盗まれた車が交通事故を起こしたとき、車の持ち主が事故の賠償金を支払うことになったらーー。認められると所有者にとって「踏んだり蹴ったり」になりかねない問題が最高裁で争われている。
一審判決(東京地裁平成30年1月29日)によると、会社の寮の敷地内にドアをロックせず停めてあった車が深夜に盗まれ、その約5時間後、盗んだ男の居眠り運転により交通事故が発生。事故の被害者らが、車を盗まれた会社員に修理費用などを求めて提訴したという。
一審では、盗まれた車の持ち主の責任は否定されたが、二審では一転して責任が認められた。最高裁判決は2020年1月21日に言い渡される。
最高裁判決を前に、今回の事件のポイントや注目すべき点について、民事交通事故賠償に詳しい新田真之介弁護士に聞いた。
●泥棒運転のケースで問題となる「管理上の過失」と「相当因果関係」
ーー車を盗まれた被害者でもある車両の所有者に賠償請求がされるのはなぜでしょうか
「車両を盗んで事故を起こした泥棒運転者本人に民事上の損害賠償責任が認められるのは当然です。
しかし、泥棒運転をするような人に十分な支払い能力や有効な保険契約があることはあまり多くないため、事故の被害者側としては、車両の所有者に対しても民事上の損害賠償を請求したいというケースも出てくるわけです」
ーーこういったケースは珍しいのでしょうか
「いわゆる泥棒運転の事案で、車両の所有者の損賠賠償責任が問題になった裁判例は過去にも相当数あり、具体的には、自動車損害賠償保障法の『運行供用者責任』(自賠法3条)や、民法の『不法行為責任』(民法709条、715条など)が根拠とされることが多いです。
自賠法上の責任というのは怪我をしたときの人的損害のケースに限られるため、今回の車両修理費のように物的損害が問題となるケースでは『不法行為責任』のみが問題になります。
一見すると、『泥棒された被害者なのにその上賠償も払わなきゃいけないの?』と心配に思う方もいるかもしれませんが、状況をきちんと整理すれば、過剰に心配する必要はありません」
ーー「不法行為責任」とはどのようなものなのでしょうか
「不法行為責任の法的要件を整理するために、『急な下り坂の途中にサイドブレーキもかけずに車を停めておいたら、車が勝手に動き出してしまって坂の下の家屋を壊した』というケースで考えてみましょう。
このケースでは、多くの方が感覚的に『それは車を降りる前にサイドブレーキをかけるべきだったし、この場合は車に乗っていないときの事故でも被害者に賠償しないといけないのでは』と思うのではないでしょうか。
これを不法行為責任の法的要件として分析すると、『サイドブレーキもかけずに坂道の途中に放置した」ことについて(1)管理上の過失が認められ、管理上の過失と事故(損害)発生との間に(2)相当因果関係が認められる』と説明することができます」
ーー今回の訴訟でも同じような法的要件が問題になっているということでしょうか
「はい。泥棒運転の場合も、泥棒されてしまった原因として(1)保有者に「管理上の過失」が認められるのか、そして、(2)管理上の過失と事故発生との間に相当因果関係が認められるのか、という2点が問題となっています。
ただし、車両をどのような状態で駐車していたか、さらに、たとえ泥棒運転されることまでは予想できても、その泥棒が事故を起こすことまで一般的に予想できるといえるのか、についてはさきほどの坂道のケースのようには一概にはいえない部分があり、裁判例もさまざまです」
●過去の裁判例における結論は様々
過去の裁判例のパターン
ーー裁判例は過去に相当数あるとのことですが
「過去の裁判例をみると、大きく次の3つに分類されます。
(A) (1)管理上の過失そのものがないとして不法行為責任を否定した裁判例
車のドアは施錠してあったものの、エンジンキーを何らかの方法で持ち出されて車を盗まれてしまったという事案が多いです(大阪地裁昭和60年6月28日判決、広島地裁平成元年6月30日判決、東京地裁平成8年8月22日判決など)。
(B) (1)管理上の過失はあるが、(2)相当因果関係がないとして不法行為責任を否定した裁判例
車のドアに鍵をかけず、エンジンキーを差し込んだまま路上や簡単に侵入できるような敷地などに駐車していたことから、(1)管理上の過失があるとした事案が多いです。
また、(2)相当因果関係を否定した理由としては、盗難から数時間以上経過して遠くで事故がおきたという時間的・場所的な事情や、盗難のときの過失があまり大きくはないことがうかがわれる事情(短時間離れただけ、路上などではなく第三者の立ち入りを禁止するような場所に停めていたこと)などを挙げている裁判例が多いです。
・盗難から2時間後の事故であるものの、ブロック塀に囲まれた車庫に駐車して第三者の自由な立ち入りを禁止する構造、管理状況だったこと(最高裁昭和48年12月20日判決)
・盗難後5日以上も経過してから全く別の場所で事故が発生していること(名古屋地裁昭和61年6月27日判決)
・盗難から4日後に2.5km離れた場所で事故が発生していること(横浜地裁昭和61年7月14日判決)
・約30m離れた所で話をしていたところ盗まれ、盗難後約2週間後に事故が起きていること(東京地裁平成3年11月14日判決)
