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道路族トラブルから「村八分」と「集団監視」がはじまった…「歪んだ正義感」に追い詰められた京都の夫婦
画像はイメージです(マハロ / PIXTA)

道路族トラブルから「村八分」と「集団監視」がはじまった…「歪んだ正義感」に追い詰められた京都の夫婦

全国で新型コロナウイルスによる緊急事態宣言は解除されたものの、約2カ月間の自粛生活で、多くの弁護士のもとに寄せられたのが「騒音」に関する相談だ。在宅時間が増える中、警視庁で3、4月に受理された騒音に関する110番は、昨年比で28・5%増加した。

騒音は、近隣住民トラブルの中でもトップで、道路族問題でもまた主要のトラブルでもある。現在、道路族問題で、近隣住民と民事で争っている京都府に住むパート主婦、角谷綾子さん(45歳、仮名)の担当弁護士でもある豊福誠二弁護士に訴訟のこと、騒音トラブルについて話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●住民は書類送検、略式起訴で罰金30万円

おさらいしておこう。道路族トラブルに関して、筆者はこの「弁護士ドットコムニュース」で過去2回にわたり執筆した。その2回目に登場したのが、前出の角谷さんだ。「もう少し静かにしてくれませんか」と一言注意したばかりに、8年間にわたって近隣からの騒音に悩まされ、村八分で嫌がらせを受けていた。

8年ほど前から相談を受けてきた豊福弁護士が言う。

「角谷さんから相談を受けたとき、初めは信じられませんでした。騒音問題はよくある近所トラブルなのですが、促されて角谷さんが撮影していた動画を観ると、想像以上にひどい嫌がらせを受けている様子が分かりました。

玄関をのぞき込んで、因縁をつける極道者のように体を揺らせて立っている男性。ひどい中傷の言葉もありました。いい大人がこんなに子どもじみたことをするものかと、とにかくびっくりしたのです。嫌がらせをされている角谷さん一家のためにも解決しなければいけないと思い、とにかく証拠を集めるように言いました」

隣人からの嫌がらせがどんどんエスカレートしていく中、証拠もかなり集まり、2017年3月、角谷さん夫妻は、京都府警に迷惑行為防止条例違反で、嫌がらせの中心人物の男性を告訴した。

同条例の犯罪累計は痴漢や盗撮が大半だが、男性に対しては、つきまとい、威嚇行為等の容疑で告発。その後、男性は書類送検され、略式起訴で罰金30万円を課せられた。被告からなにかしら一言謝罪がくると思っていたが、まったくなかったという。

●「あそこの家からバカ笑いが聞こえた」と住民LINEで報告が

さらに同年11月には、角谷さんが居住するU字型の住宅地の中心部分に位置する住民10人を相手取って民事で提訴。損害賠償を請求し、18年には第一回口頭弁論が行われた。

19年には賠償額を増額し、総額1332万円を請求している。賠償額には、夫妻の入院、通院での治療費などのほか、精神的被害に対する慰謝料などが計上されている。長い年月のトラブルだけに資料も膨大で、事実認否に時間がかかっている。これまで被告側からの和解の申し出もなく、裁判での決着はついていない。

被告側の資料を見て、びっくりするような記述もあったという。10人の被告を中心に近隣住民たちが、角谷宅を共同で始終監視している様子が克明に記されていたのだ。

「今、角谷家で馬鹿笑いが聞こえた」 「ナンバー××××の車が角谷宅前に止まっている」

などと、住民同士がグループLINEで逐一やり取りしていた。

●「これは明らかに大人の集団いじめ」

「学校や職場で不幸にもいじめや嫌がらせが発生することがありますが、家庭が安全である限り、家庭に戻れば安堵の場があります。しかし角谷さん一家の場合は、嫌がらせが安堵の場であるべき家庭で発生していて、逃れられないというのが特徴です。一言注意をしたがために村八分に遭い、家の前を見張られたり、しつこく暴言を吐かれたりしている状況が続いていました。

これはあきらかに大人の集団いじめで、相手の住民は、集団ヒステリーともいうべき状態に陥っているのではないか。住民らの間に、自らの行為はやりすぎではないかと省みる態度が、これまで不思議なくらい見られませんでした。

舞台になっているのは比較的手軽な値段で購入できる一戸建てが並ぶ新興住宅地で、入居したときには30歳前後の親に、子どもは未就学児というファミリーばかりでした。角谷さん一家が不幸だったのは、彼らよりも少し上の年代で、生活のリズムや暮らしぶりが違ったことでした」

