「契約書は本を出版した後に作っていたのに、ダメだったんですかね・・・」。かつて出版業界で書籍編集者として働いていたアラフォーのJ子さんは、IT業界に転職したことをきっかけに、コンプライアンス意識の違いに悩まされている。
J子さんが以前勤務していた出版社では、「著者の印税は原則10%」というのが暗黙の了解で、本を出版した後に著者と契約書を交わすことが当たり前だった。しかし、転職後のIT関連の会社では、業務委託の相手先と、事前に契約書を交わすことはもちろん、発注価格も含めて、すべて書面に残すことが求められている。
J子さんは「出版社と著者との契約は、あうんの呼吸で成り立っていました。ほかの業界でも、お互いの信頼関係があれば、納品物を受け取った後に契約書を交わしてもいいんじゃないですか」と疑問を抱いている。契約のやりとりを事後的にすることに問題はないのだろうか。山岸純弁護士に聞いた。
●不利な条件を突きつけられるリスクも
「作家は出版社に対し、著作物を提供し、出版社はこれを書籍として発行する。出版社は作家に対し、対価(印税)として書籍の売上の10%を支払う」ことを内容とする約束が、出版業界のみならず、「作家」と「出版社」の間でも暗黙の了解となっていたのであれば、口頭でも「契約」は成立します。
これは、出版業界という世界において、「作家に払う印税は10%」という「鉄の掟」のような業界共通の理解があるからこそできるものです。
しかしながら、こういった「鉄の掟」のような業界共通の理解が確立していない業界では、後から契約条件などを詰めることは、バーゲニングパワー(売り手市場なのか、買い手市場なのか)が強い側の一方的な言いなりになるだけであり、後から不利な条件を突きつけられるリスクがあります。
要するに、出版業界の場合、後から作家が「いや、20%で合意したはずだ」と言ったところで、「これまで数十年間、数千の契約があり全てが10%でしたが、なぜ、先生だけが20%とされたのでしょう?」と言われるのがオチですが、こういう「鉄の掟」がない業界では、例えば納品物が届いた後に立場が強いほうが、「この代金は〇〇円で合意したはずだ」と言えば、それが通ってしまうわけです。
契約は業務を実施する前に文書で作成することが肝要です。