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「すべての親に政治的圧力かけるのは間違い」岡山の家庭教育応援条例案に弁護士会会長が憤り
岡山県庁舎議会棟前でのスタンディング(2022年2月15日/撮影:黒部麻子)

「すべての親に政治的圧力かけるのは間違い」岡山の家庭教育応援条例案に弁護士会会長が憤り

岡山県議会で現在、社会全体で家庭教育を支援しようとうたった「岡山県家庭教育応援条例」の制定にむけた動きが進んでいます。筆者は、この条例が「一律の価値観を押し付け、家庭に介入するもの」として捉えて、反対の署名を呼びかけるなど活動をおこなってきました。

この条例は注目をあつめて、パブリックコメントでは、岡山県議会として過去最多となる511件の意見が寄せられ、岡山弁護士会からは条例素案に反対する声明が出されました。その後、委員会で修正が加えられ、県議会2月定例会に提出される見通しとなっています。

同弁護士会の則武透会長にあらためて条例案をどう捉えているか聞きました。(ライター・黒部麻子)

●複数の自治体で「類似の条例」が制定されている

条例案では「家庭教育は、全ての教育の出発点」「全ての保護者が安心して家庭教育を行うことができるよう社会全体で応援する」とうたわれています。

そして、「保護者が学び、成長していくこと及び子どもが将来親になる選択をした場合のために学ぶことを促す」こと等が目的とされています。

背景には、教育基本法改正以後の家庭教育政策をめぐる流れがあります。第一次安倍政権下の2006年に教育基本法が改正されましたが、その際、「家庭教育」の条項が新設されて、保護者が子どもの教育に「第一義的責任を有する」ことが新たに明記されました。

これと同時期に、高橋史朗氏らによる「親学推進協会」が設立されて、2012年には超党派の国会議員による「親学推進議員連盟」(安倍晋三会長)が発足。「親としての学び」や「親になるための学び」を推進する動きが活発化していきます。

こうした中で、「家庭教育支援法」の国レベルでの法制化も目指されていますが、国会への提出には至っていません。一方、地方自治体では、2012年に熊本県で「くまもと家庭教育支援条例」が制定されたのを皮切りに、現在までに複数の自治体で、類似の条例が制定されています。

岡山県議会では2021年4月に、自民党県議団から常任委員会へ素案が示され、その後、5~6月にかけてパブリックコメントの募集がおこなわれましたが、賛成のみならず、「家庭への介入につながるのではないか」といった懸念の声も少なくなく、岡山県議会としては過去最多となる511件(市町村から9件、県民から502件)の意見が寄せられました。

同年9月には、岡山弁護士会から「家庭教育に対する公権力の過干渉につながるとともに、個人の自己決定権、思想良心の自由、家庭生活における個人の尊厳を侵害する本条例素案に反対する」という会長声明(https://www.okaben.or.jp/news/3463/)が出されています。

●反対署名は「2万2000筆」を超えている

筆者は、岡山県内の有志数人とともに「いらないよ!岡山県家庭教育応援条例」を掲げ、同条例に批判的な立場でSNSなどで情報発信をおこなってきました。

映画作家の想田和弘さんや劇作家の坂手洋二さん、県内の保育・教育関係者や弁護士らとともに呼びかけた反対署名には、紙・ネット合わせて2万2000筆を超える賛同(https://chng.it/H6snTy4k2B)が集まっています。

この条例について、ある知人女性と話したときのこと。彼女には中学生の子どもがいますが、不登校のため、学校で教わるような内容も家庭で教えなければならず、毎日が精一杯だといいます。彼女はこの条例について「これ以上家庭に教育力を求められたら、本当にパンクしてしまう…」と切迫した声でつぶやきました。

このように、ただでさえ大変な思いをしている保護者にさらなるプレッシャーをかけるおそれのあることや、「家庭の教育力が低下している」という実証的エビデンスの乏しい問題意識を出発点にしていること、虐待などリスクの高い家庭に対しては、こうした「応援」というアプローチが逆効果になりかねないことなどが、筆者がこの条例に反対する理由です。

「応援」という精神論ではなく、さまざまな困難を抱える家庭への具体的な支援策が必要であると考えています。2022年1月に岡山市内で起きた西田真愛さん(当時6歳)の虐待死事件が報じられていますが、経緯の検証とともに、今後どうしたらこうした悲惨な虐待を防げるのか、具体的な防止策が求められています。

自民党県議からは「なんとか子どもを良くしたいという一念でつくった条例だ」といった思いが語られています。素案の段階からパブリックコメントや各会派への意見聴取などを経て、50カ所を超える修正が加えられて、今年1月25日、委員会において賛成多数で条例案として可決されました。今後、県議会2月定例会に提出される見通しです。

こうした中で、改めて同条例をどのように捉えるか、岡山弁護士会会長の則武透弁護士に尋ねました。

●「すべての親に政治的圧力をかけるという方法は間違っている」

岡山弁護士会の則武透会長(撮影:黒部麻子)

――今回の条例と、虐待などのケースをどのようにお考えでしょうか?

