日本には「売春防止法」という法律がある。文字通り、売春の防止を目的とした法律だ。売春をしたり、その客になったりすることは、この法律で禁止されている。
ところが、単に売春をしたり、その客となっただけでは、この法律で処罰されるわけではない。売春そのものは禁止されているのだが、罰則規定がないからだ。
なぜ、そんなルールになっているのだろうか。法律で禁止しておきながら罰則がないというのでは意味がないような気もするが、そんなことはないのだろうか。風俗産業にくわしい小西一郎弁護士に理由を聞いた。
●売春をする人は「保護の対象」という考え
「売春防止法は第3条で『何人も、売春をし、またはその相手方となってはならない』と規定しています。売春をすることや、その相手方となることは、社会道徳上好ましくないばかりでなく、法律上も違法な行為であることを明確にしていると言えます。
ただし、これは罰則を伴わない『訓示規定』です。訓示規定とは、もっぱら裁判所または行政庁に対する命令の性質をもち、これに反しても、その行為の法的効力に影響がないとされる規定のことです」
どうして「違法」なのに、処罰をしないのだろうか。
「法律が売春をする人を直接処罰しない、と定めているのは、『売春をする状況におかれた人は、保護すべき対象だ』という考えに立っているからです」
小西弁護士はこのように説明する。つまり、売春をせざるをえない状況に追い込まれた人を社会的弱者としてとらえ、彼らを保護するという視点からそう決まった、ということだろう。
「売春防止法は、売春行為そのものではなく、善良の風俗を害する売春につながる行為を限定的に処罰することで、結果的に、売春が行われることを防止しようという法律です。売春行為そのものが処罰対象でない以上、客となる相手も処罰の対象としていないのです」
●日本が「終戦の混乱」から抜け出たころにできた法律
売春防止法が成立したのは1956年。終戦後の混乱から日本が抜け出し、高度経済成長期が始まったころだ。法案が上程された当時の国会では、単純売春を処罰しない理由について、売春する女性を救済対象とする考え方のほか、売春行為の立証が困難であることや、その処罰は法理論上も疑問の余地があることなどが、あげられていた。
法案の説明は「終戦後の世相の混乱」という言葉で始まっており、そうした時代背景が色濃く反映された法律であるようだ。
また、戦後になって売春防止法ができた点について、小西弁護士は「米国を中心としたキリスト教文化圏に属するGHQの指導のもと、日本の文化が急激に欧米化されたことも、売春が非合法化された背景にあったといえるでしょう」と話している。
●売春を助長する行為は処罰される
それでは、この法律はどうやって「売春を防止する」のだろうか。
「この法律は、たとえば、売春の『勧誘』(5条)を処罰対象としています。公衆の目にふれるような方法で売春の勧誘をしたり、公共の場所で、勧誘を目的として他人につきまとったりすれば、処罰されます。
また、他人に売春をさせたり、売春を助長するような行為も処罰されます。たとえば、他人に売春を『周旋』したり(6条)、人をだましたり困惑させて売春をさせたり(7条)、売春をさせる契約を結んだり(10条)、売春を行うための場所を提供したり(11条)、売春をさせる業を営んだり(12条)……といった行為です」
なお、相手が子どもの場合は、話は全く異なるという。小西弁護士は次のように指摘し、注意を呼びかけていた。
「売春の相手方が18歳未満の青少年だった場合、買った側は児童買春・児童ポルノ禁止法違反で厳しく処罰されます。また、買春の相手が満13歳に満たない女子だった場合、たとえ同意があり、暴行や脅迫がない場合でも、強姦罪となります(刑法177条、3年以上の有期懲役)。この場合は、たとえお金を渡していなくても罰せられます」