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性被害の女性「加害者と対話がしたい」 両者の間にあった「隔たり」と「共通点」
画像はイメージです(tomos / PIXTA)

性被害の女性「加害者と対話がしたい」 両者の間にあった「隔たり」と「共通点」

「自分のこの体験をきちんと被害だったと認めることが、ずっとずっとできませんでした」。

こう語り出したのは、写真家・にのみやさをりさん。3月19日に都内で開かれたシンポジウム「性犯罪をなくすための対話」で、約25年前に会社の上司から受けた性被害とそれからの人生を語った。

今にのみやさんは、再犯防止プログラム受講中の性犯罪加害者との対話をおこなっている。「性犯罪加害者と対話がしたい」。どうしてそう考えるようになったのだろうか。

●「誰も信じてくれないと思っていた」

にのみやさんは1994年4月、出版社に入社。10月ごろから男性上司と1対1で仕事の指導を受け始めた。そして95年冬、金曜日の深夜に職場で性被害を受けた。そのときの記憶は、ほとんど飛んでしまっている。翌土曜日の午後、警察に相談に行ったが「産婦人科に行って」などとあしらわれ、その後何もできなかった。

月曜日に「早く加害者をやめさせてほしい」と別の上司に訴えたところ、「加害者をやめさせたいなら、早く君が一人前になれ」と言われただけだった。その後、95年5月に加害者が退社するまで、1対1で指導を受け、被害が続いていた。

「最初のレイプはまだしも、それから数カ月にわたって性的関係を強いられたことをどう言えばいいのだろう、こんなこと誰も信じてくれないと思っていました」。被害を受けてから、自分に何の価値も見出せなくなった。「力のある人を私のせいで辞めさせてしまった」という罪悪感もあった。

日常生活にも支障が出始めた。いつものように書店営業に出かけ、信号を渡ろうとしたときに、赤青が判別できない自分がいた。リストカットや過食嘔吐を繰り返すしかない日もあった。雑踏を歩くこともできなくなった。

事件当時の記憶が突然、雪崩のようになだれ込んで、全身が硬直し、頭を抱えてしゃがみこむしかできなかった。襲って来た恐怖は去ることはなく、何も手がつかなくなった。

「私は自分を汚物かゴミ箱のようにしか思えなくなった。汚れているとしか思えなくなり、やけくそになることもあった」。加害者に怒りを向けるよりも先に、自分を責めていた。

●「なんで私だったのか」

ずっと「なんで私だったのか」と思っていた。それを聞くため被害から5、6年後、加害者である男性上司と会った。あの被害でありとあらゆるものを失い、全てが狂ったことを、直に話したかった。

しかし、疑問に対する答えはなく、「すみません」「ごめんなさい」と繰り返されるだけだった。

「何謝ってるんですか」「信頼していたのに、どうしてそれをこっぱ微塵にする行為をしなければならなかったのか」。何度聞いても、納得のいく回答はないままだった。終わった後には、虚しさが残った。

2007年ごろから、性暴力被害者との対話を始めた。自分は一人じゃないと気づかせてくれ、10人いれば10通りの被害や傷、痛みがあることを知った。しかし、気づけば仲間同士の比較が始まった。「私よりあなたの方がまし」「ひどい被害だ」。

被害者だけで集まることに限界を感じた。

●加害者との対話で気づいたこと

2011年10月には性犯罪被害者の声を写真とともに記録した「声を聴かせて―性犯罪被害と共に、」(窓社)を出版。その後も、「性暴力被害者を減らしたい」「被害者と加害者との隔たりが生まれる理由を知りたい」と思い続けていた。

そんなとき、2016年6月に公開された性暴力被害者を描いた映画『月光』を手がけた小澤雅人監督を通じて、「大森榎本クリニック」で加害者臨床に携わる精神保健福祉士の斉藤章佳氏と知り合った。2017年から、クリニックで再犯防止プログラムを受講している性犯罪加害者と月に1度対話をしている。

対話を始めて気づいたのは、かつて加害者となった人のほとんどが、自分の被害者について知らないということだ。

「一日1分でいいから、被害者のことを思ってください」と頼んでも、被害者のことを覚えていないから、被害者像が具体化されない。

会の終わりのアンケートでは「顔を覚えていないから祈ろうと思っても祈れない」「想像しようと思っても想像できない」とも書いてあった。その姿は、被害を思い出しては苦しむ被害者とは正反対だった。

逆に、似ていると感じたこともあった。それは、当事者の孤立化だ。

「被害者はトラウマやパニックなどの症状が深刻化するほど、社会と関わることが難しくなり孤立化していきます。加害者は再犯を防ぐためには社会との関わりが重要であるにも関わらず、性犯罪を犯したことへの社会からの極度の偏見が彼らを孤立化させます。そうなると再犯率は格段に上がってしまう」

性犯罪加害者と被害者の隔たりを埋めると同時に、それぞれの孤立化を防ぐことはできないのか。そんな思いを抱きながら、対話を続けている。

●自分で「被害」を受け入れるまで

そんなにのみやさんが「自分が受けたのは性被害だった」と思えるようになったのは、ほんの1年前のことだ。今の主治医やカウンセラーから「あなたの体験したことは、間違いなく被害なのよ」と言われるまで「私に起きたことなんて」と思い続けていた。

自分の被害をきちんと「被害」と自分で受け入れられるようになるまで、20年以上の時間が必要だった。今も時にフラッシュバックに襲われながら、子どもを二人育て、日々を過ごしている。それには「人との出会いが大きく左右された」と話す。

「人間によってズタボロにされた私だが、人間によって救われた」。黙って見守ってくれる友人や「今のあなたのままでいい」と伝えてくれる友人がいた。にのみやさんは「そうした存在に気づくかどうかは自分次第」と強調する。「最後には自分の足で立たなければならない」。長いトンネルだった。

性被害にあって苦しむ人には、こう呼びかけた。「真っ暗闇の中にいるなら、慌てなくていい、焦らなくていい。今はあなたはあなたの心臓の音だけ信じればいい。今は生きているだけでいい。絶対に陽は昇ります」

(弁護士ドットコムニュース)

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