私たち岡山弁護士会では、昨年9月に「岡山県家庭教育応援条例(仮称)素案に反対する会長声明」を出したのですが、同11月に自民党県議から「誤解があるようだから説明したい」と申し入れがあり、4人の議員と1時間ほど話しました。

そのときに、自民党県議から「なぜ自分がこの条例をつくろうと考えたか」という話がありました。ある学校の教師から、経済的な余裕があるにもかかわらず、給食費を支払わない保護者がいて、その家の子どもが泣いているという話があったそうです。「それが私の出発点です」とおっしゃっていました。

私は「この条例をつくったら、その親は給食費を子どもに持たせるようになりますか?」とお聞きしたのですが、黙ってしまいました。むしろ、その問題を解決するための近道は、岡山県が指揮をとって、給食費を全額自治体で負担し、無償化する仕組みをつくればいい。そうすれば、給食費のことで子どもがつらい思いをするという問題は解決します。全国的に見れば、すでに給食費無償化を実現している自治体は、少数ながらあるのですから。

そうした支援こそが必要なのではないでしょうか。県が経済的支援をなおざりにして、精神論だけで家庭の中に介入すればうまくいくというのは間違っています。

たしかに、虐待などのひどい事件も起きています。親は一体何をしているんだと言いたくなるようなケースもあります。でも、そうしたある種の病理現象的なものを取り上げて、すべての親に政治的圧力をかけるという方法は間違っています。

私は今、生活保護費引き下げ違憲訴訟の弁護を担当しています。2012年に、お笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんの母親が生活保護を受給しているということを自民党の片山さつき参議院議員らが国会で問題にしたことが発端となり、全体としての生活保護費引き下げにつながっていきました。

河本さんのお母さんがどうなのかということは私にはわかりませんが、私が思うのは、どのような制度でも「この人はどうなのか」というようなケースは生じうるということです。

今、私が担当している生活保護の裁判で原告になっている人たちは、本当に困っている人たちです。その人たちのお金が、なぜ削られなければならないのでしょうか。今回の家庭教育応援条例にも通じると思うのですが、問題のある親が一部にいることを取り上げて、岡山県の親全体に対して「学びを促す」というのは、理解に苦しみます。

●「『昔はよかった』というときの『昔』は本当に素晴らしかったのか」

――条例案の前文には、「近年・・・(略)・・・暮らしにゆとりのない家庭が増えつつある・・・(略)・・・家庭を取り巻く環境の様々な変化に伴い、家庭や地域の教育力の低下が大きな問題となっている」と書かれています。

はたして、それは正しいのでしょうか。かつて、私の子ども時代は高度経済成長期でしたから、父親たちは皆、会社人間で、家庭で教育に参加するということはほとんどありませんでした。でも自分が父親になってみると、妻からも厳しく言われたし、周りを見てもお父さんが子どもにいろいろなことを教えていた。世の中が変わっていることを実感しました。もちろん、虐待やネグレクトのようなケースもありますが、それは昔からありましたし、全体として見たときに、今の親は子どもをしっかり教育していると言えるのではないでしょうか。

法律や条例をつくるときに求められる必要性や、正当性を示すデータのことを立法事実といいますが、ゆとりがないから教育力が低下し、社会問題になっているという立法事実はないと思います。

むしろ問題は、家庭にゆとりがあるかないかで、塾に行ける子と行けない子が出て、それが子どもの進路を大きく左右し、教育格差につながっていることです。そうした問題を解決するために県が経済的にバックアップしていくということであればわかります。でも残念ながら、そういう条例にはなっていません。

それに、こうした条例を推進したい人たち、保守派の人たちが「昔はよかった」というときの「昔」は本当に素晴らしい社会だったのかということを、私は問いたいのです。個人よりも国家を優先し、国家のために命を捨てて戦争をしていた時代が理想的な世の中なのですか、と。私は、太平洋戦争の苦い経験を教訓としてできた日本国憲法こそが、今の日本の原点、ちょっと語弊があるかもしれませんが「建国の精神」だと言ってもいいと思っています。

