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「社会的弱者を国がいじめている」 生活保護費の引き下げに「反対」する訴訟はなぜ?
全国で初めて「生活保護費引き下げ」の取り消しを求める訴訟が佐賀県で起こされた

「社会的弱者を国がいじめている」 生活保護費の引き下げに「反対」する訴訟はなぜ?

佐賀県内で生活保護を受給する男女14人が2月下旬、行政による「生活保護費引き下げ」の取り消しを求める訴訟を佐賀地裁に起こした。

昨年8月から、生活保護費のうち食費・被服費・光熱費などにあたる「生活扶助部分」について、3年かけて約10%引き下げる取り組みが、政府主導でおこなわれている。しかし生活保護費の受給者たちから、保護費の引き下げは「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定めた憲法25条に反すると、反発する声が上がっていた。

今回は、そのような動きが提訴という形で現れたわけだが、裁判に至ったケースはこれが初めてだという。同じような動きは全国各地にあり、支援する団体もあるため、今後、全国で同様の訴訟があいつぐものとみられている。

では、最初の提訴が佐賀県でなされたのは、なぜだろうか。また、裁判のポイントはどこにあるのだろうか。今回の訴訟の原告弁護団の一員である大和幸四郎弁護士にたずねた。

●生活保護受給者への反感が「切り下げ」を呼んだ

――今回改正となった生活保護費の仕組みはどうなっているのか、知らない人にもわかりやすいように、ご説明いただけますか?

「一般に『生活保護費』と言われているものには、生活扶助、教育扶助、医療扶助など、いくつかの種類があります。『生活扶助』は、そのいわば本体部分にあたります。

ほとんどの受給者は、この生活扶助を受けています。さらに必要に応じて、医療扶助費などが合算されることになります。今回の切り下げは、いわばこの『本体』に切り込む形です」

――3年かけて生活扶助費を約10%引き下げるということですが、なぜ政府は実施したのでしょうか?

「一昨年、生活保護の不正受給が世間で話題となり、『受給者はズルい』という反感が国内で強まったと思います。そうした流れを受け、自民党はその年の暮れの総選挙で、『自助・自立』を基本とした生活保護の見直しと制度の信頼回復を政権公約に掲げていました。それが、今回実施されたということです」

――県が公表しているデータによると、佐賀県の生活保護を受けている世帯の比率は全国34位と、受給率が高いとはいえませんね。

「佐賀県は基幹産業が農業の県です。たとえ、貧しくても親戚が農業をやっていれば、少なくとも食べるものには困りません。それが生活保護を受けている世帯が比較的少ない一因なのではないかと思います。

また、親戚などに頼ることができないで困窮者となった場合、佐賀を出て、福岡でホームレスになっていたりする人が多いようです。福岡にはホームレスの救済団体がたくさんあって、炊き出しなどもやっているので、いざとなったら助けてもらえるという事情もあります。

実際に佐賀県内で生活保護を受給しているのは、障害があって移動の自由がない人や働きたくても働けない人などが目立ちますね」

●佐賀県は貧困問題に取り組む弁護士が少なくない

――その一方で、「生活保護費引き下げ」の取り消しを求める訴訟は、今回の佐賀地裁への提訴が全国で初めてということでした。最も早くなったのは、なぜでしょうか?

「原告の一人の方の提訴期限が迫っていたのが一因でした。また、佐賀県内には貧困問題に取り組む弁護士が少なくありません。弁護団長や事務局担当をはじめ、本件に危機感をいだく弁護士が多く、提訴の体制がすぐに整ったのも大きかったと思います」

――本件に危機感をいだく弁護士が多かった、というのはどういうことでしょうか? 「もともと県内では奨学金返済や多重債務などの案件が多く、貧困問題への関心が高かったため、まとまりやすかったということです」

――大和先生が今回、弁護団に入ったきっかけを教えてください。

「私自身、これまで個別に、生活保護の相談を受けたり、生活保護申請の付き添いなどを担当してきました。貧困問題の第一人者である宇都宮健児弁護士(元日弁連会長)が佐賀を訪れたとき、直接、励ましの言葉をもらったことも大きかったです」

――生活保護費の引き下げは受給者への影響にとどまらず、労働者の最低賃金の額や年金の給付水準にも影響が出るという意見があります。大和先生はこうした意見について、どのように考えますか?

「同感です。生活保護基準は、『このラインなら国民は死なないだろう』という水準を具体化したものです。憲法25条の『生存権』の保障も、生活保護基準が十分であって初めて実現されます。

そして、この生活保護基準は、最低賃金や就学援助、国民健康保険料の減免など、低所得者施策のさまざまな基準とも連動しているんですね。

したがって、生活保護基準が下がれば低所得者施策の基準も下がって、生活保護を利用していない人たちの多くも、不利益を受けることになると思います」

――裁判の今後について、うかがいます。生活保護費の引き下げをめぐっては、他の地域でも佐賀と同じような訴訟が起こされる予定だと聞いています。全国的には今後、どのように裁判が展開していくのでしょうか?

「準備が整った都道府県から順に、各地裁に向けて次々と訴えがなされるでしょう。まだあまり具体的な話は聞いていませんが、訴訟を起こす人数が多くなるほど判決に有利に働くことはありえると思います。

今はまだ、国に対して訴えを起こすことにためらいを覚える人も多いですが、今後裁判の規模が広がり、勝訴の可能性が高まれば、訴訟に参加する受給者も増えていくでしょう」

――最後に、今回の訴訟について特に強調すべき点があれば、コメントをお願いします。

「生活保護受給者に対して、社会のなかで偏見があるのは確かです。でも、不正受給は生活保護費全体の0.4%にすぎません。大半の生活保護受給者は、最低限の生活水準で生活をしています。

それなのに基準を引き下げるのは、社会的弱者を国がいじめているということにほかなりません。裁判の結果がどうあれ、抗議の意思を示すだけでも、今回の提訴には意味があると思います」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

大和 幸四郎
大和 幸四郎(やまと こうしろう)弁護士 武雄法律事務所
佐賀県弁護士会。2010年4月~2012年3月、佐賀県弁護士会・元消費者問題対策委員会委員長。元佐賀大学客員教授。法律研究者、人権活動家。借金問題、相続・刑事・男女問題など実績多数。

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