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重度知的障害者の事故死「逸失利益ゼロ」提示…命の価値、どう考えるべきか?
亡くなった松澤和真さん(2017年2月14日撮影)

重度知的障害者の事故死「逸失利益ゼロ」提示…命の価値、どう考えるべきか?

重度の知的障害を持っていた松澤和真さん(当時15歳)が、入所していた施設から行方不明になり、死亡した事故をめぐって、両親が施設の運営法人に約8800万円の損害賠償を求めて、裁判を起こしている。争点は、請求金額のうち約5000万円を占める「逸失利益」(将来稼いだと予想される収入)がどこまで認められるかだ。

事前の賠償交渉で、施設側は過失を認め、慰謝料として2000万円を提示した。しかし、逸失利益はゼロとしていたため、両親が裁判に踏み切った。

両親の代理人によると、重度の知的障害者の逸失利益は長らく認められてこなかった。近年、認められる裁判例も出てきたが、金額は「最低賃金」や「障害年金」が基準だ。

一方、今回両親が求めているのは、障害のない同い年の男子が亡くなった場合と同じ扱い。具体的には、日本人男性の平均年収(約540万円)を基準に計算して欲しいという。両親らは「(逸失利益の多寡による)命の差別を是正したい」と話している。

重度の知的障害者の逸失利益をめぐっては、これまでどのような判決や議論があったのだろうか。障害者の差別問題にくわしい岩月浩二弁護士に聞いた。

●「就労は困難」として、今でも逸失利益が認められないことが多い

逸失利益とは事故がなければ得られたはずの収入を失ったことを損害賠償の対象とするものです。

死亡事故の場合、基礎収入に就労可能年数をかけ、生活費として一定割合を控除して算定されます。算定の基礎となる基礎収入は現実に収入を得ていればその収入額で、学生など未就労の場合は、「平均賃金」を用いて算出するのが一般的です。

判例によれば、逸失利益が認められるためには、収入が得られる「蓋然性」が必要とされています。「蓋然性」とは単なる可能性ではなく、相当程度の確率で確かだと認められることを言います。

軽・中程度の知的障害なら、最低賃金などによって算定された逸失利益が認められていますが、重度知的障害児や重度の自閉症児などの場合、「就労は困難」とみなされ、将来的に収入が得られる「蓋然性がない」として逸失利益を認めない扱いが一般化しています。そのため重度知的障害児に対する賠償額は「慰謝料」のみに止まり、健常児の賠償額の「4分の1」程度になってしまっているのが実情です。

生命侵害の不法行為に対しては、金銭賠償でしか償うことができないのですから、賠償額は「生命そのものに対する法的評価」だともいえます。この差はあまりにも不条理です。

しかし、逸失利益に関する計算手法は、交通事故をはじめとする膨大な死亡事故について一貫して裁判所が採用してきた手法であるため、いまだに重度知的障害児の逸失利益は否定されるのが一般的です。

●知的障害者の「命の価値」が不当に低く評価されている

ようやく2009年12月4日、札幌地裁で重度自閉症の17歳児について初めて逸失利益を認める「和解」がなされ、同年12月24日には青森地裁で重度知的障害のある16歳児について就労の蓋然性を認め、最低賃金を基礎収入とする逸失利益を認める「判決」がなされました。

また、2012年3月30日には名古屋地裁で最重度とされる知的障害のある15歳児について、障害年金を基礎収入とする逸失利益を認める和解が成立しました。しかし、これらは、未だに少数の例に止まり、先例とされるには至っていないのが実情です。加えて、金額も健常者に比べると低額です。

重度知的障害児の逸失利益をめぐる問題は、膨大な裁判実務の壁との闘いで、きわめて困難な課題です。しかし、誰かが切り開いていかなければ、重度知的障害児の生命価値は不当に低く評価されたままになります。

そうした評価は「障害者の権利条約」や「障害者差別解消法」の精神に反し、個人の尊重に根本的な価値を置き、法の下の平等を保障する憲法の精神にも反するものと言わざるを得ないのではないでしょうか。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

岩月 浩二
岩月 浩二(いわつき こうじ)弁護士 守山法律事務所
1955年生。1982年愛知県弁護士会登録。共著に「TPP黒い条約」(集英社新書)、「晃平くん『いのちの差別』裁判」(風媒社)等。2017年現在、名古屋地裁に係争中の「いのちの差別を許さない!『ハヤト訴訟』支援する会」の共同代表を務める。

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