●排除することで結束する嫌な社会

一方は「うるさいから静かにして」と主張し、片方は「子どもを道路で遊ばせたい」と一歩も譲らない。互いが正論を言い、互いがうっとうしいと思う状態になる。そして特定の家族を対象にしたいじめは、エスカレートしていく。

なぜこれほどまでに、一家だけを多数で追い詰めていくのか。道路族問題が増えている背景にあるものは何か。

「自分たちは正しいことをやっていると思い込む度合いが激しいのだと思います。そこのところは、コロナフォビアと呼ばれる、コロナ患者へのバッシングや自粛警察の出現と非常に共通しています。人と何か違う人がいたら、法律に触れない程度で、みんなで総いじめするという構図です。彼らには彼らなりの正義の心があるので、手に負えないわけです。

角谷さんの場合においても、子どもを道路で遊ばせるのがどこが悪い、大人が騒音を我慢すればよいではないかという被告の側にも一理あるのですが、では理性ある対応がなされてきたかというとそうではありません。

ルールを作りませんかと合理的な話し合いを持ちかけても、被告側はスクラムを組んでしまい聞く耳を一切持たなかった。異質のものを排除する、同調圧力が不幸な形で出てきているのです。排除することによって結束しています。

私は、在特会の問題や在日外国人のヘイトの問題をこれまでやってきましたが、10年ほど前から寛容じゃない社会が出来上がってきていると感じています。社会の中には、違うものがあっていいのだけれど、それを許さずに総攻撃していく。共通の敵への歪んだ正義感が見え隠れするようになりました」(豊福弁護士)

●増える騒音トラブル

コロナ禍で増え続ける騒音問題も深刻だ。

「ベランダでBBQをやったら声がうるさいと言われた」「ピアノの練習をしていたら怒鳴りこまれた」など、弁護士への相談も多い。それは、自粛でみんなが家にいるからだ。普段いない大人や子どもたちが家にいれば、騒音も増える。家は何の気兼ねもなくくつろげる場所だから。

さて過去にも道路族問題で、騒音をめぐって裁判に発展したケースがある。

横浜地裁で、騒音による損害賠償で争われ、「騒音測定が行われていないため、騒音の程度を正確に把握することが困難」「騒音が発生したという具体的な日時や音量を特定するに足りる的確な証拠がない」と騒音があることを認めつつも、原告の訴えを退けている。

豊福弁護士のもとにも、道路族関係で騒音の相談が遠方からくるが、騒音の判定が難しいという。

「相談して来た人には、とにかく明確な証拠を集めておいてくださいと言います。しかし騒音の証拠を集めるのが難しく、私のところに来た相談事例では訴訟提起に進んだケースは、角谷さんのほかはありません。

というのも、音の測定は素人では困難です。日常的に騒音を感じていると主張しても、何月何日のこのときはこういう音だったという証明は出ますが、日常的とはどういうことか。ずっと、1日中、10日、数週間と測定してそれを証明しなければ、裁判の証拠には使えませんから……。

近年、スマートフォンのアプリで、何デシベルかという騒音の強さを測れるアプリはありますが、裁判をしたときに、それを証拠としては使えません。音データのキャリブレーション(較正)をしていないからです。

一般人が撮影した写真やドライブレコーダーの画像は、裁判においても証拠にはなりますが、同じように考えてはいけません。音に関しては、音のプロに頼んで1、2週間採録してもらわなければいけない。そういう意味でも、騒音をめぐるトラブルが訴訟にまで発展するケースは本当に少ないのです」

●近隣問題は、本当は訴訟にはしたくない

角谷さんが弁護士事務所を訪れたとき、豊福弁護士は次のように話した。

「近隣で訴訟をやるものではありません。裁判で訴えてもいいことはないので、話し合いで解決しましょう」と。

「角谷さんのケースは本当に特殊なケースで、戦って勝たないことには、一家の精神が持たなかったからです。それほどまでに追い詰められていました。提訴すれば裁判所の判断はもらえるけれど、のちのち、ご近所さんとの縁は切れてしまいます。それでもいいのですか、と問いました。

すると“何もしないよりは、訴えるほうがましです”と答えが返ってきました。誰だって、訴えなんかしたくないのです。訴訟をしても解決にはなりません。どうやって解決できるかを一緒に考えましょう」

近隣とのトラブルが増える昨今、自分の行動が周囲に迷惑をかけていないかどうか、立ち止まって考える必要がありそうだ。

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