた当時はやり取りしていました。「小学生も読むのだから、もっとわかりやすく」「(本が)分厚いと小学生がお小遣いで買えないから、もっとページ数を減らせないか」などと言われたことを覚えています。
最後に担当した『ドラクエⅥ』のノベライズ以降、特に話す機会はありませんでしたが、「リュカ」の名付け親が「久美沙織」であることは、堀井さんなら当然知っているはずです。ご対応頂けなかったのはとても残念です。
●「キミたち一人ひとりが勇者になれるんだ」
久美さんは、今回の訴訟提起に先立ち、「個人クリエイターでもクラファンで裁判資金を調達し、泣き寝入りせず戦い得るという例を示したい」というプロジェクトを、ネットで資金を募る「クラウドファンディング」の形式で実行した。
その結果、目標金額の100万円を超える「111万1000円」が集まった。資金は訴訟費用として使われるという。
——クラウドファンディングをやろうと思ったきっかけは何でしょうか。
久美さん:映画などのコンテンツを扱う企業であれば、裁判のために用意できる資金も潤沢かもしれませんが、クリエイター個人が裁判費用を用意することは必ずしも簡単ではありません。
「助けて」と声をあげれば、助けてくれる人が現れ、「蟷螂の斧でも“ロトの剣”になるんだぜ」という実例を作りたいと思ったので、あえてクラウドファンディングの形をとりました。
実際にやってみて、金銭的な支援だけでなく、たくさんの暖かい言葉をいただけて、本当に嬉しかったです。
(編注:“ロトの剣”はドラクエシリーズに登場する伝説の武器)
——クラウドファンディングで支援してくれた方やファンの方に何を伝えたいですか。
久美さん:『小説ドラゴンクエストV』で、リュカがタイムスリップしてきた大人のリュカに「ねぇ坊や。いいかい。どんな辛いことがあっても、負けちゃだめだよ。くじけちゃ、だめだ」と言われる場面があります。
もとはゲームの設定、堀井さんが書かれた言葉です。
そう、簡単にくじけちゃだめ、簡単に諦めちゃだめなんです。だから、泣き寝入りしないために、裁判があって、弁護士さんがいる。たたかう手段はあるんだと伝えたいです。
人との繋がり方は昔と違います。今はSNSなどで誰でも発信できるし、世界中からいろんなことが聞けます。
企業に比べ小さな存在でしかない個人でも、お互いそれぞれの気持ちの在りようのままでいて、仲間になりたいときに仲間になって、クラウドファンディングで助けを求めてもいいし、助けてもいい、ちからを合わせたり、戦いっぷりを見守ったり、旅が終わったら「じゃあ元気でね」って家に帰る、そういう世の中がこれから来るのだと思っています。
映画では「キミたち一人ひとりの物語だ」と言っていましたが、私は、クリエイターはむろん、そうでない方も含めて、若い人たちに「キミたち一人ひとりが勇者になれるんだ」と伝えたいですね。