「イヤホンを引きちぎられた」「イヤホンを人のカバンに引っ掛けた」。満員電車では、イヤホンをめぐるトラブルが少なくないようです。
神奈川県に住むアオイさん(30代)は毎朝、満員電車で出勤しています。その日もいつものように電車に乗り、やっとの思いで立つ場所を確保していたといいます。
しかし、多くの人が降りる駅で事件が発生。降りようとした女性(ギャル)のイヤホンが、アオイさんのカバンのファスナーに引っかかっていたのです。
女性はイヤホンを引き抜こうとしましたが、一向に取れません。アオイさんも急いでいたため、電車からは降りませんでした。
最終的に、降りようとする女性と下車したくないアオイさんの引っ張り合いになり、イヤホンのケーブルはブチッと切れてしまいました。
「女性は舌打ちして去ってしまい、私のカバンにはちぎれたイヤホンのみが残りました」というアオイさん。もし、女性がイヤホン代の弁償を求めてきた場合は、応じなければならないのでしょうか。池田誠弁護士に聞きました。
●「過失」があれば、損害を賠償しなければならない可能性も
ーー女性は、アオイさんにイヤホン代を請求することはできるのでしょうか
「混雑している車内であっても、道を歩いていても、理屈は全て同じです。自分に過失があって相手に損害を与えれば、不法行為に該当して損害を賠償する義務を負う余地があります」
ーー具体的に、どのような場合に「過失」があると評価されるのでしょうか
「混雑した電車では、他の乗客や乗客の荷物と接触することは避けられません。とはいえ、接触によって、他人や他人の持ち物を傷つけることが予見できるのに、あえてそのようなものを持ち込んで傷つけてしまった場合には、過失と評価されるでしょう。
仮に、そのようなものを持ち込んでいないとしても、偶然、他人や他人の持ち物を傷つける可能性のある事態を生じさせた後、これが現実に起こることを予見し、回避できたのに、回避する措置をとらなかった場合も、過失と評価されるおそれがあると考えます」
ーー電車から降りなかったアオイさんにも「過失がある」と評価されてしまう可能性があるということですね
「はい。アオイさんは、ファスナーに偶然引っかかったイヤホンで『引っ張り合い』になったと説明しています。
つまり、イヤホンが引っかかったことを知り、自分が車内にとどまった状態でそのまま相手の女性が降車するのに任せればイヤホンがちぎれることを予期しながら、ファスナーからイヤホンを外そうとせず、かえって引っ張ったことになります。
仮にそのことが証明されれば、アオイさんに過失が認められ、女性に損害を賠償しなければならない可能性があります。ただし、この場合、過失の証明責任は相手の女性側が負うことになりますが、その証明は決して容易なことではありません」
●満員電車でイヤホンを使う側に「過失」が認められる可能性も
ーー満員電車の中でイヤホンを使っていた女性に過失が認められることはあるのでしょうか
「ラッシュ時で混雑する車内では、乗客同士が多少接触することもやむを得ません。そのような場で、女性がイヤホンをしていたこと自体に過失が認められ、賠償を求めることができる額が減額(過失相殺)される可能性があります。
今回のケースでは、女性側も、イヤホンがアオイさんのカバンのファスナーに引っかかったことを知りながら、下車駅で降車することを強行し、イヤホンの『引っ張り合い』をしています。
したがって、仮に損害賠償請求が認められるとしても、大幅な減額(過失相殺)が認められるでしょう」