・盗難から約7時間後、約30km走行後に事故を起こしていること(東京地裁平成7年8月30日判決)
・約10分後に盗難されたのを認識した後、すみやかに最寄りの警察署に通報していたが、約1時間半後、約5.6km走行した所で事故が発生したこと(大阪高裁平成12年12月12日判決)
・公道との外壁はない会社敷地内の駐車場に、車両を施錠せず、鍵をサンバイザーに挟んでいたという保管についての過失があるが、そのことと事故との間には、第三者が車両を窃取し、その車両で不注意な運転をして事故を起こしたという事実があること(東京地裁平成22年11月30日判決)
これらのように、たとえ管理上の過失が認められても、それと泥棒が事故を起こしたことまでは時間的・距離的に離れていると考えて相当因果関係を認めない事例が多いことがわかります。
今回の一審判決もこれに分類されます。
(C) (1)管理上の過失、(2)相当因果関係もいずれも認められるとして不法行為責任を肯定した裁判例
例えば、福岡地裁昭和62年10月13日判決は、駐車禁止の標識のある国道上にエンジンキーをつけたまま、ドアに鍵をかけずに駐車して、買い物していたところ盗難されたという事案です。
裁判所は、(1)管理上の過失を認め、また『盗難から約5時間後の同一日に発生したものであり、場所的にも約6~8km程度離れているにすぎない』として(2)相当因果関係も認めました。
今回の二審判決(東京高裁平成30年7月12日)もこれに分類されます」
●二審判決「『自動車盗→居眠り運転→事故』という一連の流れに相当因果関係がある」
一審・二審で判断が分かれた本件、最高裁はどう判断するか
今回の訴訟でも、(1)車の管理について、所有者に過失があったのか、(2)盗難と事故の間に相当因果関係があったのか、が争われている。
一審・二審とも、(1)管理上の過失については、敷地は公道に面しており、公道から敷地内への進入を防げるような壁や柵などはなく、無関係な第三者の自由な立入を禁止するような構造や管理状況にあったとは認められないこと、車のドアを施錠することなく、車の鍵を運転席の日よけに挟んだままにして一定時間(一審判決によれば午後7時30分から午前0時35分頃まで約5時間)放置していたことなどから過失があったと認定している。
これに対して、(2)相当因果関係については判断が分かれている。一審では、「泥棒運転者の故意による窃取行為に加え、居眠り運転という運転走行上の重過失が介在していることを考慮すると、管理上の過失から本件事故による損害が発生するのが社会通念上相当であるとは認めがたい」として、相当因果関係がないとされた。
一方、二審では「自動車盗、居眠り運転、事故という一連の流れを予想できた」として相当因果関係が認められ、盗難車の所有者に総額約790万円の賠償が命じられた。
上告した車の所有者は、最高裁の弁論で、(1)管理上の過失も(2)相当因果関係も認められないと主張している。
●最高裁判決の注目すべき点
「これまで、たとえ管理上の過失を認めたとしても、管理上の過失と損害との相当因果関係まで認められた裁判例はまれでした。
しかし、今回の二審判決は、一審判決の結論と異なり、盗難車両の所有者の責任を認めたため、最高裁が二審の結論を維持するのか、それとも再び一審と同じく盗難車両の所有者に責任はないとするのかが注目されます。
また、(2)相当因果関係の判断基準についてどのような考慮要素を取り上げるかは、下級審の中でもかなりばらつきがあったため、最高裁がどの事情を重視するかも注目されます。
特に、盗難されてしまった後の事情をどう取り上げるか。次の2点が気になるところです。
(a)時間的・場所的な隔たりがどのくらいあれば相当因果関係がなくなるといえるのか
『車両保有者の運行支配が及んでいるか』という自賠法上の責任が争われている事案であれば、時間的・場所的な隔たりは当然問題となります。
しかし、それと異なる不法行為の相当因果関係について、時間的・場所的な隔たりがどの程度影響を与えるのかは、これまでの裁判例からもはっきりしませんでした。
むしろ、盗まれてから泥棒に運転される時間や距離が長くなるほど事故が起きる確率はむしろ高まるので、時間や距離が進んだとしてもそれだけでは相当因果関係が否定されるとはいえないのではないかとも考えられます。
最高裁が時間的・場所的な隔たりについてどの程度離れれば相当因果関係が否定されると判断するのかが注目されます。
(b)『泥棒運転者の居眠り運転』について、相当因果関係が切断または弱められる事情として最高裁が評価するかどうか
この点についても、事故が起きたのは所有者の管理上の過失とは別の原因(泥棒運転者の重過失)があったのならば、相当因果関係が切断されるようにも思えます。
しかし、泥棒運転された後の事情は所有者が全く知り得ない事情ですし、泥棒運転で必ず事故が起きるわけではありませんから、事故が起きている以上は、大なり小なり泥棒運転者に注意義務違反(過失)はあったわけです。
車両を盗んだ泥棒がその後どのような運転をしていたかによって、相当因果関係が影響を受けるのかについては異論の余地もありそうです」