弁護士法第1条に、弁護士の使命は、基本的人権の擁護と社会正義の実現であると規定されています。それはつまり、日本国憲法の基本原理を守っていくということではないでしょうか。それこそが私の職業的使命だと思って、30年間弁護士をしてきました。

今回の条例は、「社会全体で家庭教育を支える」など、一見すると正しいことを言っているようにも読めます。しかし、中身を検討していくと、憲法の基本原理との関係で衝突を起こしていることが分かります。この条例は、声明(https://www.okaben.or.jp/news/3463/)にも書いた通り、少なくとも憲法上の以下の3つの条項に触れると考えます。

1つは、個人の尊厳を尊重する憲法第13条、それから思想良心の自由を保障した第19条、そして家庭における個人の尊厳や両性の平等を保障した第24条です。

もっとも、この条例に関する委員会での議論の中で、自民党県議から「憲法に家庭の問題が記載されていないことは、我が国憲法最大の欠陥である」との発言があったと聞いています。最終的には憲法改正を視野に入れた動きの中で、この条例があるという位置づけで考えるべきでしょう。

岡山県庁舎議会棟前でのスタンディング(2022年1月25日/撮影:黒部麻子)

●「自己決定権を侵害するものと言わざるを得えない」

――素案の段階から約50カ所の修正が入りました。たとえば、「子どもが将来親になるために学ぶ」が「子どもが将来親になる選択をした場合のために学ぶ」に修正され、また「親としての学び」という言葉は「保護者の学び」に修正されました。「子どもに愛情をもって接し」とか、「(保護者は)自らが親として成長していく(よう努める)」といった言葉は削除されています。

「将来親になる選択をした場合のための学び」というのは、「そういう選択をした場合だけの話ですよ」ということを言いたいのだと思いますが、じゃあ、親になる選択をしなかった場合の学びは、どうやって保障されるのでしょうか。結局、表現を変えたところで、親になる選択をした場合のことだけを言っている条例であることに、変わりはありません。

「保護者の学び」にしても、その中身は何でしょうか。第11条に、それは「子どもの発達段階に応じて重視すべき家庭教育の内容、子育ての知識その他の保護者として必要なことを学ぶこと、互いに交流すること等をいう」と書かれていますが、じゃあ、「重視すべき家庭教育の内容」とは何か。それは県が決める話ではありません。

次の第12条に「県は、親になる選択をした場合のための学び(略)を支援する学習方法の開発及び普及を図る」と出てきます。結局、子どもたちは将来結婚して子どもを産みなさい、その準備を今からしなさい、というふうに読めるんです。自己決定権を侵害するものと言わざるを得ません。

しかも、この条例は親だけでなく、学校、地域住民、事業者の役割なども書かれています。ステレオタイプの教育のあり方が、学校にも求められ、地域住民や事業者まで一丸となってそれに協力する必要があるということを意味しているのではないでしょうか。

――「子どもの権利」「人権」「自己決定権」といった言葉は、条例案にはありませんね。

そうですね。教育のお手本は、私は北欧だと思っています。幸福度が高くてジェンダー平等が一定実現している国というのは、やはり自己決定権を尊重している国なのです。

フィンランドで2019年に34歳の女性首相が誕生しました。このサンナ・マリン首相が育った家庭は、父親がアルコール依存症で、幼い時に両親が離婚。シングルマザーとなった彼女の母親は、その後、同性パートナーと結ばれます。それこそ、家庭教育応援条例のようなステレオタイプの家庭像とは、真逆の環境です。貧しさの中で、彼女は学ぶ意欲を失っていたのですが、高校の先生の励ましで、彼女は一族で初めて大学に進学するんです。彼女が大学に行けたのは、無償だからですよ。そして彼女は政治の道に進んで首相にまでなった。

フィンランドの教育は至ってシンプルです。偏差値や学力テストはなく、学校行事も授業時間も少ない。それでもOECDの学習到達度評価では上位です。そうしたシンプルな教育を支えるのは、徹底した教育の無償化と平等、子どもの権利の保障です。そして、そうした教育は、親にとってもストレスが少ないのです。

日本でも、そうした方向性に舵を切り、もっといろいろなバックボーンを持った人が社会で活躍できるようになればいいと思います。そうすれば、多様性が尊重され、ジェンダーギャップも解消していけるでしょう。いつになったら、そんな日が来るのでしょうか。私は岡山弁護士会会長に就任するときに、常議員の女性比率を3割以上にするクオータ制導入を公約にし、つい先日総会で可決されましたが、岡山県議会でも、ぜひそうした議論をしてほしいものです。

(了)

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